97 ファーストキス 後編
「シューちゃん」
ゆっくりと顔を寄せていく。心臓がうるさいくらいだ。
名前を呼ぶと、シューちゃんの睫毛が小刻みに震える。怯える小動物のような可愛い姿に、私は緊張を抑え、十分近づいてから目を閉
「たっだいまー」
「!!!?」
結花奈の声と物音に、慌てて離れた。自然さを装って挨拶を返す。
「おっ、おかえりー!!」
あ、あああぶなーー! 危なかったー。今日はシューちゃん休みで結花奈仕事だから完全に油断してた。もう帰ってくるなんて。
はー、危なかった。最悪恋人なのをばれたとしても、キスシーンを見られるなんてなったら気まずいなんてものじゃない。
「おかえり、ユカナ。早かったね」
「うん。先生が臨時呼び出しされちゃって。ゆーねー、今日の晩御飯は?」
「んー、まだ決めてないわ。これから買い物に行ってくるわね」
とりあえず、まだちょっと熱いから一旦外にでて頭を冷やそう。結花奈は鞄を放り投げる。
「おっ、んじゃ私荷物持ちしてあげるー」
脱いだ靴をまたはく結花奈に、私は買い物鞄を持ちながら続いた。
「お願いするわ。じゃあシューちゃん、行ってくるわね」
「うん。行ってらっしゃい。続きはまた今度ね」
「え、ええ」
「行ってきまーす」
「ユカナも行ってらっしゃい」
思わずどもったけど、幸い結花奈は不審に思わなかったらしい。ふぅ、いつまでも純粋で素直な結花奈でいてね。
マンションの長い階段を降りながら二段下の結花奈が甘えた声をだす。
「ねー、優姉、ハンバーグ食べたい」
「仕方ないわね」
結花奈の可愛いリクエストに応じてハンバーグの材料を買いながら、ついでにお店を見て回る。
結花奈があれは?あれは?と聞いてくるので、ついつい余分に洗剤なんかの消耗品を買ってしまった。結花奈と半分ずつ持ったけど重い。
「優姉さ、ほんとはこのマンション借りて後悔してる?」
「な、何故かしら?」
「めちゃくちゃ疲れた顔してるから」
「そんなことは……」
別に後悔なんて。だって部屋は大きいし日当たりも風通りも抜群だし、毎日お風呂入れるし。ただ階段が疲れるだけで。うん、ちょっとだけ後悔してるかも知れない。
部屋にいたら気にならないけど、やっぱり荷物を持ってこの階段をあがっていると、あー、疲れると考えてしまう。
「あのさ、前も言ったけど、魔法を使いなよ。荷物だって使えば軽いのに」
「あ、そうか」
いや、うん、確かに前に言われたけど、ついつい普段使わないから、たまに荷物重いからって使う発想がでないのよね。
「じゃあ、って、両手が塞がってるから使えないわ。ちょっと結花奈、荷物持って」
「しゃーないな。鞄から出したげるからじっとして」
え、預かってよ。
先行していた結花奈は二段戻って私の一つ上で、私の腰の魔法陣帳に手を伸ばす。
手帳に手をかけ顔をあげた結花奈は笑顔のまま、私に顔を近づけてきた。
「!」
不思議に思うより先に、結花奈の顔がさらにドアップになり、結花奈の唇と私の唇がぶつかっていた。
ぷにっとした柔らかい感触と、逆光の結花奈のまぶたに気をとられている間に、結花奈は唇を離した。
「キスしちゃった。いやーん」
「は、は? はぁ!?」
「おっと危ない。仕方ないなぁ、私が持ってあげるよ」
思わず一歩下がって、階段なので足を踏み外して荷物から手を離したけど、結花奈が魔法で私の背中を押して、荷物は自分の元へ引き寄せた。
空いた手で思わず口を押さえる。
なに、いや、え? なに? なんで、キス? そう、キス。キスしたんだ。
「っ、ばっ、馬鹿!? 馬鹿なの!?」
体温があがる。いや、いやいやいや、なに照れてるんだ私。相手は結花奈で。いやでもそんな、ファーストキスなんだ。頬にしてたとか関係ないし、唇は特別だ。
押さえる手のひらに自分の唇触れて、それが何だか意識してしまって恥ずかしくて、ますます熱くなる。
「そ、そこまで照れないでよ……照れるじゃん」
「照れるっ、とか、そんな問題じゃないでしょ!? ふぁっ、ファーストキス、なのに。あー、もうっ」
「怒んないでよ、私もファーストキスだし許して」
いや、そういう問題じゃない。そういう問題じゃない!
ていうかなんで自分からしておきながら照れてるの!? 赤らんだ顔して頬かいて誤魔化したりなんかして、可愛いじゃない! ときめいたらどうふるのよ! ていうかすでにドキドキしてるし。
うう、結花奈にすら心臓高鳴るとか、我ながら単純というか、軽すぎる。
「もー、なんで突然キスするのよ」
「嫌だった?」
「い、嫌では、ないけど」
むしろ嫌でないことが問題というか、今のところ女の子にしかされてないからいいけど、男の人にモテたら大変なことになりそう。
というか、考えたら私シューちゃんと恋人だし、これ普通に浮気じゃない? うう、どうしよう。しかもただやられただけじゃなくて、めちゃくちゃ反応してるし。
「じゃあいいじゃん」
頭をかかえる私に、結花奈が軽く言ってくるから混乱のあまりむっとした。
「だから、なんで急にしたのよ」
「だって……優姉のファーストキス、シュリにとられたくなかったんだもん」
「えっ」
シューちゃんって、え? な、なぜ、なぜそれを。いや、いや誤魔化そう!
「あっ、え、えっと、えー? な、なんのことかしら?」
「さっき、会話聞いてたから」
おーっとー! 別の意味でさらに恥ずかしくなってきたー!
「とにかく! そういうことだから、セカンドキスはシュリにあげてもいいよ。じゃ、先戻ってるね」
「ちょっ」
赤くなる私に居たたまれなくなったらしく、結花奈は私の分も荷物を持ったまま、かろやかに階段を駆け上がりだす。
「顔、赤いの収まってから来てよね!」
「馬鹿!」
追いかけようとした私に、結花奈は平然と指摘してきて、結花奈のせいなのにもうなんだか頭の中がごちゃごちゃして、結局出てきたのは単純な罵倒だった。
立ち止まって、改めて口元に手を当てた。
あー、もう、ほんと、どうしよう。
ただでさえ、いっぱいいっぱいなのに、結花奈までどうすればいいのよ。
ていうか、単に結花奈はお姉ちゃんとられたくない妹的嫉妬なのに、なに私はガチで照れてるのよ。
あー、もう、ほんとに、自分にあきれるわ。
私は熱がひくまでしばらく、階段でじっとしていた。
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