16 旅立つ結花奈
試合用の銅剣を鞘から勢いよく抜き、鞘を投げ捨て構える。
銅剣が空気を切り裂く風切り音、それに金属の塊独特の濁ったものが混じり、どこか重々しい音にさせる。
切れないように潰してあるとは言え、金属なのだ。全力で人へ振り下ろせば、容易に致命傷を負わせられる。
それを人に向けるのも、向けられるのも、背筋が冷える。ぞくりと無意識にでる身震いは、だけど武者震いだ。散々私をぶちのめしたいけ好かないイケメン野郎。
「へい、隊長さんよ、私にやられて恥をさらす覚悟はできたのか?」
人を傷つけることへの抵抗も、傷つけられる恐怖もとっくに克服してる。そもそも私はやられたらやり返すタイプなのだ。やられて萎縮するタイプではない。
目の前に対峙するイケメンは、この国の軍隊の中で最も強い。散々やられた。骨をおられた回数なんて数えられないし、私のような美少女に向かって情け容赦ないくそ野郎だ。
「何時になっても口の減らないやつだな」
「当たり前なこと言うな。減ったらなくなっちゃうだろ」
そいつと1対1の戦い。これは卒業試験だという。笑わせるいつ私が入学したのか。こいつに勝てば勇者として一人前だとか、そんなのはどうでもいい。
でもこいつと1対1で戦えるなら望むところだ。普段は対複数だからやられてるけど、1対1なら私が上のはずだ。魔法も剣も、十二分に頑張った。私は勇者として呼ばれるくらい才能があるんだ。
負けてやるか。負けてたまるか。こんな、何も知らないくせに、優姉を馬鹿にしたやつになんか、負けてたまるか!
試合開始の鐘がならされると同時に、私は足に力を込めて魔法を展開させ、低い位置からハンサム野郎に突っ込む。
「はっ」
真っ直ぐに突くように持っていた剣先は当然のように反応され、弾かれる。だけどそんなのこっちだって予想内だ。
私は弾かれる勢いのまま剣を手放し、魔法で拳に力をこめ、殴りかかる。
「甘いっ」
半身をねじってかわし、ハンサム野郎は私に容赦なく剣を振り下ろしてくるが、かかったな馬鹿めが!
「死ねー!」
私はヤケクソのように拳を剣に向けながら、放り投げた剣を引き寄せてる。位置的にハンサム野郎に背後から思い切り刃が刺さるようになっている。
「がっ、くっ」
ハンサム野郎はどんな目をしてるのかこれもかわしやがる! くそ、振り向きもしない。
それでも一瞬剣がとまった隙を見逃す私ではない。距離も近いままだ。私は思い切り力をこめて、ハンサム野郎の足首へ手刀をいれる。足を切り落とす勢いでやったけど、かわされた。
でも片足でやれると思うなよ。私はさらに殴りかかり、さっき操った剣で今度こそ頭を殴りつけた。
「がっ!?」
ハンサム野郎はさすがに膝をつく。私はすかさずハンサム野郎の剣を奪い取り、首にそえる。
「見たか。これが私の実力だ、ハンサムくそ野郎!!」
「くっ、せ、成長したな。最初は俺を見るだけで怖がっていたのに、よく頑張ったな」
「うるさいわ! ハゲろ!」
師匠面するんじゃない!
○
「ユカナ、本当に旅立つのですね」
悲しそうに瞳を伏せてお姫様が言う。いや、お前のお父様のせいだからね、とは言わないけど。フォローするほど私の心は広くない。
「うん。そうみたいだね」
「そんな他人事みたいに……ユカナはいつもそうなんだから」
何がわかると反発する気持ちと、わかってくれてると嬉しく思う気持ちが混ざって、どんな顔をしているのか自分でもわからない。
お姫様のことは結局嫌えなかった。たとえ私を操る媒体として扱われていても、本人にその自覚がなくて善意ですらあった。
それを嫌えるほど、私は嫌な奴にはなりきれなかった。
だからこそ、最後の別れになるかも知れない今、この言葉が相応しい。
「元気でね。バイバイ、アリアベル」
「ユカナ……うぅっ、うわーん! 絶対、絶対死んじゃ嫌ですからね!」
抱きついてくるお姫さまことアリアベル。抱き留めてあげて、泣きやむまであやしてあげる。
全く、仕方ない。こんなにも普通に、勇者じゃなくて結花奈として慕われてしまったら、気を許しても仕方ない。仕方ない。世界を救ってあげよう。
それから優姉を探そう。ちょっと遅くなるかも知れないけど、許してね優姉。
○
お姫様はともかく、この国のやつらはだいたい嫌いだ。師匠面してめちゃくちゃにしてくるやつらもだし、王様や大臣も大嫌いだ。にやけ面して、じろじろ見てくるし、利用してやろうという感じがプンプンする。
だいたい魔王を倒すのはまだいい。そのくらいなら仕方ないし、やらないでもない。でもその後まで利用されるのはごめんだ。優姉を探しに行きたい。でも優姉をこいつらとあわせたくない。
「こやつらを、お前につけよう」
「あ、そう言うのはいいです」
なので独りで行こうとしたけど怒られた。くっそ。でもハンサムくそ野郎と根暗嫌み魔法野郎とかは絶対嫌だ。
仕方ないので妥協して、より性格も強さも悪いけど、小物臭がして簡単に潰せようなお供をふたりつけることにした。
武力と魔法のそれぞれの分野で10番目くらいの実力。といっても、トップが抜きん出すぎてるから、10番も2番もそんな変わらない。ま、トップが段違いすぎるだけだろうけど。
トップがいないと国も困るとかなんとか言ってなんとか説得した。
用意してなかった2人をせかし、なんとか定刻通り出発だ。それにしても、二度目だけどパレード慣れないなぁ。
「お、おいっ、お前、なんで俺様を指名したんだよっ!」
「お前?」
「ひっ、おおおっ、お前様!」
馬車で国を出た途端、ネズミ顔の魔法使いが気持ち悪い子みたいに甲高い声で聞いてきた。てゆーかなんでお前ごときにお前呼ばわりされなきゃならんの? ん? 腕の骨折るぞこら。でもお前様はないわ。
「結花奈様だろ」
「結花奈様、なんでわたくしめを選ばれたのですか?」
…すげー素直。まぁいいけど。
「くそ野郎共じゃなければ誰でもいいよ。足さえひっぱられなきゃね。ていうか君ら名前なんだっけ?」
「……わたくしはアマノリー」
「あ、名前長いの覚えられないし、頭三文字にして」
「…アマノです。あいつはビィリ」
ネズミ顔のチビ男がアマノ、無駄にデカい馬面の運転手がビィリね。おっけ。覚えた。さすがにネズミ、馬ではこれから連携とるの大変だしね。
「ん。じゃあとりあえず、これからよろしく」
この世界にきて4ヶ月目。とっとと魔王を倒して、優姉を探そう。あ、そうそう。帰る方法がわかったら、帰る前に一度くらいはアリアベルに会ってあげてもいいかな。
うん、頑張ろう。
○




