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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬
12/23

(悶々+思索)÷2=足音

 


 ◇◇◇



 午後の授業はまるで身が入らなかった。普段ならば頬杖をつきながらボーッと授業を聞いているだけの一馬だが、頭の中は昼休みの朔美の台詞が耐久レースの如くくるくると回り続けていた。

 ちょうど現国の先生が朗読をしている隙をついて、一馬は大きく溜息をつく。

 あの朔美がだ。一人の世界をこよなく愛する朔美が。大勢の中にいると具合が悪くなってしまう朔美が。昼休みだけでなく放課後まで一人になろうと考える朔美が。

 あの朔美が、一人の貴重な時間を割いてまで一馬を誘ってきたのだ。

 しかも、

「話したいことがあるから」

 と頬を染めて逃げるように駆け出していくものだから、一馬にとってはたまったものじゃない。

 黒板に向けていた視線を右にずらしていく。一馬のちょうど反対側のドア側に位置する朔美を横目で見る。頬杖をつきながらの前屈みでようやく横顔の表情だけ伺えた。シャーペンの先を顎に当てて、右腕で頬杖をつきながら真剣に先生の朗読に耳を傾けている。左手にシャーペンを持っていることから朔美は左利きなのだと一馬は得心した。左利きは色々な意味での変わり者が多いと聞く。変人しかり天才もまたしかりだ。

 といっても好意を向けられること自体――実際好意なのかは疑わしいところだが――は嫌というわけではない。

 人付き合いがあまり好きではないと言っても、一馬だって一端の思春期高校生なのである。クラスでも一、二を争う容姿を持つクラスメートにそんなことを言われてしまったなら、いくらドライな一馬と言えど頭を悩ますのも無理はない。

 この状況下で平然と過ごしていられる人物がいたら、その人は間違いなく大物に違いない。

 当然自分が肝っ玉の据わったヒーローなどではないと思っているし、実際にそうでもない。

 だから異性の一言一句に一喜一憂するし、ただ座っているだけなのに地に足がつかない気分になるのは当然のことなのだ。

 一馬はそんな柄にもなく浮ついた自分に嫌気が差して、人知れず心の中で自分を殴りつけた。

 やはり人と係わり合うとろくなことがない。あの時日射病なんかにならなければ。だいたい朔美は何を思って自分を誘ったのか。よっぽどのことがあるからじゃないのか。

 などなどまとまらない考えをひたすら頭に巡らせながら、時間はあっという間に過ぎ去っていった。


「――――くん……、栗原くんてば!」

「――え!? あ、なんだ山川くんか」

 ふと我に返ると、朔美の隣の席に座る大人しめな読書好きの男子である山川良人が、両手を一馬の机に置いて必死に一馬に向かって呼び掛けていた。気づけば授業は終わっていて、教室内は騒がしく移動状況に入っている。

「もう掃除の時間だよ?」

 中学生くらいにしか見えないようなあどけない表情で首を傾げる。飾り気のない自然なミディアムヘアーは童顔な顔に似つかわしい。ボタンは二つほど開け、ワイシャツの裾をだらしなく出している一馬とは対照的に、良人はきっちりと制服を着こなしていて、まるで制服カタログのモデルのようだ。

 先日自習の時に、朔美を助けるためにやむを得ず一馬が自分から話し掛けたクラスメートである。もしかしたら、記憶にある限り自分からクラスメートに話しかけたのは初めてだったかもしれない。

「ああ、そうみたいだな。教えてくれてありがとう」

「あ、どういたしまして。……ってそうじゃなくて、一緒に行こうよ」

「どこへ?」

 なぜ急に良人がそんなことを言うのか、一馬は本当に検討がつかなかった。酷いことを言うようだが、良人とはこのクラスでも指折りに面識がなかった。他のクラスメートは自分から話しかけてくる人が多いが、物静かな良人とは席も遠いし、良人自身も自分から話しかけるタイプではないため、会話をする機会がなかったのだ。

 それがどうだろう。突如として良人は自分の前に現れ、どこかへ行こうと声を掛けてくるではないか。

「何言ってるの。トイレだよトイレ」

「え? 俺別に今尿意も便意も催してないんだけど」

「そうじゃなくて掃除! 水曜日で掃除場所変わるでしょ? 今日から職員トイレの掃除が僕と栗原くんなんだよ」

 ようやく一馬は事態を把握して、ああとため息交じりに納得した。

「ん、じゃあ行くか」

 そういって立ち上がると、良人は「うん」と答えて一馬の後に続いた。

 職員トイレは一階に下りて昇降口にすぐ傍にある。さらに奥に職員室があるが、色々面倒なので一馬はなるべく近づかないようにしている。クマ出没注意の看板でも立てておくべきだろうと考え、少し自分で笑ってしまう。

「どうしたの?」

 階段を下りる途中でにやついていたのがバレたようで、良人が一馬に話しかける。

「ああいや、なんでもない」

 朔美に頼めばやってくれそうだなと思うと更に笑いがこみ上げてくる。相変わらず良人は頭にクエスチョンマークを浮かべながら一馬の表情を覗き込んでくる。

 いけない、これではただの変人だ。

 そう思い直して、緩んだ顔を引き締める。

「そういえば最近隣の水野さんが授業中すごく楽しそうなんだけど、栗原くん何したの?」

「へぇ、そうなのか。…………は?」


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