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「今日はビックリしたわね」
エルフの里に来て、心機一転新たな魔法を頑張るぞと思っていたけど、まさかの前勇者の情報が手には入ってしまった。
しかも、実行できるかはともかく、確実に一つは帰る方法がわかるんだから。
「そうだね。マジびっくりした」
「すぐあっちへ行くの?」
「いえ、しばらくここでお世話になるつもりよ」
当初の予定通り、エルフの魔法を勉強してから、前勇者が住んでいたという村へ行こう。
すぐに行きたいという気持ちもあるけど、来てはい出て行きますというのも失礼だし、なにより、やはり少し知るのを怖くもある。心の準備が必要だ。
「そう……わかった」
シューちゃんは少し元気がない。勇者の話の途中から殆ど話さなかった。
でもそれは仕方ない。慰めようがない。きっと、私たちが帰ったらと思っているのだろうから。私が何を言ったって、慰めにはならない。
「お、あそこじゃない? 温度高いし」
「そうね」
とりあえず、三人でお風呂に入ってごまかした。
○
「ユウコ」
「ん、おいで」
夜。それぞれ一部屋ずつ用意してもらったけど、シューちゃんが枕持参でやってきたので招き入れる。
大きいベッドなので、2人くらいなら余裕だ。
布団に入って、シューちゃんは私に抱きついてきた。抱きしめ返しながら頭を撫でてあげる。
「眠れない?」
「…うん」
シューちゃんは私の体に、匂いをつけてマーキングする犬みたいに、ぐりぐりと頭をすり付ける。
「ユウコ……好きだよ」
「私も好きよ」
「うん……帰っても、ユウコのこと、ずっと、好きだよ」
「私もよ」
まだ確実に帰れると決まったわけではない。まだ、時間がかかるかもしれない。それでもいつかは、別れがくる予定だ。
帰りたい。でもシューちゃんと離れるのは、寂しい。それに、シューちゃんを1人にするのも、申し訳ない。
私のやってることは、ひどく身勝手だ。その自覚はある。その上で、思う。シューちゃんが心配だ。
「ユウコ……一生分、キスしてほしい」
「え……わ、わかったわ」
それが少しでもシューちゃんへの慰めになるのなら、恋人として、責務を果たそう。
「シューちゃん、目を閉じて」
「ん」
そっとキスをする。
柔らかい感触と、ほのかに香るシューちゃんの匂い
多少鼓動は早くなるけど、それよりただ、彼女を慰めたい、あどけなく可愛らしい、愛らしいシューちゃんのことを、少しでも安心させてあげたい。
それだけが私の心を占めていた。
やっぱり、私はまだシューちゃんに恋をしていないなと思った。大好きだ。大好きだけど、これは女の子としてじゃなくて、妹として、家族としての好きだ。
だから、キスでもなんでも、シューちゃんが望むなら、私はそれに応えよう。
「んん」
唇をつけて、離して、またつける。何度か繰り返してから目を開ける。色づいて、色っぽくなるシューちゃんには少しドキっとする。
「シューちゃん、一生分って、どのくらいかしら?」
「んと……わからないけど、えっと……五万回くらい?」
多いわね。それどんな計算でだしたの?
思わぬ数に呆気にとられて沈黙する私に、シューちゃんは不安そうに瞳を揺らす。
「だ、だめ?」
「いいわ、駄目なんかじゃ」
「駄目ーっ!」
「えっ」
駄目なんかじゃない。今すぐには無理だけど、帰るまでに少しずつしましょうねと答えようとして、突然部屋のドアが勢いよく開いた。
「そんなの絶対駄目!」
「ゆ、結花奈…」
結花奈はドアを開けた勢いで飛んで、私たちの上に乗っかかった。だだをこねるように暴れる結花奈に、思わず思考が混乱する。
聞こえてた? 見られてた? 今まで結花奈は私とシューちゃんがキスしても平気だったのに急になに? それに、このままだとシューちゃんにばれてしまう? どうしよう。
「ゆ、結花奈、その、えっと、しゅ、シューちゃん、あのね、その、別に結花奈とは何でも、その、なくはないんだけど、何でもないのよ?」
「私だって優姉のこと好きだし! 優姉とキスしてるし! 何もなくないし!」
「しっ、しーっ! あ、あああっ、しゅ、しゅしゅシューちゃん、そのあの、ち、違わないんだけど、その通りなんだけど、違うのよ。あくまで結花奈は妹としてのキスと言うか」
「ユウコ、落ち着いて」
いや、ていうかむしろなんでシューちゃんはそんなに落ち着いてるのよ!? もっとこう、怒ってもいいのよ!?
「ユカナともキスしていたのは、知ってるよ」
「…………………え」
ど、え、え、え? は、え、えっと、え、え?
「し、知って、たの?」
「うん」
「…どう、思ってた?」
「仕方ないとは、思ってた。私は恋人だけど、無理やり、そうしてもらってるだけだし。ユカナは、ユウコの特別だから」
「い、嫌じゃなかった?」
「嫌だった」
泣きそうなシューちゃんに、罪悪感で心が張り裂けそうだ。私は何をやってるんだ。こんなにも素直でいい子を傷つけて。死んでしまいたい。
「ごめんなさい。結花奈も、ごめん。もう、やめましょう。ただの姉妹に戻りましょう」
全部やめよう。恋人になんてなるから、どちらかを選ばなければならない。妹なら、2人を選べる。
最初からこれが最善だったんだ。最初から、意志をしっかりもって、流されずに決断しなきゃいけなかった。もう流されない。2人は妹だ。
「そんなの嫌だよっ、馬鹿じゃないの! この馬鹿姉!」
「あれ?」
なんで結花奈までそんな泣きそうなの? 私とシューちゃんがキスして、自分より仲良くなられるのが嫌だってのはわかってた。でもそれなら、結花奈にとってはどっちもキスをしないというのはありのはずなのに。
「ちょっ、ちょっと待って。状況を整理しましょう」
○




