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「結花奈っ」
結花奈と手が離れてしまい、落ちる感覚に死を意識した瞬間、ぼすっ、とどこかに落ちた。冷たくて飛び上がるように立ち上がる。
びゅうびゅうと1メートル先も見えないほど雪が吹雪いている。埋まりかけた穴から離れる。
な、なに? テレポーテーション? ていうか、え、どこここ?
混乱する頭を落ち着かせようと、とにかく肩にかけていたため離さずにすんだ買い物鞄と学生鞄を抱きしめる。
ガチガチと恐ろしいくらい歯がなる。寒すぎる。考える力がでてこない。ガチでさっきの比ではなく死ぬ。
辺りを見回すと小さな灯りが見えて、慌てて近寄ると10メートルもしないところに塔のような建物があった。ドアを叩く。
「すみません! すみません! どなたがいませんか!?」
寒さのせいでやや呂律がまわらなかったけど、なんとか声がでた。
「…はい」
ドアが少し開いた。私より少しだけ背の低い少女だ。
「すみません。道に迷ってしまって。雪が止むまで入れてくれませんか? お願いします!」
「……どうぞ」
「ありがとうございます!」
よかった。
建物に入ると暖かくて、ほっと息がもれる。あああぁぁ、さーむかったーーー。
「ありがとうございます! 助かりました!」
とりあえず暖炉の前を陣取りながらお礼を言う。
「……いえ、別に」
はぁ、生き返る。時間的には芯まで冷えたほどではないけど、ほんと寒かった。零度ないわね。
ちょっと落ち着いたので立ち上がり、改めてお礼を言う。
「本当にありがとう。ちょっと色々あって。あ、私、竹中優子です。あなたは?」
年下だろう。顔は大人っぽいけど、外人さんだから案外中学生くらいかな。白い肌と綺麗な金髪のショートカットで、すごく可愛い。目も金だ。とりあえず敬語はやめておく。
「……シュシリング・アイドバリル・オードルーバス」
「しゅ、え、な、長い名前ね。えっと、ところで変なこと聞くけど、ここってどこ? 国名から教えてほしいな」
雪すごいし、もしかしてロシアとか? 全然現実味ないし信じられないけど、神隠しとかってやつ? 私不法侵入? ていうか結花奈大丈夫かな? 結花奈、すごい心配だけどさすがにこの雪の中探しには行けないし。なんとか私みたいに民家見つけてね!
「……ここは、ドバイブ国、北部リリス領、だけど」
「……ごめん。わかんない。ロシアあたりであってる?」
「ロシア、って?」
「え……」
え、ロシア知らないとかどういうこと? 普通に世界地図見たら目立つし、名前くらい………あ、あれ? ていうかなんで日本語通じてるの?
「あの…日本語お上手ですね?」
「? 私はドバイブ語を話してる、けど」
「……」
え、なにこれ。どういうこと?
○
毎日変わらない日々が流れている。今日生きていた。明日、目がさめるかわからない。そんな私をここに置いて食料を運んでくれてるだけで、感謝してる。だから積極的に死ぬ気はないし、追い出されるか死ぬまでここで変わらない毎日を送る。
それが当たり前だと思っていた。
外で少し、魔力の揺らぎを感じた。近いから少し驚いた。ここは魔力壁で塞がっているから、なにもなければ揺らぐわけがない。
もしかして、ついに私を置いておけなくなって、殺しにきたのだろうか? それでもいい。おじ様はいい人だ。だから仕方ない。生きていてもなにもない。おじ様がもう死んでいいというなら、抵抗せずに死のう。
少し待つと、どんどんと激しくドアがノックされて少し驚く。
そんなに焦らなくても、私は逃げないのに。
「はい」
そこにいたのは、見知らぬ女性だった。道に迷ったという。意味がわからない。ここはオールドルーバス家の敷地内だ。迷って入ってこれるものではない。
なるほど、理解した。つまり彼女は暗殺者だ。私を油断させようと言うのだろう。招き入れると暖炉にあたりだした。
凄く自然で、騙されてしまいそうな演技だ。
「私、竹中優子です。あなたは?」
名前を聞かれた。どこまで演技をするんだ。私の名前を言っても特に反応もないし、逆に迷子だなんて信憑性がないと思わないのか。これで騙せると思われているのは、さすがに少し、心外だ。
「……あの、この惑星って、地球ですよね?」
「?」
もしかして、演技では、ない?
