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妖術夢想  作者: 四畳半
7/11

第6章「天照ス紅キ焔」

 次の日。

 理由はよくわからないがなんか突入しようという話になった。

 まさかまたここに来る事になろうとは。

 僕は苦虫を噛み潰したような顔をして前を睨みつけた。

 勿論その場所というのは一連の事件の中心となっているあの寂れた住宅街だ。

 やはり気温は不自然に低く、今日も靄がかっている。

 学校に帰ってきてからすぐにここにやってきた。(因みに嫉妬に狂った3人は阿形と吽形が携帯ゲーム機で対戦して奴らの気を引く事でどうにかなった。割と単純な奴らだと思う)

 ちなみに現在のパーティーは僕、蓮華、祀の3人だ。

 ルーは呪いの濃度が高いらしいこの場所に来てしまうとどんな影響が出るかはわからないという事で現在は天光神社で阿形と吽形に保護されている。

 ……まぁどうせあの2人の事だしパーティーゲームとかやっているんだろうなぁ、とは思う。

 協力プレイならばともかく対戦プレイはやめて欲しい。多分あの2人には勝てないと思うし。

「ここを浄化すれば街の呪いもまとめて消え去ると思います」

 とは祀の談。

 彼女はいつもの変わった巫女装束を着て本気モードである。

 しかしいつも思うのだがどうしてあんな大量の符がこの巫女服のポケットに収まるのか。

 四次元的なアレかとは思うがまぁヘンな術でも使っているに違いない。

「しかしいつ来ても不気味ですね……祀さんには感服します」

「先代の方々が偉大だったからですよ」

 蓮華もやはり黒の尼装束を纏っている。

 神道と仏教という異色コラボだがやはり宗教的な隔たりは2人からは感じなかった。

 彼女達にとっては人を救う為の手段が微妙に違うというだけだから構わないのだろう。

 これが一神教と多神教の違いだろうか、と考える。

 しかしあの教会で会ったマリーも信仰にそこまでこだわりは無かったな、と思い出す。

 何はともあれ日本がこういうのに寛容でつくづく良かったと思う。

「ではあの塔に向かいましょうか」

 祀の言葉に僕達は黙って頷く。

 寂れた住宅街の中心には寂れた塔が立っている。

 僕達は慎重に歩きながら灰色の巨塔に向かった。

 そして塔の下の人間大の窪みができた地面には大きな血痕が残っていた。

 目を凝らすと脳漿とか白っぽいピンク色のぶよぶよしたものが至る所に飛び散っている。

 僕は無意識に脳内モザイクフィルターを掛けるとそれを見なかった事にした。

 まぁあんな高さだしああなっているのが普通なんだけどさぁ……なんだかなぁ。

 そんな情けない僕とは対照的に2人とも平然としていた。

 これが素人とプロの違いかぁ、と僕は遠い目をする。

 しかし良く見ると両者とも顔色が優れなかった。

 ああ我慢していたのか。

 僕は2人に温かい目を向けた。

「しかし大層な塔なのですね。コトリバコの術者が使用したものらしいですが……強いですね」

「やはり呪いですか?」

「はい。塔の頂辺てっぺんが異常ですね。よく夜行が発狂しなかったと感心するくらいです」

「え……?」

 そんなにヤバかったのかここ。

 僕はブルブルと震える。

 某コズミックホラーのごとく狂気と破滅に終わるかもしれなかったなんて恐ろしい。

 微妙にショックを受けた僕はなんとか立ち直ると2人にこれからどうするのか尋ねた。

「で、これからどうするのさ? 呪いの浄化とかなんとかとか言ってたけど」

「大掛かりな呪いには大掛かりな浄化ですが……時間が掛かりそうですね。蓮華さんの協力もあればかなり短縮できそうですが」

「私も頑張ってみます」

 そうして握手する両者。

 あれ、僕っていらない子じゃない?

 まぁ僕にだってできる事の一つや二つくらいあるさ。

 ……具体的なのが何一つ思いつかないけど。

「――では始めましょう」

 祀がそう言ったと同時に符が一気に展開した。

 見えない糸で繋がっているかのように浮遊し、一切の乱れなく規則的に並んでいるそれはポツポツと順番に炎を灯し始めた。

 すると符は意思を持っているかのように飛び、巨大な塔を囲んでいく。

 ……絶対にあの符1000枚以上はあるぞ。

 僕は気にしたら負けだ、と思い直す。

 そして符の光は伸びていき、大きな結界を作り出していく。

 まるで炎に包まれているかのようだ。

 オレンジ色の光は灰色の住宅街を僅かに色づける。

 まるで街に大きな火柱が生まれたかのようにも見えた。

「私は外側から浄めるので蓮華さんは内側を頼みます」

「了解です」

 蓮華は躊躇なく見るからに熱そうな塔に近づいていく。

 どうやって入るんだ、と僕は首を傾げた。

 完全に塔は炎に包まれていて入れそうな隙間なんてどこにも空いていないぞ。

 しかし彼女は少しも逡巡せずに塔の中に入っていった。

 ……ええええええ!?

