(お昼休み+夏)÷2=始まり
お昼休み開始のチャイムが鳴り、日直が授業終了の号令を掛けると、一番後ろのドア側の席の女子生徒は消えるように教室から出ていった。
その様子を一番後ろの窓際の席から頬杖をつきながら見ていた男子生徒も、追い掛けるように席を立つ。
これはある意味二人の日課である。とは言っても二人はただならぬ関係などではない。至って普通、いてもいなくても人生に支障をきたすことはないただのクラスメートだ。
先に教室を出た彼女の名は水野朔美。ダークブラウンに染め上げた髪は豊かな胸元でさり気無くくるんと内側にカールしている。綺麗に整えられた眉は片方は完全に前髪で隠されており、もう片方はひょこりとこちらを覗いている。透き通るような白い肌とナチュラルメイクで整えられた顔は秀逸。眼は生まれながらに二重でぱっちりと主張して、長い睫毛がそれを彩るように添えられている。鼻筋はすっと伸びて鼻先は小ぶりで可愛らしい。唇は甘い果実のように柔らかそうで、上唇の先は少しぷっくりとしている。高校生女子の平均的身長に、空色ワイシャツと紺のスカートに包まれた洗練されたスタイルは目を見張るものがある。
そんな彼女にとって、特に人間関係の面では今まで苦労をしたことはなかった。現在もこの公立柏森高校二年二組において、男女共に絶大な人気と地位を獲得している。誰にでも分け隔てなく接する人当たりの良さに加えて、振り撒く笑顔はマイナスイオンでも飛ばしているのではないかという程に清楚で可憐だ。おまけに学業も運動も優秀とくれば彼女を嫌う人間などいるわけがないのだろう。
そんなクラスのアイドルの後を追うように立ち上がった少年の名は栗原一馬。生まれたままの黒髪はトップをふわりと持ち上げて、全体的に毛先を外に遊ばせた今風の髪型。目元よりも短い前髪は自然に分けて無造作に。普通な母と普通な父に頂いた普通の顔は全体的に塩味だ。二重ではあるのにくっきりしない眼力に、少々のっぺりした鼻先。唯一誇れるのはすっきりとした輪郭と口元ぐらいだろうか。といっても彼にとっては男らしくなくネガティブに感じている部分のようだが。身長は若干平均より高い方だが、華奢で全体的なシルエットはあまり良くない。しかしノッポというほどでもない。
そんな彼もまた、人間関係で苦労したことはあまりない。普通な顔つきと無難な愛想は人を引き付ける彼の武器だ。かといって自分から愛想を振り撒きに行くほどアクティブな訳でもない。クラスメートとは他愛のない会話くらいはするし、朝と帰りの挨拶も声を掛けられれば手を振り返す。
しかしもう一歩は踏み込ませない。例えるならば二十年後の同窓会で再会すると、「今度飲み行こうな」とその場では誘ってもらえるが、その後一切音沙汰無しになるようなタイプ。良き『級友』が素晴らしいほどよく当て嵌まる人間である。
そんな一見正反対な二人、前述の通りクラスメートではあるが、教室や廊下ですれ違えば挨拶は交わすというくらいのドライな関係。同じクラスだし名前くらいは知っている、逆に言えば名前しか知らないという程度だ。
最後に会話という会話をしたのは五月の初め頃。たまたま放課後の教室に忘れ物を取りに来た少女が、一人教室で課題をやっていた少年を見つけ、
「や」「おう」「忘れ物しちゃって」「そっか」「うん……あ、あった」「気をつけてなー」「ありがとーばいばーい」
といった感じで、あまり交流のないクラスメートと二人きり、という気まずさを微塵も感じさせないサバサバとした事務的な会話が記憶に新しい。
そんなニアミスから、クラスメートという二人の関係に特に進展らしい進展もなく二ヶ月が過ぎ、現在は夏への入口七月に突入。じりじりと焼けるような暑さと蝉の大合唱が繰り返し再生される今日この頃。
唐突に、それは突然に、はたまた刹那的に、ただのクラスメートはただならぬクラスメートへと姿を変え始める。
似てない者同士の似た者同士。
そんな二人の邂逅は、すぐそこまで迫っていた。