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シューちゃんのご飯はおいしかった。当然だ。私がシューちゃんの初めての料理から見守ってきた。
シューちゃんは持ち前の生真面目さで料理にも手を抜かない。いつだって一生懸命で、だから今ではもうどんな料理だって美味しくつくれる。
それになにより、シューちゃんが作ってくれているのだ。姉である私の舌には美味しい以外に感じるはずがない。
「御馳走様。とっても美味しかったわ」
「うん……お粗末様でした」
シューちゃんは微笑んだ。
それを見て私はやっぱり思ってしまう。シーコさんを笑えないけど、うん、シューちゃんはやっぱり、世界一可愛い。贔屓目入ってるけどね。
「ねぇ、ユウコ……抱きしめてもいい?」
「もちろん」
片づけ終わってから、絨毯の上に座るとシューちゃんは遠慮がちに甘えてきた。
頷くとシューちゃんははにかむように微笑んで、私に抱きついてきた。頬をすり寄せて、その流れで頬にキスをする。
「あ、キスした?」
「うん。した」
「えへへ。私もする」
頬にキスしてもらう。私もどさくさ紛れじゃなくて、改めてシューちゃんの頬にキスする。
「シューちゃん、好きよ。大好き」
「私も、大好きだよ」
「もー、シューちゃんだーいすき」
「私もー」
ぎゅーっと抱きしめあう。溢れそうな気持ちを好きだという言葉にして吐き出す。
結花奈とシーコさんが呆れたように2人でこそこそ話しているのは聞こえないから見えないことにする。
「大好き大好き、愛してる。シューちゃん大好き」
「うん、うん。私も大好き。愛してる。大大大、大好きっ」
「私なんか大大大大、だーいすきっ」
「えー、じゃあ、私大大大大大大、大好きっ」
「じゃあ私は、大大大大……あれ、ごめん、さっき何回言った?」
「何回でもいいよ」
「じゃあ、一億万回大好き!」
「私は超絶大好き」
「おっと、数を超越したわね」
「超越したー、もう、天まで超えたよ」
あー、シューちゃんほんとに、好きだなぁ。シューちゃんのこと大好きで、信じている。それでも不安になるのはなんでだろう。
私がいなくなっても、毎日ご飯を食べるだろうか。ちゃんと料理するだろうか。悪い人に騙されないだろうか。ちゃんと働けるだろうか。嫌なことがあって泣きふせったりしないだろうか。毎日笑えるだろうか。誰か大切な人をつくれるだろうか。
シューちゃんはもう、なんでもできる。私よりずっとしっかりしてると思う時だってある。シーコさんだっている。
だから大丈夫だ。そう思うのに、どうしても心配する気持ちがなくならない。シューちゃんを置いて帰ることが不安で、帰りたくなくなる。
………そう、思うだけだ。あくまで願望。実際にそうする訳にはいかない。大丈夫。私はちゃんと帰る。
大丈夫だ。私たちだけが特別なんじゃない。誰もが経験するお別れだ。大人になって、お互いに思いながら、幸せを祈りながら、それぞれの道を歩く。
それは家族なら、当たり前に訪れる別離なんだ。だからどんなに心配でも、どんなに不安でも、大丈夫なんだ。
「シューちゃん、ほんとに大好きだからね。あなたのことを思っている姉がいたこと、忘れないでね」
「もちろん、忘れないよ」
「私はこれから、シューちゃんのそばにいられないし、お話できないし、助けてあげられない。それでも、シューちゃんのこと大好きで、シューちゃんの幸せをいつも願ってる。それだけは本当だから。私の顔を忘れても、シューちゃんは愛されてるんだってことは、忘れないでね」
「ユウコの顔だって、忘れないよ」
「ありがとう」
これからのシューちゃんの人生も、全てが全て順風満帆とはいかないだろう。辛いことも悲しいこともあるだろう。
私は何もしてあげられない。だけどせめて、私という、シューちゃんを愛した存在がいたことだけは覚えていてほしい。自分のことを思ってくれる人がいるということだけでも、少しでも、シューちゃんの支えになればいい。
本当はシーコさんに、シューちゃんをずっとよろしくとお願いしたい。だけど未来がどうなるかわからない。もしかしたらどちらかが嫌いになるかも知れない。そうなった時に私のお願いで縛るわけにはいかない。
私にできることは、本当に大好きで、幸せでいてほしいと思っていることを伝えるだけだ。
「私こそ、ありがとう。愛してくれて、家族にしてくれて、ありがとう」
「お礼を言われることじゃないわ。シューちゃんがシューちゃんだから好きになって、愛しくなって、自然と家族になれただけよ」
シューちゃんの境遇に同情したとか、だから家族にとか、そういう気持ちが全くなかったかと言えば嘘だろう。だけど、そう思って、そうして今心から家族だと思えているのは、シューちゃんがシューちゃんだからだ。
シューちゃんがいいこで、可愛くて、自然と大好きになれるような子で、シューちゃん自身が私を受け入れてくれたから、私たちは家族のようになれた。
「うん……それでも、ありがとう。出会ってくれて、ありがとう」
「ふふ、出会えなかったら私、あのまま雪の中死んでたかもね」
「そんなことは……うーん」
もし塔から離れたり、最悪もっと山奥だったりしたら、間違いなく1日ともたない。シューちゃんとの出会いも含め、本当に幸運だった。
「シューちゃん、幸せになってね」
「うん。なるよ。ユウコに胸を張れるように、一生懸命、幸せになるよ」
「うん。でも、頑張りすぎないで。辛いときは辛いって泣いてもいいわ。人生を総合して幸せになればいいの。泣いた数より笑えたなら、それでいいの」
無理に笑ってもらってもしかたない。私はただ、馬鹿みたいに繰り返すけど、幸せになってほしい。本当にそれだけで満足だ。シューちゃんが幸せなら、私がこの世界に来た意味はあっただろう。
「そんなの、簡単だよ」
「あら、そう?」
「うん、だって、ユウコのこと思い出したら、絶対笑えるもん」
ああ、もう、そんなことを言って。
「……それ、なんだか私が笑い物みたいにも聞こえるわね」
冗談を交えないと、限界を迎えて話せなくなりそうで、私は声が震えるのを無視して話を続けた。
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