(期待+落胆)÷2=計算外
◇◇◇
「ではこちらが部屋番号と、マイクとバイキング用カップに電子目次本になります」
「どうも〜」
「ではごゆっくり」
代金の支払いを済ませ、朔美がバスケットに入れられたカラオケセット一色を店員から受けとると、遠巻きに見ていた一馬の下へ嬉しそうな笑顔を浮かべながら戻ってきた。
「よーし、じゃあそこのドリンクバイキングで飲み物注いで部屋にいこー!」
「あ、ああ」
コップの一つを差し出してくる朔美に一馬は訝しげに首を立てに振る。
二人が訪れたのは激安で有名なカラオケチェーン店だった。
以前からどうにかして昼休みを利用して来れないものかと画策していた朔美だったが、そこは五十分しかない昼休みだ。一時間単位での営業形態のカラオケ店に入店するのは不可能だった。しかし、今回は一馬の機転により時間に余裕がある。行き来の時間を考慮しても有り余る計算だ。だから朔美はチャンス到来とばかりに野望の達成に動いたのだった。
「平日の昼間に、しかも制服でよく入れてもらえたな」
「創立記念日ですって言ったら大丈夫だったよ」
「理由がベタな上に、創立記念日に制服は着ないだろ」
「でも追及されなかったし、大丈夫じゃない?」
適当だなぁと一馬はドリンクサーバーのオレンジジュースのボタンを押しながら思った。
二人はそれぞれ思い思いの飲み物を注いでから、指定された部屋へと向かった。
貰った札と同じ三桁の番号が付けられた部屋を見つけドアを開ける。中は既に電気が点けられており、ひんやりとした冷気が二人を包んだ。
部屋の中はこぢんまりとしていて、ドア側から見て左奥にモニターと何台かのカラオケアンプが一つの棚に納められている。そこから視線を右に移して行くと、中央にテーブルがあり、その奥に逆L字のように少々固めのソファーのような席が用意されていた。
朔美が我先にと飲み物とバスケットをテーブルに置いて、モニターからすぐ右に腰を下ろした。一馬も続いてモニターから一番離れた位置に座る。
「はい」
同時に朔美がテーブルに置いてあったフードメニューを手渡してきた。
「なんか食うの?」
「食べるに決まってるじゃん。お昼だし。だからはやく決めて」
朔美に急かされて一馬はメニューを開いた。三ページほどのメニューを適当に見てみる。お酒に合うおつまみや、唐揚げやポテトなどの軽食、パスタやピザなどのがっつり食べられる系統に、パーティー用メニューとスイーツなどがカラフルに彩られながら美味しそうに写真付きで載せられていた。どれもなかなかいいお値段が提示されている。
「んじゃ俺はこの焼きうどんでいいや」
「そ。んじゃわたしは〜……」
一馬からメニューを受け取ると、朔美は眉間にしわを寄せながら唸り始める。
「ねね、二人でこのミックスピザ分けない?」
「別に構わないけど」
「じゃそれと、わたしはカルボナーラに餡蜜抹茶プリンにしよっと」
「おう。……おう?」
注文をしようと立ち上がったところで、一馬は思わず朔美を二度見した。
「おまえそんな食えんの?」
「もちろん。これでも食べるの大好きだからね」
それにしても食べ過ぎだろうと思ったが、一馬はそのままドア横に取り付けられた壁掛型子機で二人分の料理を注文した。
少々お待ちくださいと告げられて、一馬は再びソファーに腰を下ろした。
朔美は特に歌うわけでも曲を選ぶわけでもなく、ひたすら携帯電話を弄っている。恐らく店員が料理を持ってきた時に気まずくならないためだろうと一馬は納得した。
一馬も手持ち無沙汰になって、なんとなく先程からモニターに映し出されている流行音楽の紹介映像をぼんやりと見ていた。
朔美にしては妙に普通な行動だなと一馬は感じていた。いや、学校の昼休みにカラオケ屋に来ること自体はかなり尋常じゃないことではある。しかし朔美の行動とは意味不明というところが真骨頂であり、普通にカラオケを楽しみにきた朔美はとてもらしくない。わたし流の昼休みを伝授するなんて意気込んでいた割には拍子抜けもいいところだ。
そんな事を考えていたら、ノックの音と共に店員が料理を運んできた。
「どうも〜」
「ごゆっくり」
小さく会釈をして店員が部屋を後にすると、料理を見て朔美が感嘆の声をあげる。
「うわぁ〜おいしそー!」
いただきますの声と共に、二人はそれぞれ頼んだ料理を口へと運んだ。
「ん〜! ……んー」
「……まぁおまえの言いたいことはわからんでもない」
一馬も頼んだ焼きうどんを啜りながら朔美の曖昧な反応に共感する。
続いて均等に切られたピザを一切れずつ取ってかぶりつく。
「耳が固いなぁ」
「だな」
口直しと言わんばかりに朔美はアイスティーをストローで吸い上げる。
「おまえ、カラオケ屋の飯って食ったことないの?」
「カラオケ屋に来るのも二回目。ご飯食べるのははじめてだよ」
一馬は軽く驚いたが、まぁ朔美ならと気にせず続ける。
「カラオケの食いモンは、まぁ店にもよるが冷凍食品がほとんどなんだよ」
「そうなの!? それにしては高くない!?」
「基本料金が安いからな。こういうとこで元取らないと割に合わないだろ」
朔美は「なんだぁ〜」と口を尖らせてソファーの背もたれに勢いよく寄り掛かった。
一馬自身もカラオケ屋に来るのは中学の卒業式後のクラス会に一度行ったきりだが、その時食べた飯も正直残念なものばかりだった。パーティー気分で盛り上がっていれば余り気にはならないのだろうが。
「まぁ、景気付けに歌えば? 聴いててやらんこともないぞ」
目に見えて落ち込みながら、それでも抹茶プリンを食べる朔美に声を掛けてやる。
すると意外な返答が帰ってきた。
「何言ってんの。歌ったら意味ないじゃん!」