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 夕日がゆっくりと沈んでいく。赤く赤く、とろけるような赤い太陽は元の世界と同じだ。

 太陽が沈んでいく。海を赤く染めて、雲や空は赤から紫、青へグラデーションを描いていて、段々と黒の濃度を増していく。


「はぁ」


 ため息がでるほど、綺麗だ。この世界は自然がたくさん残ってて、雪山の青い影や、雪に沈む太陽や赤く染まる雪も美しかった。夜空だって信じられないくらい澄んでいて、星ばっかり、まるで掴めそうなくらいで、綺麗すぎて嘘みたいなくらいだ。


「……」


 じっと見ていると太陽はついに見えなくなった。余韻のように赤い空はゆっくりと波がひいていくように暗い夜空へと変化していく。

 世界が夜に変わる。風は冷たくなり、穏やかで暖かい世界ががらりと顔を変える。昼と変わらないはずの水をかき分けて船が進む音も、どこか冷たく感じられる。

 遠くで、キィィィと高く妙な鳴き声が響く。化け物の叫び声だろう。魔物と呼ばれる化け物の大半が夜行性らしい。力が弱くてただの動物と変わらないか、逆にすごく力が強い魔物以外は魔力が高まる夜にしか行動しないらしい。


「ユウコ、まだここにいたの? 暗いし、危ないよ」

「大丈夫よ」

「大丈夫じゃないよ。この辺りはクラーケンも出るって言うし」

「でも、シューちゃんが助けてくれるんでしょ?」

「……うん」


 というか真面目に、シューちゃんの魔法あれば大丈夫でしょ。シューちゃんの魔法はかなり凄いみたいだし。私の中ではシューちゃんが基準なのでいまいちぴんとこないけど。

 魔物の見た目がキモイのはよく知ってるけど、シューちゃんがあっさりとやっつけてしまうから、脅威とまで感じていないのが問題だろう。ちょっとは警戒した方がいいのはわかってるけどね。つい日本人的感覚で。


「シューちゃんって強いけど、あっちってそんなに魔物でないよね。みんなシューちゃんくらい鍛えてるの?」

「多分、そうかな」

「へー」


 異世界の人はやっぱり強いんだなぁ。私もちょっとは魔法を戦闘用に使えるよう訓練した方がいいのかな。


「必要ない」


 と、思って残りの船旅の間だけでもと教えを請うたけどばっさり断られた。


「えっと、まぁ確かに基本馬車移動で二人じゃないし、シューちゃん強いから必要ないけど、でももしもってあるじゃない?」

「私が守るから、必要ない」


 あー、うん。そうだけどね。そう思ってたしさっきそう言ったけど、でもよく考えたらシューちゃんに私を付きっきりで守らすのも酷い話だ。単に生活魔法以外を使ってみたいわけじゃないよ、マジで。


「えーっ、ねぇ、って、えっ!?」


 さて、どう、説得しようか、と頭をかいた瞬間、勢いよく船が傾き、物凄い水音をたてながら大きな影が船の横に顔をだす。


「ユウコ!」


 転びかける私にシューちゃんが抱き留めてくれた。ほっとするまもなく、シューちゃんは私の手を掴んで船の縁を掴ませた。


「ユウコ、跳ねる魔法の紙だして」

「う、うん」


 慌てて手帳を開いて渡すとシューちゃんはそこに何かを書き足し、私に押しつけるように渡す。


「体全体への身体能力向上に書き換えたから、これ使って、船に捕まってて。危ないから絶対動かないでここにいて」

「わかった」


 真剣なシューちゃんに私は魔法陣を握りしめて発動させながら頷く。それを確認してからシューちゃんは、魔法を発動させながら走り出した。


 船を傾けさせた大きな影、クラーケン。イメージそのままの大きなイカの魔物だ。こいつに関しては見た目は大きな第三の目があるくらいで、そう変な見た目ではない。

 でも暗闇の中ぎらぎら光る目も、船に乗り上げてる太くて厚い二本の触手も、生理的に嫌悪してしまう。恐怖と混じって、何とも言えずに私はシューちゃんの背中を見つめる。


 さっきの衝撃からすぐに船員さんたちが出てきてる。灯りをともし、クラーケンを照らし、武器を構えている。

 剣は私も持っている。だけど抜いたこともないただのお飾り。クラーケンに剣がふるわれ、だけど逆に勢いよく鞭のようにしなる触手に振り払われ、剣も人も転がし飛ばされる。

 クラーケンは船旅において最も危険な魔物らしい。その危険さは常に港で人々が噂していたけど、こうして見ると恐ろしさで、震えそうだ。


 キィィィ!


