第8章「小世界で悪魔と天使は新たな神話を作り上げる」
「――これで良い」
魔女はポツリと言った。
これ以上あの少年は傷付かなくて良い。
アレイシアは教会の中央に目を向ける。
そこにはピクリとも動かずに眠る黒い少年。
しかし胸は上下しておりちゃんと生きている。
彼女がしたのは意識を奪う事。
時間が経てば自然と目が覚める事だろう。
手加減はしたつもりだがまさかあれ程やってくれるとは思いもしなかった。
思わず本気の攻撃を幾つか出してしまったがなんとか無力化させる事ができたのは自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
平均よりは強いようだがタフな分どれだけのダメージを与えれば生命を奪わずに倒せるか、という判断が難しい。
じかもこちらが使う術も強力すぎて調節するのは難しいので内心少し焦ってはいた。
まぁ対処できるだろう、と考えて攻撃していたつもりだが少々遊びすぎたかもしれない。
だけど久しぶりにこの世界を楽しめた。
最期に彼と知り合えて良かったと思う。
さて、全てを終わらせなければ、と彼女は考えた。
自分の勝手な行動なのにこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかない。
そしてこの少女にも。
アレイシアは中央の十字架を見上げる。
そこに架けられた眠る人狼の少女。
この少女は何も関係無い。
ただの被害者だ。
自分と同じ、いや私は違うか。
――私があの時あんな事をしたからこうなった。
なら原因は私にもある。
だけどそれを後悔はしていなかった。
もう少し正しいやり方があっただろう。
賢い方法が存在した筈だ。
だけど彼女は敢えて罪を犯した。
きっとそれが一番正しかったと思うから。
そこから目を背けて誰も救う事ができなかったのならきっと彼女は何よりもその事を後悔しただろう。
自己犠牲でもなんでも良い。
自分の為すべきと思ったことを成したまで。
ならばこれで良い。
被害者ならば救わなくてはいけない。
遠い記憶。
不真面目とはいえそれなりに仕事を全うしていた頃。
その時の自分が抱いていた正義感がまだ残っていたのか、とアレイシアは僅かに驚き、そして自嘲の笑みを浮かべた。
この天使の所以。
それが自分が手にかけた者に対する唯一の罪滅ぼしと弔いだ。
そうして彼女は過去を振り返ってみる。
長い時間だったと思った。
天界に神の遣いとして生まれた彼女は与えられた仕事を淡々とこなしていた。
面倒な仕事があればサボる事もあったがそれなりに仕事はしていたつもりだ。
そしてある時彼女のもとに誰かがやってきた。
「それがアンタだったね、マリー。いや、ミカリア」
「ルシフィア……」
ミカリアと呼ばれたシスターは魔女の真名を呼んだ。
アレイシア……ルシフィアは懐かしい響きに目を細める。
しかしその名前はもう捨てた。
それはミカリアにとっても同じ事だろう。
ルシフィアとミカリアはアレイシアとマリーとなった。
そこに以前と同じ繋がりは存在しない。
今は魔女と修道女という大きな隔たりが存在している。
しかしだからこそアレイシアはここにやってきたのだ。
せめて彼女だけでも自分を覚えていてくれれば良い。
それだけで最期は十分だった。
例えそれが敵意でも構わなかった。
「私は生存を放棄するけど手伝ってくれる?」
「馬鹿馬鹿しい……どんな事をしてそんな真似をするというのですか」
「簡単じゃないの。その娘に宿っている呪い。それを私が取り込めば良い」
「『犠牲』になるんですか?」
マリーは呻く。
アレイシアは生き残る為に両親の手によって吸血鬼化されている。
元々天使とはいえ転生後はただの人間だ。
妖怪、魔獣、幻獣など霊格というのは1つの魂に対して1つしか宿らない。
多重人格などは複数の霊格を持てるとの事だがそれはほんのひと握りのみ。
そして術を使えば霊格を自分に憑かせる事ができる。
例えばルーが呪いのせいで人狼の性質を持ってしまったように。
そして霊格は誰かに移す事でしか消す事はできない。
ならばどうするのかは一目瞭然。
アレイシアがルーの霊格を引き受ける。
だがアレイシアは吸血鬼の霊格を既に宿している。
普通、霊格は1人1つだ。
