137 ケイタリス
「あ、見えた。あれ? あれよね!?」
「そうだよ。あれは教会のてっぺんだ。じきに全貌も見えるよ」
ケイタリスへの馬車はなかったので、てっくてっくとひさしぶりに普通に歩いた。これが遠くて、丸半日歩いているので疲れで変なテンションになってる自覚はある。
「よし! じゃあここからあそこまで競争よ! よーいどん!」
ついに走り出してしまった。何やってんだと思わないでもないけど、頭の中の大部分がひたすら早く休みたいと言っているので、いてもたってもいられないのだ。
「別に、走らなくても、いいだろう」
とか言いながらシーコさんも、そしてもちろん2人も付き合ってくれた。
徐々に近づき、丘をあがるにつれて建物の屋根が、壁が、そして人、最後に小さな腰までの木製の塀と、立て看板が目に入った。
「いっちばーん」
結花奈が悠々とジャンプして、立て看板の上に仁王立ちした。少しだけ遅れて、シューちゃんが看板に手をつく。
「はぁ、結花奈、ずるい」
「なんでさ」
「なんか、ずるい」
「はいはい、才能あふれちゃってごめんねー」
そしてシーコさん、最後に私の流れだ。なんで競争とか言っちゃったのかしら。
「ふぅ……いい天気ね」
「え、ちょっとなにうやむやにしようとしてんの? ばっつゲーム! ばっつゲーム!」
ちっ。まぁいいわ。私が対象とは限らないし。
「はいはい。言ってみなさい」
「うむ。じゃあ優姉、今日は私のことさん付けね」
「えー」
めっちゃ嫌だ。いや、別にさん付けくらいなら、様よりは変に思われないだろうし、むしろ常識的な範囲だけど。心情的には嫌だ。
「命令だから」
「う……ゆ、結花奈、さん」
結花奈さん。結花奈さん……なんか変な感じだ。他人行儀というか、他の誰かを呼んでる気分だ。
「よし。じゃあキイ、案内してくれたまえ」
「了解だ。私の実家だが、自分の家のように寛いでくれ」
シーコさんの実家に挨拶に向かう。というのも、宿屋というものがないらしい。なので部屋が余ってるからというシーコさんの言葉に甘えて泊めてもらう算段になっている。
「…でかくない?」
「大きいね。村長さんだからじゃない?」
「あら、そうだったの?」
「聞いてないよ」
「ただいま帰りましたー!」
こそこそ話す私たちをよそに、シーコさんは悠々と、大きな館の玄関ドアを開けた。
シューちゃんの家はお城だったから論外として、お金持ちと出会ったのは初めてだ。といっても、あくまで田舎のイメージからして立派な建物というだけで、街になら幾人いそうなお金持ちレベルだけど。
今まで全くの庶民としてしか生活していなかったので、若干おっかなびっくりしながらシーコさんに続く。
「あら、お帰りなさい。馬鹿娘様」
左手奥のドアから綺麗な奥さんと言った感じの人が微笑みながら出てきて、シーコさんにかけた言葉にぎょっとした。
シーコさんは慌てたように奥さんに近寄る。
「お、お母様……お元気なようで何よりです。あの…手紙出してましたよね? 客人がいますので、ご勘弁願いたいのですが」
「もちろん、読んでいますよ。いかに馬鹿娘様が勝手によんだいえど、お客さまはお客さま。ときちんと歓迎させていただきます」
歓迎されてなさすぎ。私は慌ててシーコさんの隣に言って挨拶をする。
「あ、あの、初めまして。私、山下優子と申します。シーキンコさんにはお世話になっております」
「あら、初めまして。私はシリルリよ。まぁまぁ、お世話だなんて。お世辞は言わなくていいのよ。こちらこそ、馬鹿娘が迷惑かけてごめんなさいね」
シーコさんへのツンとした雰囲気を消して、柔らかく微笑んでシリルリさんは言う。
「いえそんな。あの、急に押しかけて申し訳ありません。ご迷惑でしたら、私たち、その、村の隅ででも土地を借りることを許していただけるのでしたら、野宿をしますので」
「ま、そんな遠慮しちゃって。いいのよいいのよ。お嬢さんたちを野宿させるなんて出来ないわ。なんならあの馬鹿娘を追い出すから、いつまでもいてもいいのよ」
へ、返答に困るなぁ。
シーコさんを見ると、困り顔で笑いながら頷いた。うん、意味が分からない。
「では、遠慮なくしばらくお世話になります。こちら、紹介しますね」
振り返って手招きでよんで、2人を隣に並べるとまぁまぁとシリルリさんは手をたたいた。
「手紙で知ってるわ。ユカナちゃんと、シュシュリングちゃんね。まぁ、シュシュリングちゃんは本当に可愛らしいお嬢さんね」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私のことはシュリで構いません」
「あらそう? じゃあシュリちゃん」
「はい」
微笑むシューちゃんにシリルリさんはにこにこと微笑んでいる。
「いい子ね。じゃあ馬鹿娘様、さっさと皆さんを案内してくださいな」
「はい……あの、娘にだけ敬語使うのやめてくれません?」
「あら、なにかしら。丸4年も手紙だけで帰らなかった馬鹿娘様」
「……ごめんなさい」
「食事の用意をしておくわ。客間も、あなたの部屋も掃除をしておいたから、早く荷物をおかせてあげなさい」
「ありがとう。お母様」
シリルリさんの言葉に シーコさんはずっと捨てられそうな犬みたいだった表情から一転、ほっとしたように微笑んだ。
「では皆さん、どうぞ自分の家のように寛いでね」
「ありがとうございます。お世話になります」
3人で頭を下げてシリルリさんがまた左奥に消えるのを見送る。
「さて、お母様の了解さえとれば問題ない。あとの家族は後々紹介しよう。まずはこっちだ」
「りょーかい、馬鹿娘様」
「…頼むから勘弁してくれ」
からかう結花奈にシーコさんはさっきと同じように眉尻を落とした。さっきから思ってたけど、ちょっと可愛い。
○




