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 空は澄み渡り、湿ったこの街特有の風が頬をなで上げる。

 いい天気だ。洗濯日和とも言えるけど、仕事で家を空ける日は外に干すと盗難の恐れがあるため、魔法乾燥が一般的だそうだ。

 まぁ私は関係なく干しまくってるけど。まさか盗まれないだろうし今までも大丈夫、と思ってたけど先日、実はシューちゃんが魔法で盗まれないようにしていたことが発覚。シューちゃん様々でした。


 それはさておき、洗濯物を干し終えて、いつものように朝ご飯を食べ終わって身支度も整えて、出勤だ。


「いっています」

「いっています」


 誰もいない部屋に向かって二人で挨拶し、ドアを施錠する。

 アルキアさんのお店までは歩いて20分ほどだ。開いてるお店とそうじゃないのが半々で、昼に比べると静かなくらいの街を歩く。この時間帯は一日が始まるような気になるから、結構好きだ。


「おはようさん」

「おはようございます」


 何人かと挨拶をかわしつつ、お店に到着。アルキアさんに挨拶をしたらすぐに開店準備だ。棚を整理して、お店の前まで掃除をして、ガラスを磨く。

 時間になったらオープンにして、カウンターに座る。


 始まってすぐに駆け込んでくるようなお客さんは滅多にいない。だけど席を外すわけにもいかないので、私はぼんやりしながら手慰みに細かい部分の掃除をしたりする。


 こうしてぼんやりしてると、嫌でも結花奈のことを考えてしまう。いつも通りでいようと思っているのに。

 うーん、はぁぁ。落ち着かないなぁ。


 一昨日シューちゃんからもたらされた結花奈からの伝言。私の生活を劇的には変えないけど、気になって気になって仕方ない。


「はぁ」

「カウンターで景気の悪いため息をつかないでおくれ」

「アルキアさん…」


 アルキアさんには事情を話した。結花奈にあわせて仕事をやめることになるし、そのためには説明しないと不誠実だ。アルキアさんは予想通りあっそうとばかりにそっけない反応だったけど。


「すみません。真面目にします」

「なんだい、今不真面目だったのかい?」

「あ、いや、違いますけど」

「なら仕方ないだろ。仕方ないが、顔まで不景気だ。一時間ほど気分転換してきな」


 断ろうかとも思ったけど、確かに見てて気分のいいものでもないだろう。気持ちを切り替えるため、その辺を走ってみることにした。仕事中は基本ズボンなのでできることだ。

 軽く準備運動をしてから髪をくくりなおし、走り出した。


 吸って吸って吐いて吐いて、吸って吸って吐いて吐いて。

 昔にテレビか何かで見てから習慣になった呼吸で走りながら、邪魔にならないよう裏通りを走る。


「はっはっ、ふっふっ」


 この世界は日本より体力をつかう、と見せかけて魔法があるし、疲れ切るということはなかった。

 体を鍛えてることだけは別だけど、最近はあんまりしていなかった。日本でも特に部活には入ってないけど体を動かすのは好きだった。

 特に走ったり泳いだり、ひたすら体を動かすとだんだん頭が空っぽになる。

 疲れてきた。だけどそこを我慢してさらに走ると、息苦しさが嫌じゃなくて、だんだん楽しくなる。


「はっ、はっ、ふっ、ふっ」


 もう、何故走ってるのか、どこに向かっているのか、わからなくなる。ただ笑いたくて、もっともっとスピードをあげて走りたくなる。


 心のまま、走って、走って、何分くらい走ったのか。たどり着いた街の端の壁に、ぶつかるように止まって、はじかれた勢いのまま回転して背中を壁に預ける。


「はぁっ、はぁっ」


 息切れして、くらくらする。立ち止まった瞬間、体から汗がふきだし、全身が重くなるのを感じた。


「はっ、はぁっ、はぁぁっ、はぁぁっ」


 激しくなりそうな呼吸を無理やりゆっくりとして、落ち着かせる。


「はぁぁぁ、はぁぁぁぁ」


 息を大きくはきながら、地面に座り込む。

 はーー、疲れたーー……。


 まだ荒い息のまま、空を見上げる。壁と建物の奥にある空は青くて、日本とちっとも変わらなくて、急に泣きそうになった。

 こんなんじゃ駄目だ。


「はぁ……」


 何もできないのが、こんなにも悔しいなんて思わなかった。結花奈の力になれないのが悔しい。

 もういっそ、泣いてしまおうか。シューちゃんの手前、あまり泣かないようにつとめてきた。一度思い切り泣けば、気が晴れるかも知れない。


「っ、……」


 そう心の中で言い訳をしたのを皮きりに、涙が零れた。


「うっ、ぅぅ」


 後から後から、止めようとさえしなければこんなにも涙が溢れてくる。弱くて嫌になる。

 結花奈。私は結花奈のお姉ちゃんなのに、どうして何もしてあげられないんだろう。結花奈の気持ちはわかる。

 でもそれも私が強ければ解決できたはずだ。どうしてもっと体を鍛えなかったんだろう。

 私がのんびりしていた間に、結花奈は誰もが認める勇者になった。私なんか足手まといなのも、わかってる。どうしようもない。

 もう出発して、どうしようもない。追いかけても負担になるだけだ。ここで待つのが最善で、結花奈にとっても私がハンバーグをつくって待ってるというだけで、それなりに精神安定に貢献するはずだ。 

 わかってる。でも、悔しい。悲しい。自分が腹立たしくて、どうしようもないのに、どうにかできないかと考えてしまう。焦ってしまう。心配してしまう。

 だって魔王だ。魔物だって、海の向こうは比べられないくらい強いのがいっぱいいるだろう。それよりさらに強くて、回復魔法や第三形態まであるような、絶望的に強い存在だ。コンテニューのない現実で、そんなのと戦って、怪我の一つもしないなんて無理だ。

 魔法があるし、すぐに治るとしても痛いものはもちろん痛い。それに、もし死んでしまったら? 生き返るのは魔法だって無理だ。

 ああ、やっぱり心配だ。私がいって、いざとなったらいっそ盾にでもなったほうが。いいかも知れない。


 何をやってるんだろう私は。こんなところで泣いていたってどうしようもないのに。


 それでも涙はとまらなくて、泣いて泣いて泣いて、何分くらいたったのか。泣き疲れて、やがて涙はとまった。


「はーー……なにしてんだろ、私」


本当に、なにをしてるんだ。色々ぐだぐだと考えていたけど、結論なんかとっくにでている。


 もうどうしようもない。無理に追いかけても足手まとい。なら、当たり前みたいな顔していつも通りに結花奈を迎えてあげるのが、一番いい。


「…ふぅ、帰ろ」


 泣いたらすっきりした。考えて結論はでても感情面で納得できなくて、不甲斐なかった。

 泣いて感情を出し尽くして冷静になれば、その不甲斐なさも仕方ないことだとわかる。

 私には力がない。だから当たり前だ。これからでも、魔王には間に合わなくても役に立つだろうから、力をつけよう。

 今の私は役に立たない。なら考えてうじうじしたって仕方ない。これから努力して挽回するしかない。


 もちろん、完全に納得できたわけじゃない。心配な気持ちはなくならない。でも考えても仕方ない。心配なのは当たり前として、頑張ろう。


「ユウコさん」

「!!?」


 み、見られてた!?










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