136 温泉事情
「ユウコ、ついたよ」
「ん、うん、はい。起きてます」
「わかったから、立って」
シューちゃんの手を掴んで立ち上がる。
「ユウコ君は本当によく眠るね」
「そんなことないわよ。ちょっと暇だとつい、うららかな日差しに誘われて、睡魔に身をゆだねそうになるだけよ」
「ヘンテコリンな言い回ししても変わらないって」
相変わらず結花奈は手厳しい。恋人に優しくしようという気はないのか。露骨にされても困るけど。
「ほら、小さいけど温泉あるって喜んでたじゃん」
はっ! そうだわ!
寝ぼけていてすっかり頭から消えていた。結花奈の言葉で完全に目が覚めた私は意気揚々と歩き出す。
「さぁ! 行くわよみんな!」
「うん、温泉楽しみだね」
「ねー」
「ね」
「気持ちはわかるが、あそこまで喜べるとは、ユウコ君は純粋だな」
「子供なだけでしょ」
シューちゃんがにこにこしながら私に続く。冷めた顔をしているつれない2人は置いていく勢いで歩く。
「ねぇシューちゃん、あの2人テンション低くない? ひくわー」
「そうだね。でも好き嫌いは個人差があるから仕方ないよ」
「そうね、シューちゃんたら、大人になったわね」
拗ねた自分が恥ずかしくなると同時に、大人の大きな器を示すシューちゃんの姿に嬉しくなる。
「うん。だって年上だもん」
「あっ、しーっ、駄目よシューちゃん」
「え? なになに?」
しーっと指を立てた声をひそめると、シューちゃんも顔を寄せて小声で尋ねてくる。
「年上とか言っちゃ駄目。シューちゃんが年上なのは秘密よ。トップシークレットなんだから」
「そうなの?」
「そうよ。だって私の妹なんだもの」
「うん、わかった。内緒だね」
「ええ」
ふう、危ない危ない。私の姉という地位が揺らぐところだった。シューちゃんが年上なのは紛れもない事実かも知れないけど、そんなことは関係なく私の妹だ。
関係ないなら年上って言ってもいいじゃん、なんて無粋なことを結花奈は言うかも知れないけど、それはそれだ。
「そう言えばユウコ君とユカナ君はいくつなんだ? あ、もちろん嫌なら無理にとは言わない。ちなみに私は21だ」
「結花奈が19で私が20くらい」
「えっ」
「えってなにさ」
「いっ、いや、すまない。ユウコ君も若く見えるが、その、ユカナ君は15くらいかと」
「いや、いーけどさ」
私とユカナは年をほぼとってないわけで、16になったばかりだったので間違ってはいない。というか前お店の人に13才に見られたこともあったし、むしろマシなほうだろう。
結花奈はちょっとむっとしつつも、怒ることもなく流した。
「てか、優姉は20才でも納得?」
「ん、そうだな。顔のつくりは、他国出身だからかな。やや幼げに見えるが、20才でも別に違和感はないな」
うーん、それはそれで微妙な気もするけど、背が高いから昔から年を上に見られるのは慣れている。
「あ、あそこの宿だよね。温泉が話題なの」
「! そうね、早く行きましょ」
ついつい早足になる。丸2日馬車移動のため、体を洗いたくて仕方ない。もちろん、魔法で清潔にはしてるけどね。
「すみませーん、4人宿泊したいんですけど、部屋って空いてます?」
「悪いね、ツイン一部屋しか空いてないよ」
「む…4人でも泊めさせてもらえます?」
「特別に三人分の料金でいいよ」
「むむむ…お願いします!」
地域によって料金体系は違うけど、宿は基本的に部屋ごとに料金が決まってる。だけどたまに温泉宿だと例外となっているところがある。と言うのは、一人当たりのお風呂の使用料となる。
私たちは急いで部屋へ荷物を運び、さっさと浴場へ向かった。今の時間ならすいてるよとアドバイスをもらったのだ。
お昼前の時間なのでちょうどすいているらしい。やったね!
「ふんふーん」
鼻歌まじりに服を脱ぎ、畳んで片づけるのももどかしく、私は浴場へと暖簾をくぐる。
「ほー」
木製の塀に囲まれた、なかなか立派な浴場だ。山側の塀の一部からお湯が引かれ、湯船と体を洗う用に水がわかれている。
体を洗う用は説明が難しいが、流れっぱなしの蛇口のようになっていて、水の噴き出し口が並んでいる。使わないとき勿体無い気もするけど、遮られずに流れた水は下の溝に落ちて、端の貯水部分にたまる。洗濯用の水になる。
蛇口も存在しているけど高価だからか、単に水が無限にわくからなのか、どうせ温泉にお湯を流し続けるからか、こういう構造の温泉宿は数多い。
小さな町だからそこまで期待していなかったけど、なかなかいい。幸い他には利用客もいない。のんびりさせてもらおう。
「ほぅ、なかなかいいな。それに独占できるとは運がいい」
「私の日頃の行いのおかげだね」
「ユカナ、ありがとう」
「いや、マジにとられても。冗談だよ」
「うん。私も冗談」
「分かりづらいな」
体を洗って
「ユウコ、背中流すよ」
「ありがと、シューちゃん」
「あ、ならシュリの背中は私ね」
髪も洗って、湯船につからないようにまとめて、いよいよ入浴だ!
「はー…………ふぅ、き、もっ、ちいぃぃ」
湯船に使って、まずその温かさが体に染み込んできて、思わず声をもらしてから、ゆっくりと足を伸ばす。あー、きくきく。
「優姉、おっさんみたいな声ださないでよ。恥ずかしい」
「そんな声じゃないわよ」
「そんな声でした」
むぅ。いいじゃない。どうせ私たちしかいないんだから。全く。風情にかけるわ。
私は結花奈のお小言をスルーして、お風呂を堪能した。たまりませんのぅ。
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