 僕はあんぐりと口を開けた。

 死ぬ気か、と驚愕したが彼女が燃えている気配は無い。

 あれ、どうなっているんだ。

 僕は祀に目を向けるが彼女は燃やすのに集中しているようでこちらに気付いていない。

 僕は恐る恐る炎に手を近付けた。

 しかし熱さは少しも感じない。

 まるで立体映像に触れているような気分だ。

 もしかしたらこの炎はイメージ的な何かなのかもしれない。

 僕は意を決すると塔の中に突入する。

 眩しい以外に何も感じなかった。

「付いて来たのですか?」

「いや、いきなり炎の中に入っていくもんだから」

「頼まれたのだから行きますよ。まぁ、一度入ったとはいえ気を付けてくださいね。今度も安全だとは言えませんから」

 僕は蓮華の言葉に頷く。

 そうして彼女は僕から視線を外すと階段を上り始めた。

 僕も彼女の背中を追う。

「最後に生まれた残りカスとはいえ膨大なものですね……あの術式を完成させ、実行に移した者は恐ろしい……」

 蓮華が忌々しく呟いた。

 やはり当時の術者はかなりの手練だったようだ。

 そしてそれだけ追い詰められていた。

 まぁ身勝手な話であり、傍迷惑な奴だった。

 そいつの下らないプライドのせいで何世紀も経った今がこんな被害を被っているのだから。

「到着ですね」

 僕と蓮華は螺旋階段を上りきり、頂辺に足を踏み入れる。

 そこに広がっているのはやはりなんの味気もない退廃的な景色だった。

 風がごうごうと吹き、僕の髪を弄ぶ。

「それでは始めましょうか」

 蓮華は懐から数珠を取り出し、握っていた錫杖を地面に建てる。

 一瞬にして空気が変わる。

 まるでこの空間が聖域に変わったかのように。

 荘厳な空気で僕は何も言えない。

 雰囲気が変わった彼女は唇を動かす。

本地仏ほんじぶつ大日如来だいにちにょらい……万物を総該そうがいした無限宇宙の全一よ、全てを包容するその慈悲の心をもって虚空を満たせ、『招杜羅大将しょうとらたいしょう』」

