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「おやすみなさい」
挨拶をして、明かりを消す。ひさしぶりに口にした挨拶の言葉。うまく言えただろうか。
目を閉じるけど、何だかどきどきする。眠るつもりは元よりないけど、眠ろうとしても眠れなさそうだ。目がさえている。
隣から熱を感じる。自分以外の誰かが側にいる。嬉しくてたまらない。ずっと夢みたいだ。
「………はぁ」
ふいに小さくため息が聞こえた。ユウコしかいない。どきどきが止まって、胸が痛くなる。
何を浮かれているんだ、私は。
ユウコは突然この世界にきて、家族や友人から離され、理不尽に身一つで放り出されて不安でたまらないはずだ。まして妹のことも心配だろう。
不運を嘆いて不幸を恨んでいるだろう。私はそんなユウコの今を嬉しく思って、最低だ。
ユウコがなにも知らないから騙して、横で眠らせるなんて、ユウコが怪我をしたらどうするつもりだ。
「……」
ユウコの寝息が聞こえて、はっとする。目をあけると、ユウコの顔。思ったより近くて、またどきりとする。
こんなに近くで、無防備で。苦しい。善良な彼女を騙していることが苦しい。全て話してうけいれてほしい。そんな願望を抱いてしまう。そんなことあり得ないのに。
爆弾の隣に好き好んでいようなんて、そんな人がいるわけない。どんなにユウコがいい人で優しくても、知らないからできることだ。
それでもいい。私を知らない人はいないのだ。たまたま現れて、たまたま私と一番に会った彼女しかいない。ちょっとだけ。少しだけ、発作が来るまでだから。
○
じっと、無防備に眠るユウコを見つめる。それだけで、そばにいてくれる人を見るだけで、嬉しくて全然飽きない。
しばらく見つめて、ユウコが熟睡したら暖炉の部屋へ移動して少し寝よう。そう思って、そろそろかなと起き上がり
「うっ」
胸の痛みに、突っ伏した。発作だ! いけない。落ちつけ。ゆっくりと息をしろ。
「はぁぁ、ふぅぅっ」
痛い。胸が破裂してるみたいだ。心音がうるさい。何度も何度も体験してるのに、全然冷静になれない。
痛みに慣れて、冷静になれたら、比較的早く治せるはずなのに。苦しくて、体がバラバラになりそうで、集中なんてできない。
「う……は、ぅぅっ」
声がでてしまう。いつも大声をだして痛みを紛らわせているから、つい出てしまう。
「シューちゃん? …シューちゃん!?」
ユウコを起こしてしまったみたいだ。申し訳ないけど、でももう移動できないから、ユウコに起きてもらって移動してもらうしかない。
「だ、大丈夫、大丈夫だから、ちょっと、寝言、だから、暖炉へ」
「どこが寝言!? シューちゃん病気なの? 胸? 胸が痛いの?」
ごまかして言うけど、どうしても途切れ途切れになってしまう。ユウコが私の顔を覗き込みながら、私の手に手を重ねて握ってくる。
暖かくて、バラけそうな体をつなぎ止めてもらってみたいな、そんな感じがして、少しだけ楽になった気さえした。
でもそんな訳はない。気休めにすぎない。大丈夫。落ち着けばただの発作で終わる。とにかく一度ユウコには離れていてもらおう。
「だ、め。早く、逃げて」
「に、逃げて!? なに? なにが起こるの?」
「大丈夫、大丈夫だから」
「大丈夫じゃない! もし危なくなくても、ほんとに大丈夫でも、苦しんでるシューちゃんをひとりにするのは、私が大丈夫じゃない!」
「っ」
何故、そんなことを言うのか。知らないくせに。知らないだけなのに。そんなことを言われたら、側にいてって、言いたくなる。
「どんな病気なの? お医者さんが必要なら、呼んでくるから」
「お医者さんは、大丈夫、だから」
ユウコの温もりで少しだけスムーズになった口調で、私は説明する。一時間も頑張れば、もれる魔力もつきて痛みも危険もなくなる。それまで誤って魔法が発動しないようにしていれば大丈夫。
それだけの話だ。それまで私の意識がもてばの話だけど、今はユウコがいるんだ。絶対頑張る。でもせめて隣の部屋にいてほしい。もし万が一でも、この部屋だけは他の部屋と魔法壁が張られている。
「爆発しないんでしょ? なら何もできなくてもせめて側にはいるよ。汗かいてるし、ふくよ。あ、背中勝手にさすってるけど、どうする? 胸の方がいい? 暑いとか寒いとか、こうしたほうがまだマシとかある?」
だから、なんでそんな、聞いてくれないの? 向こうに行ってって言ってるのに。もし私が痛みに耐えられなくなればすぐに爆発するのに。
そんな風に言われたら、威力を知らないだけだってわかってても、甘えてしまう。
「……じゃあ、一つだけ、お願いしても、いい?」
「もちろん!」
「だ……」
「だ?」
「…抱きしめて、ほしい」
そんなことしても、何にもならない。私の発作に治療法はない。それでも、ユウコがそばにいてくれると思えば頑張れる。ユウコの暖かさがあれば頑張れる気がする。この部屋にいるなら、もうどこでも同じだ。
ユウコの手だけでも、少し楽だった。だからお願い。抱きしめて。私の体がバラバラにならないよう、爆発しないように、抱きしめてほしい。
「わかった」
ユウコはそれだけ笑って言って、抱きしめてくれた。温かくて、柔らかくて、優しくて、まるで遠い日の母のようだ。
痛みが紛れる。楽だ、これなら我慢も容易い、と思った瞬間、異変が起こった。
「う……」
「ど、どうしたの? きつかった?」
「う、ううん。違うの」
否定するけど、なに、今の。
「もっと、強くして欲しい」
「あ、はい」
「はぁぁぁぁぁ」
「シューちゃん!? ほんとに大丈夫!?」
「だ、大丈夫ー」
なんか、え、魔力が一気に抜かれてる。吸われてる? やだ、力が抜ける。全身の力が抜けて、でも痛みはなくて、むしろ気持ちいい。すーっと、体の中を魔力が凄い早さで流れ出ていく。
これなら、すぐに私の魔力もつきる。尽きてしまえば魔力もれの痛みもなく、魔法が発動する心配もない。
「はぁぁ。あ、ありがとう。もういいよ」
「え、あ、うん」
「はぁ、ありがとう」
魔力が尽きたので、離すようにお願いする。痛みはないけど、どきどきがとまらないので肩で息をする。はぁぁ、す、すごかった。
起き上がりながら胸を押さえる。どきどきと、痛みを伴わない鼓動。生きてる。夢じゃない。
「え、うん。え、ほんとにもう大丈夫なの?」
「うん」
ユウコは魔法がない世界から来たからか全然、自分がやったことも、わかってないみたいだ。
他人の魔力を操作するなんて、きいたこともない。ものすごい大発見だ。
なのにきょとんとしてるユウコがおかしくて、私は少し、笑った。
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