(盲点+感化)÷2=共通点
「結局妄言かよ……」
ハラハラして損をした。もしあれだけの機微で自分達の関係性が暴かれてしまったなら、山川は名探偵になれる素質を持っているとしか言いようがない。
「願望と言って欲しいな。僕はそうであって欲しいって思ってるから」
「なんでだよ」
「だってそのほうが面白いじゃん」
山川はそう言って、幼い顔つきを破顔させた。
一馬はなんとなく、どこかで聞いたような台詞を吐いた山川を、ただのクラスメートとは思えなくなってきていた。
彼には友達と呼べる人達がいる。休み時間はいつも決まったクラスの草食系男子数人とつるんでいる。それは一馬には決して理解できないことであるし、理解したいとも思わない。友達というものに期待も執着もしていないから。しかしそんな山川もまた、常人とは違う楽しみを求めている。
きっとそれは朔美の想う『面白い』と一緒であり、ひたすら傍観者を決め込んでいる自分もまた同じなのではないだろうか。結局自分も『面白い』の探求者なのだから、過程は違えど目指す形は一致しているのだと。
一馬はほうと感心の息を吐いた。
「まぁでもね、僕は水野さんと栗原くんはすごくお似合いだと思うんだけどね」
「眼科に行った方がいいかもしれないぞ、山川くん」
「その心配はいらないよ。二人には共通点があるんだ」
朔美との共通点と聞くと、今まではそんなものありえないと思っていたものだが、最近では実は盲点の場所にあるのかもしれないと思い直してきた。といってもそれはほんのちっぽけな合致であると思っているし、一馬も最近ようやく自覚してきたばかりなのだ。
それを七月に入ってようやく会話したようなクラスメートに指摘される程、自分達が似てる風には到底思えない。
山川が口を開く。
「栗原くんが僕達クラスメートに自分から話し掛けてこないのはわかるよ。皆だって薄々感づいてる。でもね、水野さんもまた同じなんだよ」
「どういうことだ?」
「水野さんは言わずもがな、クラスのアイドルだし人気者じゃない? そりゃ端から見たらいつでも人に囲まれてるし、彼女の周りには笑顔が絶えないけど、……そんなこと誰も気づかないと思うんだけど、水野さんが自分からクラスメートに話し掛けてるのって見たことないんだよね」
一馬の心臓がドキリと奮えた。
つい三日前に朔美の家で話した時、彼女は良いクラスメートを演じているだけと言っていた。その時は毎日愛想振り撒いて大変だなどと軽く考えていたものだが、一馬はその言葉を少し履き違えていたのかもしれないと思った。
「だからさ、本当は水野さんも人付き合いとかあんまり得意じゃないんじゃないかなーって思ったんだ。それで、正反対だけどどこかそっくりな栗原くんとそういう関係になったら、本当に小説みたいだなぁって思っただけなんだ」
「……よく見てるんだな。俺もよくクラスを眺めてるけど、そこまでは気づかなかったわ」
「んーまぁ隣の席でよく見えるから」
何てことないと言うように山川は控えめに微笑んだ。
それと同時に掃除終了のチャイムが流れる。
「あ、話してる内にもうこんな時間!」
「後は適当に流しとけ」
「あははっ、テキトー」
掃除用具も片付けて、二人はそそくさと廊下に出た。
そしてさあ教室に戻ろうと足を前に出したところで、山川が声を掛けてきた。
「栗原くんありがとね。なんていうか探偵ごっこ? に付き合ってもらっちゃって……」
一馬はやはりごっこだったのかと思いつつ、なかなか良い推理だったという想いも込めて、
「悪くなかったよ」
とだけ答えておいた。
◇◇◇
帰りのホームルームも恙無く終わり、あっという間に放課後になってしまった。
いつもなら一目散に教室を後にする一馬なのだが、今日に限っては机の上で頬杖をついているしかなかった。勿論朔美と一緒に帰る約束をしているからなのだが、いかんせん何処で落ち合うかのやり取りを交わしていなかったからだ。朔美が一方的に言い終えてさっさと一人教室に戻っていってしまったこともあるが、一馬も一馬で呆気に取られて思考がストップしていて聞きそびれてしまったことも原因の一つだ。
そんなわけで、一馬にとっては大変居心地の悪いざわざわとした教室で、一人佇んでいるというわけである。
今も五割のクラスメートが友達とお喋りしていたり、勉強していたりしている。
その中には勿論朔美もいる。相変わらずお馴染みの四人と教室の後ろのドア側付近でだべっていた。
「さくちゃん今日も一緒に帰れないの〜?」
「うーん、ゴメンねあずさ! 今日も約束があって……」
「さく、いい加減カレシ教えろよ〜」
「そうよさく、そろそろ隠しきれないんじゃない?」
「え、え〜?」
仲良し三人組に問い詰められる朔美。
よくよく耳を澄ますと、朔美はかわし方が上手いと感じる。
聞いている側からすれば、朔美には彼氏がいると思ってしまう節がある。しかし朔美は一言も恋人がいるとは口にしていない。
そうやって昼休みや放課後に一人の時間を確保しているのだろうと思うと感心を通り越して尊敬すらしてしまう。
「もーわたしのことはいいから、帰んなよー」
「しょうがねーなー。じゃあそのイケメン彼氏に免じてお帰りなすってやりますかー」
そーだねーそうしよーと三人は朔美を囃し立てながら教室を出ていった。
それに肖るようにそれまで残っていた他のクラスメートも後に続くように一人、また一人と去っていく。
放課後の教室っていつもこんななんだ、そんなことを思いながら一馬がくるりと教室を見渡すと、気付けば教室には一馬と朔美の二人だけになっていた。