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透明な窓ガラスに懐かしさを覚えつつ、私たちは杖屋に入った。
「いらっしゃい」
「すみません、杖を三人分借りたいんですけど」
「何日だい?」
「えっと」
何日だろう。ちらりと二人を見たけど芳しくない。
「じゃあ、1日で」
「はいよ。杖は丸1日後に自動的に店に戻ってくる仕組みだ。魔力を通してない状態でないと帰らないようセーフティがかかってるから、使わないように、あとちゃんと手を離すようにしてくれよ。危ないからな。はい、全員の名前と魔力登録するからこれ握ってだ」
「はい」
言われるまま名前を書いて、差し出されたもののグリップ部分を握る。握力計のはかり部分に球体のガラスがついてるみたいなデザインだ。
「ん、次」
握力計(仮)を返すと杖に球体の先の金具部分をあててボタンを押してから、今度は結花奈に渡す。
そして全員がそれぞれの杖を渡される。デザインは統一で、先端についている紐が色違いでナンバーがふってある。
その他、魔力登録もサインも杖が戻ると同時に消えることを説明され、使い方も簡単にレクチャーされた。
「初めてだろう? 練習していけ」
お店の二階へ通される。二階に三メートルほどのレールがあって、練習できるようになっていた。
「じゃあトップバッターいっきまーす」
結花奈が意気揚々と一番乗り。結花奈が問題ないのを見届けてから店主さんは、自由に練習してもいいけど最後に電源を消すようにと言ってから階下へ戻った。
「よし、じゃあ次は私ね」
魔法式の内蔵された金属部分にのりあがり、杖に跨がる。
あ、お尻が直接つかない。ふわっと空気の層がある。すごい。この魔法自体は私も知ってるけど、自動的に発動してる。しかもお尻の位置を動かしてもフィットする。
「よっ、と」
魔力をこめながら、レールにはまっていることを紐が横にぴんと張られてることで確認して、そっと飛び降り、お、落ちない。
「おおおおっ」
すーっとすべるように杖が移動する。実感的に何もしていないのに動いてる。当たり前だけど足元になにもないし、ひとりで飛んでる。すごい。魔法すごいっ!
「はー」
あっと言う間に反対側に到着。ふー、よし、本番が楽しみだ!
「さ、次はシューちゃんよ」
「うん」
シューちゃんはさっと勢いよく乗って跨がり、足を離す。杖が滑り出す。
「あ、うっ」
シューちゃんが一瞬だけ胸を押さえた。発作だ。近寄ろうとした瞬間、シューちゃんが落ちた。
「とっ」
「シューちゃん大丈夫?」
危なげなく着地して片手で杖を正しく杖として使うシューちゃんの背中をなでる。発作は旅にでて時間がたつほど間隔が長くなっていて、最近はずっとなかったから油断していた。
シューちゃんいわく、一瞬苦しいだけで座る必要もない程度らしいけど、最初の姿を覚えてるだけに心配だ。成長にしたがって治っていくらしいけど、シューちゃんももう大人なのに。いくつぐらいで完治するのかしら。
「大丈夫だから。ユウコは相変わらず心配性なんだから」
「シュリ、もしかして今のが発作ってやつ? 私初めて見たけど、大丈夫?」
「うん。前は5ヶ月ぐらい前だったかな。間隔はまちまちだったりするけど、多分もう数ヶ月はないし、安心して」
「……確かに症状はたいしたことなさそうだけど、杖はやめた方がいいね。それ、魔力吸いとって症状抑えてるんだよね?」
「!?」
そ、そうだ! 今普通に落ちたし、ほんとに久しぶりだから忘れてたけど、シューちゃんが今落ちたのは発作で魔力をなくしたから、杖が使えなくて落ちたんだ。
これが練習だから助かったけど、ほんとに空を飛んでる最中に起こったら大変だ!
「ごめんっ、シューちゃん! ほんとごめんね、気づかなくて。よし、杖返そう」
「え、い、いいよ。私は魔力なくなったから今日はできないけど、二人はやりなよ」
「駄目よ! ていうか今日でなくても駄目よ! シューちゃんは絶対杖禁止だからね!」
「う…うん、わかった」
「ま、無難だね。私が一緒にいれば助けられなくもないけど、危ないしね。ひとりで飛ぶのは禁止ね」
「わかった。ごめんね、二人とも」
「いいって、てゆーか私ぃ、お二人と違ってひとりで飛べますしぃ、おほほ」
とにかく杖は禁止。杖のレンタルはキャンセルして、謝りながらお店を後にした。
「よし、気を取り直して、遊びましょう!」
「え、図書館は?」
「ん、んん、お勉強は明日から」
「えー、昔と言ってたことが違うんだけど」
確かに前は、思い立ったが吉日、勉強は今日じゃなく今から!と結花奈に教えてきた。でもそれはそれ、これはこれです。
このまま図書館に行って自由行動にしたら、シューちゃんきっと杖のこと気にするわ。ならばとりあえず、今日は遊びます!
「途中にスルーしてたけど、美味しそうなお菓子のお店があったわ。あそこ行きましょ」
「あー、あったね、めっちゃ優姉が横目で見てたやつね」
「それはしーっ。シューちゃんに聞こえるじゃない」
「私も気づいてたよ」
「え」
じゃあなんで2人ともその場で言ってくれないのよ。杖を言い出した手前、あからさまに時間がかかりそうな飲食店はスルーしたけど、二人とも気づいてたのなら一店くらい……まぁ、まぁいいわ。
これから行くんだもの。そう、過去のことは忘れましょう。
「じゃあ二人ともあのお店でいいわね」
「うん、いいと思う」
「まー、しかたねーなぁ。付き合ってやんよ!」
「はいはい、ありがとうございます」
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