85 恋人らしく
次回10話更新します。
「ユウコ」
「あら、シューちゃん。奇遇ね」
「うん、ユウコに会いたいから、早く帰ってきた」
「…大げさね」
少しだけ照れて視線をそらすユウコが可愛くて、私はちょっとどきどきする。
明日から遺跡発掘バイトだ。それに備えてユカナと午後一で出かけたはいいけど、雇い主との打ち合わせ後の買い物でもう十分揃ったのにユカナは関係ない生活用品とか工具類とか武器屋まで見て回るから、私は先に荷物を預かって帰ることにした。
図書館から帰るユウコと会えたのは偶々だけど、嬉しいな。
「ユウコ、今日はどうだった?」
「そうね、やっぱりまだ確信には程遠いけど、これからよ。また後で話すわね」
「うん」
「これから夕飯の買い物だけど、いっ」
「行く。一緒に行く」
「ありがと」
微笑むユウコに嬉しくなる。毎回そうなのだけど、ユウコが私のためだけに微笑んでくれると嬉しい。
なかなか二人きりにはなれないから、久しぶりに嬉しくて、そして二人きりだと意識してちょっとどきどきしてきた。
「ね、ねぇ、ユウコ」
「なに? 夕飯のメニューのリクエストある?」
「う、うーん、ちょっとすぐには思いつかないな。ユウコは食べたいものある?」
「そうねぇ、そろそろお魚が恋しくなってきたわ。焼き魚か煮魚かどっちがいい?」
「焼き魚かな」
「じゃあ塩焼きにしましょうか」
「うん。いいね。ユウコの焼き魚、好きだな」
「もう、そんなこと言って、シューちゃんは私のつくるものなんでも好きって言うくせに」
「でも本当だもん」
うー。
ユウコと話してるのは、どんなにたわいない内容でも楽しい。楽しいけど、肝心な言いたいことがなかなか言えない。
今更だと思うけど、気持ちを伝えた恋人状態なので緊張する。
「あ、あのさ、ユウコ」
「なぁに? 魚の種類?」
「あ、えーっと、白身…じゃなくて、あの、て、」
「て?」
「手を、繋いで、くれませんか?」
思わず敬語になる。私の言葉に一緒ユウコはきょとんとしてから、思い出したようにぽっと頬を染める。
「は、はぐれちゃったら、大変だものね」
「あ………ううん」
結果は同じなので、うん、と言いそうになったけど、やっぱり駄目だ。ちゃんと、恋人として繋ぎたいのだと伝えたい。
「そうじゃなくて、その…私が、繋ぎたいので、繋いでほしいです」
「う……うん。ごめん。つ、繋ぎましょうか」
「うん」
ユウコは私の気持ちわかってて言ったのはわかってる。それは別に恋人としてが嫌とかじゃなくて、単純に恥ずかしいとか周りの目の為の大義名分で言ったんだとわかってる。
わざわざ認めさせたのは私の我が儘で、申し訳ないなって思うけど、でもちゃんと私の気持ちごと受け入れてくれて、嬉しい。
そっとユウコは私に左手をだしてくる。気持ちは両手で掴みたいくらいだけど、すでに片手は塞がっているので、右手でその手を握る。
何度も握ったし握ってもらっていて、慣れてもいいはずなのに、やっぱりどきどきした。
「……そ、それじゃあ、あそこの魚屋さんから行きましょうか」
「うん」
頬をかいてから誤魔化すようにお店を指し示すユウコに、私は極力感情が表情にでるようにしながら頷いた。
○
「ただいま」
「はい、おかえりなさい、シューちゃん。そしてただいま」
「おかえりなさい」
今日から我が家となった家に入る。勢いで決めてしまった感もあったけど、なかなかいいじゃない。うん。
荷物を片づけてから料理開始だ。シューちゃんもお手伝いするよといそいそと隣に来てくれる。
「ねぇ、ユウコ、遺跡から戻ってきたら、きっと沢山稼いでくるから、またプリンつくってもらってもいい?」