彼女の話を聞いてみると、どうも違う世界からきたらしい。そう言えばさっきの揺らぎ。物語でしか聞かない異世界召喚だが、実話を元にしているそうだし、魔王が復活しているのでどこかが召喚したとしてもおかしくはない。
なるほど、そうか。理解した。雪がやんだら、おじ様のところへやろう。夜にはやむだろうし、それまでなら置いても問題ない。
「じゃあ、状況的には結花奈が召喚されて、私がおまけでついてきて落ちたってこと?」
「うん。言葉も通じているのはその影響だと思う。そのユカナって子は、多分召喚者の元にいるだろうし、しばらく心配はないと思う」
「ふむふむ。なるほど……はぁぁ、よかったぁ、ありがとう、シューちゃん」
「……」
シューちゃんとか、いや、確かに彼女は私のことを何も知らないわけで、だから私を普通の少女として扱ってもおかしくない。おかしなことではない。
「とりあえず、雪がやむまでいるといいよ」
「ごめんね。ほんと、ありがとう。あ、今何時?」
「夜の七時」
「じゃあとりあえず、一宿一飯のお詫びにご飯つくるね。腐らせても困るし。台所かりていい?」
「…好きにして」
泊まるのはおじ様のところになるだろうけど、腐るということは生物だろう。雪の中にいれておけば腐る心配はないが、本人の好きなようにさせてやろう。
ユウコは持っていた荷物を取り出し、台所にたった。一応台所はある。おじ様が当時の最新のものをいれてくれているから、魔法のない世界からきたという彼女でも使えるだろう。
「えーっ、これは、こう、かな。よし」
魔法がなくても似たような装置でもあるのか、難なく火をつけている。問題ないだろうが、なんとなく物珍しくて座ってその後ろ姿をみる。
ああ、何故だろう。そんな記憶なんてないはずなのに。台所なんてここにくる前に入ったこと何てないはずなのに、どうしてこんなに、懐かしい気がするんだろう。
感傷的になっている。わかっている。ただ私があまりに人恋しくて、彼女が私を知らずに普通に接してくれるから、こんな風に思うだけだ。
ユウコは鼻歌を歌いながら料理をしている。不思議なことに、鼻歌は全く何語かわからない。翻訳の基準はなんだろうか。
それにしても、すごくいい匂いだ。暖かい料理なんて、何年ぶりだろう。面倒がらずに暖め直せばいいけれど、どうしても億劫でしなかった。
「ま、こんなもんかな。お待たせしました!」
一時間ほどでできあがった。かなり手際がいいのではないだろうか。
「いただきます」
「いただきます」
食べる前のお祈りも同じ言葉に聞こえたが、ユウコの口の動きが凄く短いので、やはり違う言葉を言っているようだ。
「っ……美味しい」
「ほんと? ありがと、って、ええ? しゅ、シューちゃん!?」
「なに?」
机に向かい合わせに席についていたユウコは立ち上がり、私の隣まできてしゃがみこみ、顔をのぞき込んでくる。
その無防備な動きにどきりとする。こんなにも自然に、当たり前に近づかれるなんて、ここにきてから初めてだ。
「いやなにっていうか、え? 熱かった?」
「大丈夫だよ」
「えぇ…じゃあなんで、泣いてるの?」
ユウコの手が、私に触れる。思わず震えた。頬を拭われ、涙を流しているのに気づいた。大丈夫だと言うかのように、頭を撫でられた。
「大丈夫、大丈夫よ」
意味もわからないだろう。それでも、私を抱きしめるユウコは温かくて、柔らかで、満たされる。
どうしようもなく自覚する。私は寂しかった。初対面の特別なことなどなにもない相手だ。こんな風に思うのはおかしい。それでも感じてしまうのは仕方ない。こんなにも嬉しいと、幸せだと感じてしまう。
離れなければいけないのに。今夜には彼女をおじ様のところへやって、二度と会わないはずなのに。離れたくなくなってしまう。
何も知らないだけだとわかってる。騙してるだけだとわかってる。それでも、このままでいたい。彼女をここに置いておきたいと思ってしまう。
涙のとまった私に、ユウコは微笑んだ。
「そんなに美味しかった? 嬉しいな」
「……うん。美味しかった」
すごく、美味しかった。だから涙がでた。それだけ。それだけでいい。彼女を騙してここに残すことはできるかも知れないけど、それはいけないことだ。
「ねぇ、シューちゃん、こんな時に聞くのはずるいけど、いいかな?」
「なに?」
「そんなに美味しいと思ってくれたなら、料理をするかわりに、しばらくここに置いてもらえないかな?」
「え……」
「常識について教えてほしい。結花奈のことも調べたいし。もちろん落ち着いたらアルバイトをしてお金はいれるわ。お願い、私を助けて」
それは、ダメだ。だって、そもそも、異世界召喚の連れと言うだけで、本来優遇されてしかるべきだ。こちらの世界の勝手でよんで、彼女が言うくらいのことは援助されて当然だ。
だから私が助ける必要なんてない。私ではダメだ。私は彼女を殺したくない。
「……好きに、して」
ダメなのに。私は、何を言ってるんだ。いや、いや、大丈夫。大丈夫だ。最近は発作も落ち着いている。今日明日にどうこうならない。
ほんのしばらく、数日だけ、彼女に常識を教えるくらいなら、構わないはずだ。だって私が発見者なのだから。そのくらいは、義務のはずだ。
「ありがとう、シューちゃん。恩に着るわ」
ユウコはそう言って、また私を抱きしめた。
○