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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬
2/23

(好奇心+尾行)÷2=日射病

 


 ◇◇◇



 今日も一馬は予め買っておいたあんパンを頬張りながら、角から角をジグザグに移動する。刑事の張り込みをしているのではない。気になる一人の少女を追っているのだ。

 水野朔美。二年二組のアイドル的存在。彼女はいつでも沢山の人達に囲まれている。上品な口調にも茶目っ気が覗き、笑顔の中心には必ず彼女の姿がある。まるで人に好かれる魔法でも知っているかのようだ。

 だからこそ一馬は、そんな朔美と同じクラスになってから常々疑問に思っていることがあった。

 勉強が本分である学校という場所において、唯一長い間友人と交流できる時間、お昼休み。五十分という短い時間ではあるが、生徒たちにとっては安息の一時である。

 空腹と勉強疲れが襲ってくる地獄の四限を乗り越えると、生徒達は待ってましたとばかりに行動を開始する。お弁当を一緒に食べ始めたり、購買部へと競争に向かったり、校庭に運動へと赴いたり、恋仲な生徒は屋上にいちゃつきに洒落込んだりと、各々友人たちとの交流に大忙しな時間だ。

 そんなお昼休みの時間に、朔美は必ず一人教室から抜け出す。

 他クラスの友人とお昼ご飯を食べる訳でもなければ、購買部でパン食い競争に参加する訳でもない。校庭できゃっきゃとバレーボールに興じるわけでもなければ、お似合いなイケメン彼氏と逢瀬を楽しむ訳でもない。

 クラス替えのあった四月の最初のお昼休みにクラスの女子達のお弁当のお誘いをことごとく断ったと思えば、それから今日まで一度もお昼休みにクラスにいたことがないのだ。

 何故ならば、朔美は毎日欠かさず校外に繰り出しているからである。

 クラス内を毎日俯瞰的に眺めている一馬にとって、それは異質で稀有なものに見えたことだろう。

 そんな姿を見かけてしまっては、いかに事なかれ主義の一馬といえど興味を持たずにはいられない。

(おっと……)

 昇降口を出たところで朔美が急に後ろを振り向いた。

 一馬がくわえていたあんパンを落としそうになりながら慌てて下駄箱の隅に隠れると、朔美は首を傾げてからまた走り出した。バレていないことを確かめてから一馬もすかさず後を追う。

 ここまでは多少見失っても大丈夫という確信がある。向かう先は校庭の側にある駐輪場と決まっているからだ。

 照り付ける太陽にも目もくれず、校庭前の通路を通って駐輪場までたどり着くと、直ぐさま朔美は自分の赤い自転車を引っ張り出してサドルに跨がる。朔美がペダルを踏み出したところで、すかさず一馬も最後の一口を飲み込んで自分の青いマウンテンバイクを出して後を追った。

 これが一馬が二年生になってから毎日続けている昼休みの過ごし方である。

 女の子の後を尾行するなんてストーカーもいいところだ。

 だがそんな事は百も承知。

 一馬にはどうにもやめられない理由があるのだ。


 朔美がスカートをはためかせながら校門を颯爽と通り抜けると、分かれ道でハンドルを右に切った。

 この方角であれば恐らく向かう先は繁華街だ。

 一馬も見失わないように、かといって見つからないように距離をとりながら懸命にペダルを漕ぐ。

 汗で背中にワイシャツが張り付いて気持ち悪い。この暑さの中、我ながら馬鹿馬鹿しいことをしていると内心苦笑いを浮かべる。

 しかし彼女の予測不能な行動がどうにも気になるのだ。

 恋心ややましい気持ちはないからストーカーではないと一馬は勝手に心の中で言い聞かせているが、端から見れば正真正銘立派なストーカーである。


 暫くのんびりとした昼下がりの街を走っていると、一馬の目線の先で朔美は一足先に自転車を降りてある建物の中に入って行った。

 その様子を見て、一馬もそのお店の前で自転車を止める。

「はぁ……はぁ……またこの…………そば屋……か……」

 暖簾の掛けられた入口に、『きそば きっぺい』の変体仮名文字。

 ここは朔美が抜け出す昼休みに、訪れる確率が一番高い場所だった。

 入口の引き戸を少しだけ開けて中を覗き込むと、カウンター席に座って足をぷらぷら嬉しそうに蕎麦を待つ朔美の横顔が見える。その様子を見てから、一馬は息も絶え絶えにワイシャツの胸ポケットからメモ帳を取り出して『本日の結果』なるものに今日の記録を書き加えた。

 一馬のご自慢兼自己満足、水野朔美の昼休み行動日誌だ。

 これまでの朔美の奇妙な昼休みを完全網羅した奇跡の逸品である。クラスで競売にかけたなら相当な値が付くことだろう。

 コーヒーショップで何故かミルクだけ貰う朔美や、公園でひたすら空を眺める朔美、本屋でシュリンクされた新刊漫画をひたすら上の隙間から読み耽る朔美など、その他いろいろな朔美の意味不明な昼休みの過ごし方の数々をそのつど日付順に書き入れているものだ。

 これこそが一馬が尾行をやめるにやめられない理由である。

 つまり探究心。されど好奇心なのだ。

 とはいっても完璧ではなく漏れも勿論ある。

 朔美の昼休みの行動スピードには目を見張るものがあり、一馬が朔美を見失う場合も多々ある。その場合当然その日の記録は取れない。一馬にとってそれ以上に悔しいことはないのだ。何のために記録をしているんだと言われて明確な答えを捻り出すことは難しいが、もはや意地になっているところもあるのだろう。

 朔美と仲良くなりたいとか、そんな気持ちは毛頭ない。それどころかできれば面倒事は避けたいため、逆にバレないように尽力している程なのだから。


 一馬がメモ帳に本日の成果を書き終えると、満足感と疲労感に大きく息をはいた。流れでてくる汗をワイシャツの袖で拭う。

「にしてもこれからの時期はきついよな……。一足先に帰ってジュースでも……」

 そうひとりごちてペダルに足を掛けた矢先、突如身体に強烈な倦怠感を覚えた。

(あれ……やべ……)

 視界がぐにゃりと歪んでくると、地面に付けていた片足の感覚もなくなってきた。勢いよく頭が振られるような感じと共に、一馬の視界はブラックアウトした。

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