「もちろんいいわよ。シューちゃんの折角の好物だものね。頑張ってうまくなるわ」
「ありがとう。大好き」
う、ぐ。恋人になる前でも言われてただろう流れからの大好きなのに、シューちゃんから言われると、いちいち意識してしまう。
いやまぁ、今恋人だし、当たり前なんだけど。というかむしろ、私が意識しなさすぎる? 三人だとほぼ意識しないし。
だ、だってほら、恋人とか初めてだし、やっぱりまだシューちゃんは妹的意識強いし。
「あ、あのさ、シューちゃん、聞いていい?」
「なに?」
「わ、私の……どこがそんなに好きなの? その…なんで、恋人の好きって思ったのかなって思って」
聞きながら、我ながらなんてことを聞いてるんだと恥ずかしくなる。シューちゃんの顔が見れないので、手を動かして料理中の雑談のふりをする。
「うーん、最初は、うん、最初から好きだったよ。ユウコは私の初めての人だから。初めて私のことを心から心配してくれたし、初めて抱きしめてくれた。私のことを大事に家族みたいに大切にしてくれた。外にだしてくれた。私を自由にしてくれた。優しくて、私のこと見てくれて、好きじゃない要素なんてないよ」
べ、べた褒めね。でもそれだと、なんというか、刷り込み? というか、恋愛感情になるかと言われたら微妙じゃない?
私の疑問符に気づいたのか、シューちゃんはさらに続けて口を開く。
「最初はただただ大好きだった。でも沢山の時間一緒にいて、沢山話をして、うーん、何て言うのかな。ユウコは最初、すごく完璧な女神様みたいな人だったんだけど、そうじゃなくて、迷ったり困ったりする、むしろ私より繊細だってわかって、守ってあげなきゃなって思って」
あ、ああ……聞くんじゃなかった! 恥ずかしすぎるぅ、うう。繊細とかじゃないわよ、むしろガサツだし。シューちゃんフィルターがかかってるわよ。ちょっとだけどシューちゃんよりでかいのよ。守られキャラじゃないわ。
「それで、女の子としても好きになっていって、一緒にいるほど好きになって、いつからかはもうわからない。ただ、隊長さんのことは気づくきっかけにはなったかな」
お、女の子とか。もう私、来年二十歳ですよ。うー、女の子が許されるのは18歳までよ。ただしシューちゃんは除く。
「えっと、ごめん。うまく説明できなくて。どこが好きって言うか、全部好き。優しいとこも、優柔不断なとこも、寂しがりなとこも、世話焼きなとこも、もちろん容姿も好き」
「よ、容姿も?」
「うん、全部好き」
シューちゃんは私を照れ殺そうとしてるんじゃないかとちょっと本気で思う。いやほんと、体温あがりすぎて死ぬんじゃないかしら。
「あ、ありがとう。もういいわ。うん、シューちゃんの気持ちは、痛いほどわかりました」
「うん。ユウコがまだ、私に恋心とかないのわかってる。だから、ちょっとでも伝わったなら、うん、嬉しい」
「……ごめんね。その、やっぱり私、シューちゃんの恋人とか、不誠実というか、ちゃんと出来てない気がするんだけど、いいの?」
「うん。恋人っていう、名目だけで、意識してくれるだけで、十分嬉しいよ」
シューちゃんのひたむきな好意に胸が痛くなる。シューちゃんが珍しく強引で、思わず付き合うことに合意したけど、よかったのかしら。
結花奈がいないときしかできないわけだし、次からは私から手を繋ぐとか、恋人らしくしてあげよう。
「ありがとう。真剣に考えるから、もう少し、待っててね」
「うん。何時までだって、待つよ」
シューちゃんはにっこり笑っていて、その笑顔の綺麗さに見とれて、私は誤魔化すように頬をかいた。
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