ならばそれを超えてしまった場合、魂はそれを受けきれず崩壊する。
アレイシアはそれを狙っているのだ。
「自分勝手な理由だけど。それでこの娘が救われるんなら良いじゃない」
「なら私も自分勝手な理由で貴女を止めます」
マリーは毅然とした態度でそう言った。
しかしアレイシアも下がらない。
下がるわけにはいかない。
もう疲れたのだ。
これ以上何の目的もなく生きるのは。
そして彼女が眠っている時、アレイシアは精神だけで世界を巡っていた。
誰にも気付かれず、何もできずただ現実を知るだけしかできない。
数世紀もの間過ごした時間は彼女に悲劇を何度も教えた。
銃を握る子ども。
身体を売る少女。
飢え死ぬ赤子。
枯れた森に横たわる死骸。
汚染された海に浮かぶ魚。
不毛な争いで血を流す者。
謂なき差別に苦しむ人々。
それらは今だ根強く世界に残っている。
しかし何よりも恐ろしかったのは何もできなかった自分だ。
どれだけ彼女が叫ぼうとも世界は何もかわらず彼女は何も触れる事ができない。
それを何度も思い知らされ、彼女は摩耗していった。
そして手に入れた術は強力すぎる故、傷つける。
そこに誰かを救う為の力はない。
ならば自分に生きる意味はないではないか。
これが彼女の理由。
何百年もかけて弾き出した答え。
しかし目の前に居る『親友』は自分を想ってくれている。
それだけで彼女は幸せだった。
もう後悔はない。
だからこそアレイシアは迷わずに死を選ぶ。
そして彼女はルーの額に手を翳す。
やり方は両親から直接この身で習った。
自分の場合は術による霊格の装着だったのでこれから行う霊格の移動とは別だが些細な問題だ。
そうしてアレイシアは翳した手に意識を集中させた。
「やらせません」
アレイシアが儀式を実行しようとしたと同時、教会の空気が変化する。
懐かしい空気だ、とアレイシアは思う。
アレイシアの視線の先には美しい天使が居た。
金色の光を帯びる純白の翼。
あらゆる災厄から身を護るという聖衣。
マリーとしてではなくミカリアとして自分を止めてくれるのか。
アレイシアは笑った。
満足げに笑った。
全力で止めてくれるのか、とそう思うと笑みが自然と溢れる。
マリーはシスターとしてではなく、本来の力を使ってこちらを止めようとしてくれるのだ。
ならばこちらも全力でやらせてもらわなければならない。
アレイシアもそれに応じる。
地に堕ちた天使――悪魔と呼ばれた彼女は夜の王ともいわれる吸血鬼の力を行使する。
蝙蝠のような翼が彼女の背中を貫いて出現した。
全身に満ちている魔力が一気に活動を始める。
その影響で僅かな目眩があった。
しかし戦闘の障害にはならない。
アレイシアは獰猛に笑った。
そして誰にも聞こえない声で呟いた。
――ありがとう。
――こんな親友が居て私は幸せだ。
そして悪魔と天使は壮絶な戦いを始めた。
×
斬る。
穿つ。
開く。
剥ぐ。
千切る。
抉る。
しかし一瞬後には壮絶な傷は何事も無かったかのように消え去り、元通りになる。
それは人間には知覚できない程の速さをもって何度も繰り返される。
しかし壮絶な痛みはある。
だが2人とも退かない。
それは執念か。
ルシフィアの傍らに立つ『継接ぎの狂天使』が血で錆び付いた大鎌を振るう。
ぼろぼろに欠けた刃はミカリアの細い首目掛けて迫る。
しかしミカリアはその刃を掴み取ると、容易くそれを砕いた。
対する狂天使は柄を放ると拳を握ってミカリアに襲い掛かる。
ミカリアは音速以上の速さで放たれたパンチをたやすく回避すると狂天使の顔面を掴み、恐るべき膂力をもって握りつぶした。
褐色の血液が水風船のように爆ぜる。
しかし狂天使は止まらない。
凄まじい蹴りがミカリアの胴を吹き飛ばそうと襲い掛かるが彼女はその攻撃すらも左手で受け流すと空いている右手で狂天使の鳩尾を貫く。
だが彼女はそれだけでは終わらず、魔力を直接熱エネルギーに変換して狂天使に注ぎ込んだ。
すると狂天使は全身から炎を吹き出して爆散する。
身体は魔力を実体化させたものなので爆発も凄まじい。
しかし吹き飛び、炭化した腕も即時に再生する。
ルシフィアは一歩後ろに下がった。
身体が幽体である召喚獣に死という概念はないが、再び召喚するのには手間も時間も掛かる。
