40
「すみません。一匹ください」
「おう。毎度。お、そうだそうだ。昨日珍しいもんが水揚げされたんだ。どうだ?」
「うわ、おっきぃ。何ですか、これ」
「ノコギリ角魚だ」
「凶悪そうな顔してますけど…美味しいんですか?」
「揚げ物にするとうまいぞー。珍味ってほどじゃねぇが、たまにしか出ない。どうだ?」
「うーん、ちなみにおいくらで?」
「そうだな。一切れ300と言いたいが、よく買ってくれてるし、250でいいぞ」
「じゃあ、二切れください」
魚屋さんで珍しいという魚を購入。角が怖くて珍しいけど、大きいから切り身だけ買うので、あんまり他の魚と変わらない。
「んじゃ900円な」
「はい」
財布をとりだし、会計をすませる。
荷物を受け取り、財布をしまって鞄を持ち直しつつ振り向くと、知らない人とぶつかった。
「あっ、すみません」
「……」
無言で立ち去られた。お店の前をギリギリ歩いてる人は少ないからびっくりした。
「さて、次は」
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「へ? はい、え、大丈夫です、けど?」
「そうか、今の野郎、スリかと思ったんだが」
「えっ」
鞄に手を入れて、財布を確認…………かく、か、か……ない!!
「ど、どどど、どろっ」
「ユウコさん、これ」
「えっ」
慌てて顔をあげて男を見つけようとすると、眼前にずいと物が突きつけられた。びっくりしながらよく見ると私の財布だ。
「あっ」
「ユウコさん、どうぞ。中身も念のため確認してください」
「ありがとうございます! 隊長さん!」
隊長さんが、さっきの男を引きずりながら財布を渡してくれた。
「いえ。私がたまたま通りかかって、たまたま気づいたからいいものの、気をつけないといけないよ」
隊長さんは本日お休みで、たまたま通りかかったらしい。スリを巡回の人に引き渡してから、私はお礼に隊長さんにお茶をご馳走することにした。
買った物は魔法で冷やしているので問題ない。
近くのお店に適当にはいって、飲み物を注文する。
「本当にありがとうございます。助かりました。今までスリにあったことがなかったので、完全に油断してしまって」
「確かに治安は特別悪くはないけど、特別いいって訳でもないからね」
「はい、肝に命じておきます。あ、無理にお茶に誘っちゃいましたけど、ほんとに予定とか大丈夫ですか?」
「問題ない。暇を持て余してるからね」
「恋人さんとかはおられないんですか?」
「あいにく、この顔だからね」
「? はぁ」
え? 顔? ……恐い顔だからってこと? うーん。確かに目つきはかなり悪いし、頬にキズもあって何人か余裕で殺してそうな香りしてるけど。でもいい人だし、普通にいそうだけど。
まあ、ふられたとこかも知れないし、突っ込むのはやめておこう。
「と、ところで、いや、こんなことをうら若きお嬢さんに聞いてもいいのかわかりませんが」
「え、なんですか?」
「ユウコさんこそ、恋人は?」
「いませんよー。私はほら、妹と暮らすので手一杯ですから」
日本にいつか帰るのにつくってもねぇ。というかそもそも、私全くモテないしね。こっちでは問題ないけど、向こうではデカ女扱いだったし。
「そ、そうですか。いやはや、世の男どもは見る目がありませんなぁ」
「全くですねぇ。あと、敬語になってますよ」
「おっと、すみ、すまない」
たまに隊長さんは敬語になる。私の方が圧倒的に年下だし使われると恐縮するし、本人も使いたくて使ってるわけじゃないみたいだからなおさら変な感じだ。いいとこの出なのかしら。
世界観的にあり得るからわくわくするわぁ。
「あ、そうそう。ついでに何か食べたいものがあればどうぞ、遠慮なく注文なさってください」
「いえ、そんな、お茶だけでも申し訳ないよ。当然のことをしたまでだからね」
「カッコイいですねぇ。でも財布にはかなり入ってましたから、それがなくなることを考えたらどんどん奢りたいくらいですよ」
「ううーん、じゃあこうしよう。私が食べた分はユウコさんが、ユウコさんが食べた分は私が払おう」
「うーん、わかりました」
それならまぁ、私が頼まなければいい話だし、いいか。
「じゃあ私はホットサンドを。ユウコさんは?」
「えーー…考え中なので保留で」
「ユウコさんが頼まないなら、私も頼まないよ」
「えー、それじゃあ意味がないじゃないですか」
「いいから。ユウコさんとこうして向かい合ってお茶を飲んでるだけで、私にとっては十分なご褒美だよ」
口がうまいなぁ。そこまで言われたら無理におごる方が失礼だ。確かにお仕事の一環であり、年下におごられるのも嫌って人もいるだろうし、諦めるか。
「ありがとうございます。じゃあ、パンケーキにします」
注文をすると、10分ほどで運ばれてきた。蜜がかかっていて美味しそうだ。
「いただきます」
「!? ユウコさん!?」
「え? な、なんですか?」
「いや、ユウコさんは、サザン地方出身だったのか」
「え?」
「え? いや、今いただきますと。この挨拶はサザン地方独特のものだから」
「あー……」
なるほど。それでびっくりしたのか。私にとってはいつも通りの言葉も、人によって聞こえる言葉が違う。一部の人しか使わない言葉を使ってる人が聞けばその言葉になる。
や、ややこしいなぁ。というか、どう説明すればごまかせるかな? 別に嘘つく必要もないけど、異世界って説明するの面倒だし、ややこしいことになりそうだ。
「えーっと、私の母が使ってた言葉なんですよ。母がサザン地方出身とは知りませんでしたね」
「そうか……親御さんは、いないのか?」
「はい」
この世界にはいない、ということで。シューちゃんはいないし、シューちゃんと姉妹設定だからいいよね。
だからそんな申し訳ない顔しないでください。罪悪感が…。
「今度、暇があったらで、いいんだが……一緒にサザンへ行こうか? 嫌ならもちろんいいんだが、私の親は顔がひろいし、ユウコさんの親御さんの実家とか、見つけられるかも知れないから」
「ありがとうございます。でも、その、母の母の母が出身とかかも知れませんし、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そうか……出過ぎた真似をしてすまない」
「いえいえ! お気持ちは本当にありがたいです。本当に。隊長さんは優しい人ですよね。騎士の鑑って感じで。尊敬します。あ、ちなみに騎士様って普段どんなことされてるんですか?」
「あ、ああ。普段はー」
強引に話題を転換し、何とか話をそらした。ふー、危なかった。
○




