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ふいに目が覚めた。
それは寒さか、または私の体が無意識に求めて敏感になっているのかわからない。だけど私はユウコがベッドから出た瞬間、目が覚めた。
ゆらめいて離れていく裾を掴んだ。
「ユウ、コ?」
「ん? あ、ごめんなさい、シューちゃん。おこしちゃった?」
「んん……ううん」
起き上がる。ユウコは私の髪をとかすようにそっと頭を撫でてきた。意識していないのに裾をにぎる力がぎゅっと強くなった。
「私はちょっとトイレで目が覚めたんだけど、どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
「………うん」
頷いてたから、恥ずかしさで体が熱くなった。何を言ってるんだろう、私は。
ユウコはただトイレに行くだけだ。すぐに戻ってくる。なのに寂しいなんて引き止めるなんて、子供にもほどがある。こんな風に掴まれて、ユウコも迷惑だ。
「そっか、じゃあ、一緒にいこうか」
「え」
なのにユウコはイヤな顔一つせずに、服を掴む私の手を握った。引かれるまま私は服から手を離し、ユウコと手を繋ぐ。
「え、と、トイレなんだよね?」
「ええそうよ。ちょっと臭くて狭いけど、シューちゃんが離れるのが嫌なら一緒に行きましょう」
「う、うん」
いや、いや。それは、おかしいんじゃないか。お風呂一緒に行くみたいなノリで言っているけど、全然違うことだ。
ユウコに引かれるままベットから出る。目も慣れているので暗いままでも歩くのに問題はない。
そのままユウコは、本当にトイレに入った。
「あ、ごめんなさい。ドア閉まるけど、閉めたら本当に狭いわね。やっぱり外で待っててもらえる?」
「うん」
ユウコの突拍子もない発言で、さっきまで胸にあった不安感はなくなったので、普通にトイレ入ってもらっても大丈夫だ。
「じゃあ、ドアあけておくから、そこで待っててね」
「え、う、うん」
え、うーーん。まあ、いいんだけど。ユウコって前も野外で全裸になったりしてたし、脱いでも全然恥ずかしくないのかな。
さすがにそのまま見ていると気まずいので、ユウコがズボンを下ろしたところでその場で回れ右をする。
「あら、ありがと」
ユウコは気にした風もないけど、気を使ったのはわかってるらしくお礼を言った。その後水音がして、何故か物凄く私が気まずかった。
「さ、もう一回寝ましょうか」
「うん」
水を流して手を洗ったユウコとまた手を繋ぎ、もう一度ベットに入って手は離さないまま眠った。
ユウコの変なところを久しぶりに見たので、ちょっと嬉しかった。
○
「んん」
朝、眩しさに目が覚めて目を擦ろうとするも手が動かない。
もしかして金縛り!? と慌てて無理やり片目を開けるとシューちゃんに両手とも握られていた。
「ああ…」
そう言えば昨日、と言うか今日目が覚めてトイレに行くときにシューちゃんも起こしたんだっけ。
それで手を繋いだんだ。そうそう。トイレも一緒にいって。でもシューちゃんが言ったからおしゃべりでもしながらかと思ってドアをあけておいたのに、背中向けられたのよね。
トイレ姿を見ないようにという気遣いだろうからとっさにお礼を言ったけど。結局シューちゃんは何も言わなかったし。なんだったのかしら。まあ、ドアを開けた開放的なトイレも悪くなかったし、別にいいか。
「シューちゃん起きてー、朝よー」
「う、うん。うん。起きた、起きたよ。起きたよ」
「はいはい」
シューちゃんを起こして、朝ご飯は食べずに出発。残り少ない日数、可能な限り食べ歩きをすることに決めている。
「さぁ、今日は何食べたい?」
「うーん……ジャガイモが食べたいな」
「おっ、いいわねぇ。じゃあ、久しぶりに地元に行っちゃう?」
「うん」
シューちゃん家のある地元に飛んで朝ご飯を済ませてから、さてどこに行こうかと話し合う。
「うーん、もうあらかた回ったよね」
「そうねぇ……あ、ここは?」
「え、魔物大陸?」
「そうそう」
「えぇ、あ、危なくないかな?」
「でももう魔物いないじゃない」
なのに当たり前みたいに魔物大陸に行く発想がなかった。一回くらい行っておこう。
と言うか、みんなそうよね。世界中の人誰も、向こうに行くという話をきかない。人口過多でもないし、百年ごとにいられなくなるんだから街をつくれないし、当たり前と言えば当たり前か。
だがしかし、そうなると俄然興味が沸いてきた。さっそく結花奈を呼んでみましょう。
「そうだけど、うーん、別に何にもないんじゃない?」
「ないならないでいいじゃない。どうしたの? 何か問題があるの?」
シューちゃんは嫌に消極的だ。いつもはどこでもいいって感じなのに。
「ないけど、でもなんとなく。やっぱり嫌なイメージがあるし」
「ふむ。よし、じゃあ行きましょう」
「うん。言うと思ったよ。わかったわかった。ユカナも呼ぼうね」
「わかってるわよ」
と言うわけでユカナを召還した。というか寝ていたので無理やり来てもらって起こした。そんなに遠い場所じゃなくて時差も二時間くらいなので睡眠は十分なはずだ。
起きた結花奈に説明すると、欠伸を一つしてから勢いよく立ち上がる。
「しょーがねーなー。んじゃ、いっちょ魔王退治行程ツアーと行きますか」
てなわけでやる気になってくれたので結花奈と一緒に魔物大陸と呼ばれた南大陸へ転移した。
「恐いくらい、何もいないわね」
「そうだね。普通の動物もいないみたいだね」
「私の旅の時は魔物いたし、気にしなかったけど……こうも静かになるとはね」
南大陸には本当に何もなかった。何もいなかった。
植物を除き、少なくとも目に見える生物がいなかった。
とりあえず魔王城は見に行ったけど、静かすぎて世界に私たちしかいないみたいで、恐くなった。なのですぐに引き上げて終わった。
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