ならばここで本気の一撃を使わせてもらう。
ルシフィアは破壊を巻き起こす。
例えるのならば嵐。
全てを蹂躙し、呑み込み、押し潰すそれに対し回避や防御は無意味。
神話級の災厄が極めて小規模な空間で起きていると言っても良いだろう。
夜行やルーが巻き込まれていないのが不思議な程。
その破壊を起こしているのは「歪み」。
まるで景色をプリントしたシーツをくしゃくしゃに丸めたように空間が狂っている。
並んでいる聖像が吹き飛び、ステンドグラスが割れる。
まるで世界の終わりのようだった。
ルシフィアは手応えを感じる。
これを破る事ができるのか、と彼女は叫んだ。
対するミカリアは顔色を一切変えない。
諦めたか、とルシフィアは思ったが違う。
ミカリアは「歪み」を恐れずそれに立ち向かった。
何をする、とルシフィアは警戒した。
この破壊を超える手段があるというのか。
ルシフィアは更に「歪み」の出力をあげる。
破壊は過激となり、あらゆるものを消滅するようになった。
ルシフィアでさえ止めるのが難しい。
そんなものを抑えるなど不可能だろう。
だからこそルシフィアは驚愕する。
破壊を受け止める訳ではなくただ相殺する事で打ち消し合った事を。
ミカリアがやった事は物体の再生。
面倒なトリックなどでは単に破壊された聖像やステンドグラス、長椅子などの再生それだけを行った。
それを破壊以上の早さで行っただけ。
一瞬で崩壊した教会は一瞬で傷一つなく修復される。
ルシフィアはそれに対し、最大の力を使った。
長い間精神のみで作り上げた術も彼女は用いる。
単なる破壊ではなく殲滅。
ルシフィア自身にも制御しきれない力は莫大な魔力の奔流を引き起こす。
教会が光で埋め尽くされた。
×
遥か昔。
天界にて。
「最近悪魔達の活動が目立つようになりましたね」
頬杖をついて茫っとしているルシフィアにミカリアは言った。
するとルシフィアは「へ?」という顔をしてミカリアを見た。
どうやら何も聞いていなかったようだ。
ミカリアはそんな友人を見てやれやれと嘆息する。
よくこんなのが権天使から降格させられないな、と呆れを通り越して感心する。
まぁやる時はやるので上もそうそうぞんざいには扱えないのだろう。
一応彼女の実力は周りから高く認識されている。
デスクワークは自分の方が上だが戦闘では僅かにルシフィアの方が上だろう。
模擬戦で何度か刃を交えた事があるが明らかに手を抜かれていたという自覚がある。
いつか勝利したいと思うが戦闘においては回復や防御などのサポート要員であるミカリアにそんな場面がやってこない事は自分でもわかっていた。
ならばいつかは彼女の力をせめて受け止められるように――
そんな思いを胸に抱く訳だがそんな場面は訪れるのか。
彼女の力になる事でも良い、と彼女は思う。
おそらく自分よりもずっと上に居るであろうルシフィア。
この部署にやってきたばかりで右も左もわからなかった自分の親友となって親身に色々な事を教えてくれた彼女の力に。
しかしそれは遂に叶うことはなくなった。
ミカリアは己の耳を疑った。
同僚の言った事は到底嘘には思えない。
この怖がりようは真実に違いない。
しかし彼女の言った事はとんでもない事だった。
天使の暴走。
そんな事は『光を掲げる者』を筆頭とした大反乱以来一度も起きた事はなかった。
今のところ1人しか起きていないようだが急がなければ危険だろう。
しかし今だ公式の通達が来ていないのは上層部が混乱が起きるのを防止する為に慎重になっているという事だろう。
ならば自分達でどうにかするしかない。
と、ミカリアはある事に気付いた。
「そういえば貴女と一緒に下界の監視に行っていたルシフィアは?」
「あれ? そういえば何時の間にか……」
まぁ彼女の事だ、どこかでサボっているに違いない。
ミカリアはそう判断すると独断で現場に向かう事にした。
縦社会である天使たちにとって上層部の命令というのは絶対だ。
それを破る事は無論、勝手な行動も許される事はない。
万が一それを犯せば審問に掛けられ、罰を執行される。
しかし彼女は構わず下界に飛んだ。
同僚に聞いた話だとこの辺りだった筈、と彼女は周囲を見渡す。
すると視界の端に炎が見えた。
目を向けると街が炎に包まれている。
