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「結花奈」
「わ、なに? 急に手を握るなんて、優姉じゃなかったら痴漢だよ」
「馬鹿なこと言ってないで、うろちょろしないの。はぐれたらどうするのよ」
「一通り回って宿屋に戻る」
「なんでわざわざ別行動しなきゃいけないのよ」
人混みの中、結花奈を引き寄せて手を握り直す。結花奈は勇者として街を回っていたけど、基本的に食べ物屋か武器武具薬品旅関係ばかりで、衣類やこ日用品を見て回ったりはしなかったらしい。
だからか、こうしてのんびりとお店を見て回ると結花奈は毎回テンションをあげる。とても可愛くて微笑ましいけど、結花奈は小さいから人混みで見失うと見つけるのが大変だ。
全く、別に独りでの買い物もそれはそれで趣味に走れるし好きなだけ集中できるけど、2人でいるのに無理に離れることもないでしょう。
「ほら、ちゃんと結花奈に付き合うから、手を離さないの」
「…はーい、まったく、優姉は寂しがりやなんだからしょーがないなぁ」
「誰がよ、この」
反対側で頭をつついてやる。全く。寂しがりやじゃないわよ。1人が寂しいのは普通よ。というか、結花奈の方が寂しがりやじゃない。
「ところで優姉」
「なに?」
「今更だけど、シュリは置いてきちゃってよかったの?」
「? 本人が残るって言ったんじゃない」
シューちゃんはこの街に来てすぐ、出掛けようと誘うと眠いから今日はいいと断られた。
シューちゃんは元々ひとりでいた時間が長いからか、たまにひとりでいたがることがある。私だってそういうときに空気を読むくらいできるのだ。
というか実際、眠そうだったし。置いてきたというか、普通じゃない?
「あー……というか、体調悪いんじゃない?」
「え? そうだった?」
「そこまでじゃないけど、ちょっと微熱だったかな。心配かけたくなくて黙ってるっぽいから普通に振る舞うのはいいけど、全く気づかないのもどうかと思うよ」
がーーーん………。
「ちょっ、ちょっと。なに泣きそうになってんのさ」
「だって、私、全然気づかなくて。結花奈でもわかったのに」
「いや、私は魔法で……というか、さりげにディスってる?」
私の方がずっと付き合い長いのに。というか、そうか、結花奈といいシューちゃんといい、そもそも私も全然体調崩したりしないから、元気がなくても体調悪いとかいう発想がなかった。
シューちゃん今日はなんだかいつもよりゆっくりでややぼんやりして、眠そうだなぁと思ってた。
体調悪いかもとか一ミリも疑わなかった……こんなんじゃお姉ちゃん失格だ。
「お、落ち込むなよぅ。昨日冷え込んだから一時的にってだけど、大人しくしてれば夜には治る程度だったって。本人隠してたし気づかない程度だって」
「結花奈は気づいたじゃない……はぁ、落ち込むわ。いえ、こうしちゃいられないわ。さっそく帰って看病しなきゃ」
「やめなよ、寝てるかもだし。今からだと逆に気ぃつかうから。本人がいってたんだから、ひとりにしてあげたら?」
「うーー、……そうね、わかったわ。よし、じゃあシューちゃんの分もこの街を攻略するわよ!」
せめてシューちゃんにお土産買っていってあげよう! あと夜用になにか食べやすい食べ物探そう!
○
「ん……」
「あ、起きた? 優姉、シュリ起きたよー」
「はーい」
目を覚ますとユカナが私をのぞき込んでてちょっとびっくりした。返事をしたユウコが何かを持ってきた。黄色くて、濡れてる?
「シューちゃん、風邪気味なんだって? 言わなきゃ駄目じゃない」
「あ、えっと…もう平気だから」
そうだった。ちょっと朝から微熱気味で、隠してユウコとユカナを見送ったんだった。もう体調も問題ないから一瞬忘れてた。
体調崩したの久しぶりだから、ユカナにはばれてたのかな。それにしてもずっと寒くない地域にいたから油断したのかな。旅の途中だし気をつけよう。
「ほんとに?」
ユカナは私のおでこに手をあててくる。心配そうに見られて、なんだかくすぐったいけど嬉しい。
「うん、そうね、もう熱はないみたい」
「私もそう言ったじゃんよー」
「自分で確かめないとわからないじゃない。さて、もう大丈夫みたいだけど、体に優しいお菓子つくったの。食べる?」
「うん、食べる」
体に優しいお菓子、というのはよくわからないけど、見た目からして柔らかいお菓子ということだろう。
ユカナにも配られ、三人揃ってのおやつタイムだ。
ふぅむ。なんだろう。やまなりで、ちょうどカップを逆さにしたような形だ。薄い黄色の、なんだろう。スライムが固まったみたいな……お、お菓子? なんか、船で食べた卵の蒸し焼きみたい? それより白いけど。
「んーっ、この感触久しぶりぃ。まぁプリンかって言われたら私的には滑らかさとかカラメル成分が足りないけど、合格っ」
「仕方ないでしょ。生クリームとかそうそう手に入らないんだから。というか、これしかレシピ知らないし。あとカラメルは難しいのよ」
ユウコが作ったらしい。ユウコはいつもご飯はつくるけど、お菓子はクッキーしか作ったてるのを見たことがないから意外だ。
「いただきます」
シロップのかかった黄色い本体をすくって、口に運ぶ。
「っ!!?」
ふんわりして、歯で噛み潰す前にとろけていく、食感と言えないような柔らかさ。優しいとしかいいようのない
ほんのりした甘さ。シロップのねっとりした甘さがからんで、口の中いっぱいに甘くてふわふわしたもので溢れる。
「おっ、お、お、おおっ、美味しいっ!!」
「うわっ」
「えっ、あ、ありがとう」
なにこれ!? 美味しい! 美味しすぎる! 今までこれ隠してたなんてずるい!
○