 甲高い声をあげながらばきばきと船の手すりが折られ、穴が空いていく。

 シューちゃんがいるから大丈夫と楽観的に考えていた私に、初めて死ぬのかも知れないと危機感が芽生える。シューちゃんを向かわせて大丈夫だったのか。

 今からでも呼び戻すべきか。だけど呼び戻しても、船が沈んだらどうしようもない。私は唇を噛みしめる。今更に無力を実感する。


「はあっ」


シューちゃんが剣を抜き、魔法で穴を塞ぎながら剣を、あれ、剣が消え


 ビヒィィィ!!


 クラーケンがさっきよりさらに不快になる気持ちの悪い声をあげる。え? なに? 今誰かした?


 混乱しながらシューちゃんを見る。何故だか苦しみながら触手を振り回すクラーケンにシューちゃんはさらに近寄る。


 たまたま振り回される触手の一本がシューちゃんに向かう。危ない、と声を出す前に、見えない壁にぶつかったかのようにクラーケンの触手がとまる。

 シューちゃんはそっとその触手に自分からふれた。クラーケンがまた妙な声をあげてから、シューちゃんの手にはまた剣が握られていた。


 クラーケンは完全に動きをとめていた。何が起きてるのか全くわからない。


「クラーケンは死にました! 解体するなり好きにしてください!」


 シューちゃんが声をあげたので慌てて近寄る。


「シューちゃん! 大丈夫!?」

「ユウコ、動いちゃダメって言ったのに」

「え、いやいや。もう死んだんでしょ?」

「そうだけど……万が一ってあるから」


 心配性なシューちゃんをなだめつつ、クラーケンに船員さんたちがむらがったので少し離れる。


「シューちゃん、大丈夫だった? というかなにしたの?」

「剣を移動させた。クラーケンの頭の中に」

「えっ」


 あ、頭? えっと、脳みその中ってことだね? ……え、なにそれ怖い。


「えっと、剣が戻ってきてたのは? 殆どの魔法って触ってないと効果がでないんだよね?」

「クラーケンに触っていれば、中の剣にも触ってることになる」


 ほう。つまり、クラーケンに触れることで体のあちこちに直接剣を埋め込んで、攻撃したと。


「ち、ちなみに無機物同士だと合体するけど……生き物の中に入ると?」

「よくわからないけど、脳みその位置がずれたりしたら平気ではないし、抜いても完全に元通りにはならないからダメージを与えられる」

「こわっ、ちょーこわっ!」


 さらっと言ってるけど、要するに認識できる範囲にいる生き物相手には、埋め込むものさえ持ってれば脳みそに風穴あけられる! 即死魔法! ほぼ無敵! 移動魔法チートすぎる!

 生き物は移動させられないし、触れないと意味ないって聞いてたから、普通に便利レベルに思ってたけど、戦闘に使えすぎ!


「シューちゃんほんっとに強かったんだねぇ」


クラーケンほぼ瞬殺だし。ていうか普通に向かっていける度胸もすごい。私とかめちゃくちゃびびってたし。


「……私のこと、怖い?」

「え、いや、シューちゃんのことは怖くないわよ。脳みそに穴あくのは怖いけど」

「……私のことは、大丈夫?」

「シューちゃんのことは好きよ。でも移動魔法って悪い人が習得したらやばいんじゃ……」


 あ、でもそれは他の魔法もか。うーん。やっぱり私も体鍛えよう。今後なにがあるかわからない。シューちゃんは強いけど、やっぱり私が年上だし、いざって時はちゃんと守ってあげなきゃ。


「シューちゃん、やっぱりいざと言うときのために鍛えようと思うんだけど、協力してくれない?」

「……わかった」

「ありがとう」


よし、頑張ろう。今度はシューちゃんをひとりで戦わせずにすむように、せめて足手まといにならない程度には強くならなきゃ。











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