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「ふーんふんふふふーん、ふん、ふふふふふん、ふん、ふーん」
鼻歌を歌いながら洗濯物を干す。といっても室内干しだ。いくら雪国とはいえ毎日毎晩雪がふるわけではないし、天気がいい日だって普通にある。でも何分寒いので、外に干すと氷るのだ。
そんな訳で室内干し。早く乾くよう、暖炉の暖かい空気があたるよう風を流す。もっと直接的に、衣類の水分を飛ばす方法もあるけど魔力を喰うらしいし、単純に時間かけた仕上がりの方が好きだ。
こんなのは好みの問題だ。例えば結花奈なんて乾燥機で乾かした衣類の匂いが好きだった。私的には太陽完勝なのに。
私がこの世界に来て、そろそろ1ヶ月がたとうとしてる。生活に余裕ができたからか、油断すると結花奈のことを考えそうになって困る。
考えても不安や心配で眠れなくなるだけだ。どうしようもないし、結花奈ならなんとかやると信じて、薄情でも考えないようにしなきゃいけない。
その方が結果的には早く結花奈と再会できるはずだ。心配だ心配だと嘆いてもどうしようもないんだから。
「さて、じゃあ私、そろそろ行くから」
「……うん」
「そんな顔しないの。だいたい、まだ探しに行くってだけで、働けるとも決まってないのに」
昨日、私は独りで街へ行けるようになった。と言ってもシューちゃんがしていた移動魔法はできない。
魔法陣が体の中にない私が魔法をつかうには、実際に魔法陣が書かれた紙をつかうか、口で法則を言うか、完全に頭の中で魔法陣を思い描くかしかない。
魔法陣はちょっとかすれたり、切れ目が入ったり濡れたりすると使えなくなる。私はシューちゃんに紙に同じ種類のも何枚か書いてもらい、束にして手帳みたいにした。
私が街に行くために覚えた魔法は跳ねる魔法だ。塀をジャンプで超えて、兎みたいに跳ねて進めば楽に街まで行ける。四つ足にはならないけどね。
軽く5メートルくらい飛べるし、一回跳ねるものじゃなくて、しばらくの間脚力をあげるようなものなので街まで一回の魔法で行けるので便利だ。
「大丈夫。ユウコなら、絶対すぐにお仕事見つかるよ」
「ありがと。でもそんなに信じてくれるならさ、もう一つ信じてよ」
「? なに?」
「離れてても、私はシューちゃんのこと大好きよ。だから心配ないわ」
「……うん」
「いい子。いい子のまま大人しく待っててね。お土産話を持って帰るから」
「うん。いってらっしゃい」
「行ってきます」
私は意気揚々と玄関を開けた。
「………え」
「あ、あなた誰ですか!?」
こっちに向かってくる大きな籠を持った知らない人がいて、大声をだされた。
○
もう完全にシューちゃんと二人きりで山に住んでる気分でいたけど、そんなわけはなくて、住んでるし、食料を補充しに定期的に人が近寄ることもある。
シューちゃんはもともと、意図して顔をあわせないようにしていた訳ではなく、単にいつ補充されてるのか興味がなかった。
私もまたそんなシューちゃんに影響され、補充もわりと時間はいい加減なので今日とは知っても意識してなかった。
「異世界、か」
補充に来たメイドさんに見つかり、混乱する私はシューちゃんに庇われつつ館に案内された。
不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね!
メイドさんにぴしっと指示をだすシューちゃんカッコイい! 後で頭なでなでしてあげるね!
「そう。状況的にも、知識としても間違いないと思います」
「そうか。向こうの大陸では何かしら大掛かりなことをしているとは把握していたが、召喚か……わかった。シュリの言うことだ。もちろん疑ってはいないさ。お嬢さん、ユウコだったね」
「は、はい。こ、この度はご迷惑をおかけしておりまして」
「ああ、そういうのはいい。シュリが許可したんだ。それに不法侵入も君の意志ではないしね」
あ、よかった。すごい緊張してシューちゃんのおじさんと対面した。ソファのある談話室? みたいな感じの部屋で、片隅にはメイドさんが常駐してるし、おじさんは顔いかついし正直びびってた。
でもシューちゃんが事情を話してくれると、態度は変わった。そりゃ、いきなり知らないやつが家に住み着いてましたとか言われたら驚くし警戒するよね。
よく見たら左目を縦断するように顔半分に大きな傷跡があるだけで、なかったら痩せ形の普通の顔だし。
「あの塔はシュリのものだ。シュリが住まわせたいというなら構わない」
「本当に? ユウコと一緒にいてもいいのですか?」
「ああ。もちろん」
ぱあぁ、とこの館に来てから表情が固かったシューちゃんが見る見る笑顔になる。可愛い。
密かにずっと握りっぱなしの手もぎゅうぎゅう握られて、なんとなく尻尾をふるわんこを連想してしまった。
「ただし、一つ条件がある」
「はい。何でしょう。私でできることならなんでもします」
「シュリではない。ユウコだ。10日に1度はこちらで魔法を学ぶことが条件だ」
「え、と。どういうことですか? いえ、もちろん私も出来ることならやりますが、先ほどシュー、シュリさんから説明してもらったように、ある程度は魔法を使えますし、習っています」
あぶない。シューちゃんと言うところだった。シューちゃんの愛称がシュリなんだろうけど、本名忘れたのでとりあえずそれで。
「ユウコ、君はシュリの魔力を吸うことで治療をしているのだろう?」
「はい」
まぁ治療というか、その場しのぎでしかないけどね。
「その魔法を解析するのに協力してほしい。魔法陣が出来れば、シュリも、同じ病にかかる人々も救うことができる」
「そういうことならもちろん、協力します」
「頼む。それに、君も対策ができなくてはシュリから一時も離れられないからね。困るだろう」
「え? 一時も? 確かに苦しいでしょうけど、爆発はシューちゃんに影響をしないし、私がいなくても発作の少しだけ離れていれば問題ないのでは?」
少なくとも、シューちゃんが家でじっとしてる分には問題ないだろう。もちろん苦しいのは可哀想だけど、数分でそんなに長くないらしいし、たまにしかないらしく、最初の時以降発作はない。
片時も目を離せないというのは言いすぎではないだろうか。
「……君は知らないのか。あの発作は、本人も死ぬよ」
「え……」
死ぬ? シューちゃんが、死ぬ? え、だって、そんな。回りが大変なだけで、たまに少し苦しいだけで、本人は大したことがないみたいに、そうシューちゃんは言っていた。
「しゅ、シューちゃん?」
「…ごめん、黙ってて」
「な、なんで言ってくれなかったの!? そんなの知ってたら、絶対シューちゃん置いて街に行くなんて絶対しないのに!」
「だからだよ。だって、そんな風に、ユウコのこと縛りたくないから」
「馬鹿っ!!」
シューちゃんの言葉に思わずかっとなって、全力でシューちゃんの頭を張り手してしまった。
シューちゃんはソファにぶつかり、頭を押さえて私を見ている。怯える子供みたいな目。その目はどうしたって、私の中の記憶を揺さぶる。
「シューちゃんが死ぬことが何より一番駄目に決まってるでしょうが! すみません。私、10日に一度と言わず毎日来てもいいですか? 1日でも早く、治したいんです!」
「ああ、君がそれでいいなら構わないよ」
おじさん、名前はヒュンダイさんらしい。ヒューイと呼ぶよう言われたのでヒューイさん。
それからしばらくヒューイさんと話し合い、私の今後の予定は決まった。まず第一にシューちゃんの治療方の確立。それしかない! バイトとかしてる場合か!
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