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「……」
目を開ける。さらさらと、普段なら気にならない砂時計の流れる音が嫌に耳につく。
暗闇になれて天井のシミまではっきり見えるようになる。視線をそっと横に移す。
結花奈。上を向いたまま、静かに目を閉じてる結花奈。
疲れてるだろうと、結花奈には普段私とシューちゃんが二人で使うベッドを独占して広々寝てもらおうと思ったけど、結花奈が私と寝たいと言った。
流石に三人では狭いし、だからってシューちゃん一人を床でというのは何だか可哀想だ。床でも寝られるよう、寝具はちゃんと借りているけど。
でもシューちゃんも気にしないで望むようにしてあげなよ、と言われたので、こうして私と結花奈は隣あって寝ている。
「……」
そっと結花奈の手を握る。小さくて柔らかくて、でもタコが目立つ、強くなったんだなと思わせる。そんな力強さもある。
強く、強く握る。当たり前だけどその感触が突然なくなったり、冷たかったり、欠けていたりしない。温かい結花奈の手はちゃんと私の手の中にある。
今日だけでたくさん泣いたし、一言話す度に、ふとその顔を見る度に、触れる度に、結花奈がいるんだと胸が暖かくなった。
そして今も、胸がいっぱいで、嬉しすぎてどきどきして、何だか目が覚めていて眠れない。
おやすみなさいをしてから、もう一時間以上たっている。結花奈はぐっすり眠っているらしく、手を握っても反対しない。
「……」
そっと、反対側の手で結花奈に触れる。髪を撫で、額を撫で、目元、頬、輪郭と撫でていく。結花奈。記憶の中のまま、可愛い結花奈。
変わることなく、怪我もなく、無事に戻ってきてくれた。お城のこと、結花奈の今までの仲間とか、色々あると思うし、無視していいのかなとも思う。
だけど、そんなの綺麗事だ。私はやっぱり結花奈と一緒にいたい。もう離れるなんて嫌だ。
魔王を倒したんだから、もう勇者だなんてもうやめてもいいじゃない。もう、結花奈が戦う必要なんてない。勇者としての責務とか、そんなの知らない。私と一緒に、帰るんだ。
涙がでた。ああ、もう、私ってほんと、弱いな。
「っ……」
声を押し殺して、握ったままの結花奈の手をさらに両手で握りしめ、手を抱きしめるように、結花奈の指先に顔を押し付けるようにして、しばらく泣いた。
結花奈がいてくれて嬉しいこと、もちろんそれもある。結花奈と帰ることができるのか、不安もある。それに結花奈は二年できっと成長して、私に話してないような嫌なことだってたくさんあっただろう。私は姉として、結花奈に何がしてあげられるだろう。
そう思うと、単純に結花奈の存在が嬉しくて泣いているのか、不甲斐なさで情けなくて泣いているのか、未来が不安で恐くて泣いているのか、自分でもわからなくなる。
きっと全部だ。そして、それで泣いてしまう自分が嫌で、さらに泣けてくる。
結花奈の前ではもう泣けない。泣きたくない。戦うことは何もしてあげられなかったけど、もう戦う必要なんてない。
結花奈はのんびりと、子供らしく、平和にありふれた日常を送るべきだ。そのために、できる限りのことをしよう。日本と変わらず暮らせるように、私が守ってあげなきゃ。少なくとも精神的には、支えてあげないといけない。
これからは、いやこれからも、これまで通り、前向きで明るくて笑顔でなんとかなるの精神で、結花奈を安心させてあげなくちゃ。
もう絶対、泣かない。お姉ちゃんは、妹の前で泣いたりしない。だから今日だけ、見逃してね。
これは、うれし涙だから。
○
目は覚めていた。
つい先日まで勇者として、魔物の中心にいたのだ。踏まれても起きないと言われていた昔とは違う。こんな風に手を強く握られるどころか、触れられた瞬間に目が覚める。それにそもそも、今日はまだ寝ていない。
優姉がそばにいるのが嬉しくて、どきどきして興奮してるというのももちろんある。でもそれより、眠ってしまったら、これは夢で、優姉がいなくなってしまうんじゃないか。そんな馬鹿なことあるはずないのに。だけどそう不安になってしまって、眠れなかった。
「っ……」
優姉が泣いていた。
優姉は元々、割と泣き虫だ。本を読んでも映画を見てもすぐに泣くし。感動モノだけじゃなく、ホラーを見たときも涙目になってた。
だけど、こんな風に泣いているのは初めてだ。今日再会したときもわんわん泣かれて、恥ずかしかったけど嬉しかった。
それでも足りずに、夜だからかも知れないけど、声を押し殺して、私の手を握って泣いている。
まるで祈るように、まるで縋るように、まるで隠れるように、まるで嘆くように、まるで、何かを訴えるように、優姉は泣いていた。
居たたまれない。私が原因だろう。私のために泣いているんだろう。きっと自惚れではないはずだ。
それだけ私を思ってくれてる。それだけで十分だ。優姉は昔から背負いすぎる気がある。
私は優姉がいて、甘えさせてくれて、私を見てくれて、いつも通りでいてくれるだけでいい。元の世界にだって帰れなくていい。優姉のためならもう死んでもいい。
死にそうな目にあって、死を覚悟して、今そう思う。
だから、優姉がこんな風に泣くと胸が苦しくてどうしていいかわからなくて、でもやっぱり、優姉が私のことを強く思ってくれてるのがわかるから、すごくすごく嬉しい。
どう反応すればいいのかわからなくて、私は優姉が眠るまでひたすら寝ているふりを続けた。
優姉、大好き。もう二度と、離れない。今度は世界じゃなくて優姉のことを守るからね。
私もまた、優姉が手を握り続けてくれることで、安心して睡魔の波がきた。
いつぶりかわからないけど、私はぐっすりと、警戒心のかけらもなく、何の心配もなく眠ることができた。
○




