146 特訓
あの後近くの木陰に腰を下ろしてキスをしてはたわいのないことを話していると、影が短くなってお腹もすいてきた。
「そろそろお昼だし戻ろうか」
「そうね。結花奈、手」
「甘えんなよ」
立ち上がった結花奈に手を伸ばすと、悪態をつきながらも結花奈は私の手を引っぱって立たせてくれた。
そのまま手を繋いで戻り、玄関前で手を離してから中に入った。
するとちょうど左側の食堂からシューちゃんとシーコさんがでてきた。
「あ、おかえり」
「ちょうどよかった。昼食の準備ができたところだよ」
「……」
私はシューちゃんに近寄る。じっと見つめる。
「? なに?」
金の瞳はくりっとしていて、さらさらのショートカットは太陽光を漉かしたみたいに美しい。
きょとんとして不思議そうに私を見返してくるシューちゃんを見ていると、なんだかたまらなくなって抱きしめる。
「シューちゃん!」
「わ、ど、どうしたの?」
「大好きっ」
「わ、私も大好きだよ?」
私の奇行に戸惑いつつも、そっと抱きしめ返してくるシューちゃんの健気さに、私はさらに抱きしめる力を強くする。
「ううっ、愛してるーーぅ」
「う、うん。愛してるよ」
「はいはい、泣くのやめい。言っとくけど、まだまだ帰れないからね」
「…え?」
シューちゃんの言葉にうるっときていると、結花奈に肩を叩かれてふりむく。
まだまだ帰れないってなに? あれ? 私の決断待ちじゃないの?
「何不思議そうな顔してんの? 心から信じないといけないんだよ? もし帰る途中で一瞬でも、もしかしたら駄目かも、もしかしたら日本じゃないとこかもとか考えたら、私たち最悪死ぬよ?」
………か、考えてなかった。でもそうか。思い込めばどんな奇跡でも起こせるということは、思い込みきれなければ、少しでも最悪を想像したら、必ず最悪の結果になる。
こ、こわっ。ほんとにそれで帰るの?
「だから、午後からはとりあえず力を使えるように特訓ね」
「……あ、はい」
特訓かぁ。何だか思わぬ展開だけど、まあ手近な目標ができれば気が紛れるしいいか。
昼食後、軽く魔法の勉強ができる場所がないかと結花奈が聞き
シーコさんに案内された部屋は、週に一度この村の子供たちに勉強を教える部屋だそうだ。
「さて、レッスン開始だよ!」
「はい先生!」
「なんだね、優子君」
手を挙げると結花奈がびしっと指し棒で私を指した。
防音はもちろんだけど、多少丈夫な作りになっているらしい。教室なので黒板擬きや指し棒もある。何でもあるのね。
「当たり前みたいに教壇にたってるけど、結花奈、どうすればいいのかわかってるの?」
そもそも、奇跡とか言われても突拍子もなさすぎる。解体くらいならできたし、多分今もできると思うけど、じゃあ帰るときに不安持たないかと言うと自信はない。
「わからないに決まってるじゃん」
「駄目じゃない」
「わからないからこそ、これから研究していくんだよ」
その通りではある。
結花奈は自信満々に言ってから、飽きたらしく指し棒を教卓に置いて、懐から例の冊子を出した。
「とりあえず続き読もうか」
「そうね」
全員で一つの机を囲むように席について、机に冊子を広げた。
2人は読めないので、またまた結花奈が読み上げていく。
○
日記にはヒビキの奇跡についての考察もかかれていたようだ。
全てが真実かはわからないが、奇跡についてわかっているのは以下の情報が全てだ、と書かれていた。
その以下の情報をざっと読んで、重要そうなのはそんなにない。
まず一度願った奇跡をキャンセルする事はできない。
上書きして書き換えられるが、全く逆の奇跡でなかったことにすることはできない。
大きな奇跡は自動的に人の認識も変える。
本当に心からできると信じないとできない。逆に普通ならできることも、信じないとできない。
このくらいだろう。お試しで使った魔法で問題が起きてもキャンセル出来ないので気を付けないと。
「ふむふむ。ま、そんなに問題もなかったね。じゃあ、さっそく魔法使ってみようか」
「そんな急に」
「やらなきゃできない」
そりゃそうなんだけど、心の準備が……むう、やるわよ。やるからそんな呆れた顔をしないで。
「なんの魔法するの?」
「とりあえず、瞬間移動ね」
「とりあえずのハードル高くない!?」
「生身とは言ってないでしょ。その辺の石とか、机の右から左に瞬間移動とかならどう?」
まぁ、それならまあ? うん。大丈夫かしら。
「それなら」
「じゃあ、石拾ってくるね」
シューちゃんが率先して拾いに行く。私も立ち上がったけど、シューちゃんが独りでいいよと言ったので見送った。まあ部屋の窓の前まで来てくれればそのまま受け取れるしね。
予想通り、シューちゃんは窓の外にまわってきた。窓を開ける。
「ありがとう、シューちゃん。貸して」
「ううん。渡さない」
「え?」
「そこ座って見てて」
何だかわからないけど、窓を開けたままそこ、と示された席につく。
「じゃあ、お手本見せるから、そこで見ていてね」
「あ、はい」
あー、なるほど。シューちゃんは自分が触れてるものなら瞬間移動できる。それを見て、当たり前のことだと認識できれば、自分もできて当たり前と思えれば、もうできたも同然だ。
「よし! どんとこい!」
シューちゃんは20個ほどの石をテンポよく机に飛ばしてくる。
シューちゃんのことを無視して、無心で石に集中する。
何もない空間に突然現れる石。私の中でそれはもはや当たり前になりつつあったけど、こうして見ていると考えたら不思議だ。
「うーん」
「シュリ、もう十分だし戻ってきなよ」
「え、でもまだユウコ、悩んでるよ?」
「あのね。部屋を石で埋める気? この石を左右に動かしていけばいいでしょ」
「なるほど。わかった。戻るね」
うーん。
シューちゃんがまわってくる間に石を触ってみたけど、手の中から消えたりはしなかった。
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