あそこか、と彼女はそこに急行した。
到着すると思わず顔を顰めた。
まるで地獄のようだった。
多くの怪我人が呻き、赤子や親とはぐれた子どもが泣いている。
ミカリアはすぐに怪我人の治療を行う。
重傷の人も何人か居たが無事に助ける事ができた。
涙を流して感謝する人々に目もくれず、彼女はこれを起こした張本人を探す。
しかし中々見付からない。
だんだんと彼女の頭を焦りが支配していく。
もしかしたらもうどこかへ行ってしまったのか、と思い始めた時どこからか爆発音がした。
気になったミカリアは音のした方へ急ぐ。
ほぼ瓦礫に変わった建物を潜り、現場に向かった。
そしてミカリアはそこに到着する。
大きな広場だった。
そして彼女は思わず絶句する。
目を覆いたくなるような惨状だった。
おびただしい数の死体が散乱している。
五体満足の人間はおらず、中には腹を切り裂かれて内蔵がぶち撒けられている死体もあった。
しかし何より彼女の目を釘付けにしたのは広場の中央で剣をぶつけ合うふたつの影。
どちらも天使だった。
両者とも片方の羽根が無い。
その戦いは凄まじいものだった。
火花や血が常に飛び散り、肉が削れていく。
天使の一体は笑っていた。
まるで壊れたおもちゃのように笑っている。
そこに瘴気というものは一切感じられない。
あれが本当に自分達と同じ体の構造をしているのかと疑問を抱くくらいだ。
その狂天使は握っている血と脂肪と肉にまみれた剣を対峙する天使の首目掛けて振り下ろした。
このままでは天使の首は撥ねられるだろう。
思わず危ない、と叫んだ。
しかし天使はその攻撃を見越していたかのように腕を突き出す。
そうしても腕が切り飛ばされるだけだろう。
しかし結果は違った。
天使は恐るべき膂力をもって刃を掴んだのだ。
指が数本飛ぶ。
しかしその握力は狂天使の剣を握り砕いた。
狂天使が納得いかないように首を傾げる。
対する天使は残った右腕を振り上げ、狂天使の左腕を切断した。
血が吹き出て、絶叫が響き渡る。
思わずミカリアは耳を塞いだ。
しかし天使はそれだけでは終わらない。
更に狂天使の残った三肢と首を斬り飛ばしたのだ。
重力に従って狂天使が地面に落下する。
だがそれでも飽き足らずに天使はとどめのように上半身と下半身を真っ二つにし、最後に縦に身体を両断した。
いくつもの小さな肉塊にわかれた狂天使の身体が血だまりに沈む。
だけどまだまだ殺戮は続いた。
まるで鬼神のごとき気迫だった。
これが本当に天使なのか。
天使は腕を持ち上げ、何度も肉塊に剣を叩き込む。
その度に大地が震え、空気が吹き荒れた。
ミカリアは何も言えない。
ただその光景を呆然と見詰めるしかなかった。
金縛りにあったように身体が少しも動かない。
その天使は咆哮した。
獣よりも野性的なそれはまるで悪魔の咆哮に聞こえた。
いや、悪魔そのものなのかもしれない。
そうしてどれだけ経っただろうか。
いつの間にかその攻撃はやんでいた。
静寂が広場を包んでいる。
我に返ったミカリアは天使を見る。
今まで背中しか見えなかった天使はゆっくりとこちらに振り返った。
その顔が露となり、ミカリアは驚愕に息を呑む。
なぜならばその顔がルシフィアだったからだ。
「どうして……」
ミカリアはやっとの思いでそう尋ねた。
その声は無様に震えていた。
対するルシフィアは顔を俯ける。
そこにあの時感じた憎悪は無かった。
ただ今にも泣き出しそうな少女のように見えた。
「……ごめん」
どうして謝るのか、とミカリアは思う。
「放っておけなかった……目の前でなんの罪のない人達が殺されるのを見逃せなかった。本っ当、馬鹿だよね。私」
ミカリアは首を横に振った。
何故その行いが愚かなのか。
自分を顧みず、誰かを救ったのならばそれは尊い事ではないか。
ミカリアは親友の行いに涙する。
対するルシフィアはそんな友人に対して僅かに困った顔をした。
すると空から黄金の光が出現する。
ミカリアは唖然とした。
まさか彼らが来たというのか。
思わず後ずさりする。
その光の中から現れたのは数人の鎧を着た天使だった。
翼が6枚あるという事は熾天使か。
天使の中で一番階級が高い彼らに対抗するなど赤子が猛獣と闘うに等しい。
ミカリアは思わずへたりこむ。
対するルシフィアは最初から覚悟していたように少しも動揺しなかった。
熾天使は何も言わずルシフィアを拘束すると光の柱に入っていく。
ミカリアが止める暇も与えず彼らは天界に登っていった。
このままではルシフィアが危ない、と我に返ったミカリアは慌てて彼らを追う。
おそらく審問はすぐに行われるだろう。
悪しきを許さない彼らは少しの猶予も与えない筈だ。
「――以上より権天使ルシフィアを無断で同類殺しを行った重罪人として下界に人間として転生する」
案の定、彼女が天界に戻った時には既に審問が始まっていた。
ミカリアは衛兵の制止を振り切って審問場に駆けこむ。
審問場が突然の乱入者にざわめく。
「静粛に」
審問長が言ったと同時、そのざわめきは一瞬で消える。
「一体何の用です、権天使ミカリア? 貴女の審問はルシフィアの後に行う筈ですが」
冷徹な目がミカリアを射抜く。
しかし彼女は怖気づかなかった。
「待って下さい審問長! 彼女に罪は――」
「良いよミカリア」
ミカリアの訴えを遮ったのは誰でも無いルシフィアだった。
その目は何も言うな、とミカリアに伝える。
ミカリアは何も言えなかった。
そうして審問が終わるとすぐにルシフィアは奥の階段に連れて行かれる。
そこにあるのは殆ど使われる事のなかった執行場だった筈だ。
やはり彼等はすぐにルシフィアを転生させる気のようだ。
ミカリアは審問長に彼女の最期を見届けたいと訴えた。
駄目もとだったのだがせめてもの情けとして了承される。
ミカリアも数人の衛兵と共に執行場へ向かう。
長い螺旋階段を下りた場所にそれはあった。
証明は松明のみで薄暗い。
中央に人1人が乗れる大きさの円筒があり、そこに向けて槍を突き出すようだ。
これから「死」が訪れるルシフィアの顔に恐怖はない。
ミカリアは彼女の名前を呼んだ。
それが聞こえたのかルシフィアはミカリアの方を見て何かを言った。
その声は聞こえなかった。
そしてルシフィアが円筒の上に立つ。
審問長が執行、とだけ言った。
するとあらゆる方向から無数の槍が一斉に突き出される。
ミカリアは叫んだ。
しかしルシフィアは何も言わず倒れたまま少しも動かなかった。
「ルシフィア……?」
ミカリアが呆然とその名前を呼ぶ。
やはりルシフィアの身体はほんの少しも動かなかった。
×
「気付きましたか?」
優しい声。
アレイシアはゆっくりと瞑っていた目を開く。
教会の屋根は吹き飛んで、満月と星が見えていた。
あれほどの死闘が嘘だったかのように静寂があたりを包んでいる。
正座の大三角形が見えるな、とアレイシアは空を見て思う。
そうしてゆっくりと上半身を起き上がらせた。
誰かが顔を覗きこんでいる。
アレイシアは首を傍らの修道女に向けた。
全身傷だらけだった。
しかし目立つものはない。
「生きてたか……」
思わず苦笑する。
本気で放った一撃すら防がれてしまった。
どうやら知らないうちに彼女はかなり努力していたようだ。
先ほどまで抱いていた執念はもう無かった。
まるで憑きものが落ちたかのようだ。
清々しい気分だった。
するとアレイシアの身体を何かが包んだ。
それはマリーだった。
温かい、とアレイシアは思う。
懐かしい気持ちだった。
あの頃はなんだかんだで楽しかった。
それを壊したのは自分だけれど。
「許してくれるの?」
アレイシアはマリーに尋ねる。
それは愚問だという自覚がある。
答えはわかっているではないか。
「許さないのでずっと一緒に居てください」
困ったな、とアレイシアは思う。
しかし嫌な気持ちは少しも無かった。
寧ろ安堵があった。
「もう離しませんよ」
マリーは言う。
そこには強い思いが宿っていた。
それだけ自分が彼女を苦しめていたのか、とアレイシアの胸が僅かに痛む。
そうして彼女の耳に小さな嗚咽が聞こえた。
アレイシアは何も言わずただ彼女の身体を抱き締めた。
「あの時何て言ったんですか?」
マリーが耳元で尋ねる。
アレイシアは思い出す。
彼女が訊いているのはやはりあの時の言葉だろうか。
アレイシアは当り前のように言う。
「大好き」
アレイシアは微笑んだ。
自分でも内心驚いているくらいだ。
これからは生きていこう。
友達と一緒に。
そう思えたから。