 虚空に亀裂が走り、そこから眩い黄金の光が洩れ出す。

 僕は目を細めた。

 そこから何かが顕現する。

 蓮華座に座するのは印契の一つ、智拳印を作る男。

 テンプレな忍者が術を使う際に作るあの手の形だ。

 大日如来は黄金に輝く円環を背負っていた。

 まるで太陽を神格化したような姿。

 無限宇宙に普遍している超越者であり、万物と共に存在している内在者でもある彼にとって特定の場所に現れるという事はそれだけの意味を持つ。

『――で、何をすれば良い?』

 彼は開口一番にそう僕達に尋ねた。

 すごく理解が早くて助かった。

 というか普賢菩薩といい彼といい中々親しみが持てる人だ。

 悟りを開いている時点で常に賢者モードだから友達になりたいか、と訊かれれば遠慮するけど。

「応えて下さり感謝します。ええとですね、この一帯にある邪気を纏めて宇宙全域に拡散していただきたく」

『――了解した』

 そう答えた大日如来が光に包まれる。

 そしてそのシルエットが変わっていく。

 全身に甲冑を装着し、宝塔を右手に握った姿――『招杜羅大将』となる。

 そして彼は持っている宝塔を地面に立てると、それに手をかざした。

 すると宝塔が金色に輝き、塔全体から黒い瘴気がにじみ出てきた。

 いや、塔だけではない。

 この住宅街、いやおそらくそれ以上の広い場所から負のエネルギーが集まっている。

『――それではこれより全域に拡散する。須臾しゅゆとも呼べない程の時間で消えるであろう』

 瘴気を吸い込む宝塔の先端から何かが吹き出た。

 それは光線のように天に向かって伸び、厚い雲を切り裂く。

 黒い線が天に伸びているようだ。

 それはどこまでも続いていく。

 しかしやがてその黒い線は消えていった。

 彼が言った通り、宇宙全域に拡散したのだろう。

 そして全て消えていった。

『――それでは私は帰るぞ』

「ありがとうございました」

 蓮華が深々とお辞儀をする。

 一応僕も会釈程度に頭を下げた。

 鎧を解除し、大日如来としての姿に戻った彼はこちらに爽やかな笑顔を向けると蓮華座に座って空間の亀裂に消えた。

 そして亀裂はすぐに閉じていく。

 あの亀裂ってどこに繋がっているんだろうか。

 多分浄土的な場所だろうが行くと死ぬんだろうな、と思う。

 そういう点から考えると肉体を仮死状態にさせて精神だけで霊界を観光するツアーって中々冒険しているよなと思った。

「これで終わったのか?」

「はい、おそらくは」

 確かになんだか前の雰囲気と違っている。

 あれ程寒いと感じた気温も涼しい程度には感じられるようになったし、霧も晴れている。

 雲も裂け目がだんだんと広がっていき、そこから太陽光が差し込んでいる。

 僕は安堵の溜息を吐いた。

 何はともあれこれで解決か。

 短かったようで長かった。

 あとは帰るだけだ。

 そうして僕が蓮華に話しかけようとした時だった。

 地響きが僕達を揺らした。

 それと同時に凄まじい音。

 僕達は何事か、と塔の下を覗き見る。

 目に飛び込んできたのは巨大な何かと対峙している祀の姿だった。

「何だ!? どうしてあんなのがいきなり」

「見たところゴーレムみたいですね。現在程精巧なものではありませんが危機的状況です、急ぎましょう」

 すると蓮華は塔の頂辺から身を乗り出し、なんとそこから飛び降りてしまった。

 ええええ!?

 僕が止める暇もなく彼女の姿は消える。

 慌てて下を見ると彼女はゆっくりと等速に落下し、一切の乱れなく華麗に着地していた。

 術って便利だな畜生!

 本気モードになれば出来そうだがやはり実行しようとは思わない。

 小心者の僕は取り敢えず階段を使って現場に急ぐ事にした。

 しかし階段を駆け下りている途中、ゴーレムが塔に何かしたのか凄まじい揺れが生じた。

 これには僕も対応できない。

 あっさりと地面から足が離れ、僕は塔の中心、つまり螺旋階段を作る上で生まれる大きな穴に落下する。

 ちょっ、死ぬ。

 僕は慌てて能力を解放し、体勢を立て直すと地面に向けて影物質を伸ばして足場を生み出した。

 そして幾つもそれを生み出し、一気に下に降りていく。

 そうしてやっと僕は転がるようにして塔から出た。

 全然生きた心地がしなかった。

 僕はすぐさま立ち上がり、相手を見る。

 ゴーレムはやはりメジャーな姿をしていて、全身がブロックでできたような単純な外見をしていた。

 現在多く見られるゴーレムというのは多くが外見に人との違いがなく、人格も持っている。

 感情は乏しいとはいえ全く存在していないという訳ではない。

 この場合、大した技術を持っていないカバラの術師が生み出したか、それとも昔の発展途上の魔術師が生み出したものかのどちらかだ。

 どちらにしろ攻撃方法は身体の質量を用いた攻撃しか無いので対応は簡単だが攻撃が命中すると即死だ。

 故に油断はできない相手――だと僕は学校の授業で習った事を思い出す。

 確か担任の仙華シェンファは仙術を使い、大人気ないとも言える程の力量差で生徒の生み出したゴーレムを実技授業と称して叩き潰して瓦礫の山に変えていたがここで彼女が登場する訳がない。

 しかしここには祀と蓮華というプロ2人が居るので大丈夫だと思いたいが油断はできない。

 僕も乱戦に参加した。

 『セーフェル・イェツィラー』というゴーレムのメイキングが載っている初心者御用達で有名な本があるのだが、このゴーレムは明らかにそれで作れるもの以下だ。

 安全装置として刻まれているのが普通である『emeth』の刻印がどこにも見られない。

 故意なのか知らないがこれは面倒だった。

 対策として僕達はこのゴーレムを直接粉々にしなければいけない。

 単にバラバラにするだけでは再び瓦礫が集まって身体を再生するからだ。

 故にここでは攻撃を数多く当てるというより一撃で相手を粉砕するような絶大な火力が必要となる。

 どうして今ここでこんなのが現れたのかは知らないが早く倒さなければならない。

 僕は右手に意識を集中させ、天満月を構成させる。

 今度は魔力の飽和など起きていないのでなんの問題なく生まれる。

 僕は柄を握り、刃に影物質を纏わせ、リーチを長くした。

 そうして僕は我武者羅に鈍重な腕を振り回しているゴーレムの足目掛けて天満月を横薙ぎに振るう。

 鋭い刃は力を込めずとも容易く硬い岩を切り裂いていく。

 そうして片足を失い、バランスを崩したゴーレムは地面に仰向けに倒れた。

 局地的な地震が発生する。

 それに伴って瓦礫も幾つか飛んできた。

 僕達はそれを容易くはたき落す。

 祀が符を何枚も展開し、大幣を振るう。

 符は炎を纏い、ゴーレムの身体を焼き切っていく。

 大幣は爆炎を起こし、倒れたゴーレムの胸を吹き飛ばした。

 しかしそれよりも再生する速度の方が早い。

 ゴーレムは短時間で壊れた部位を修復させると勢い良く立ち上がった。

 両足が地面に着き、再び大きな揺れ。

 僕達はまともに動けなくなる。

「中々しぶといですね……」

 蓮華は苦々しく呟く。

 僕もその言葉に同意する。

 案外一筋縄でいかないなコイツ。

 僕は天満月を構え直した。

「今は叩くしかない……」

 僕はゴーレムとの距離を一気に詰める。

 対するゴーレムは機械的に僕に反応するとこちら目掛けて足を踏み落とした。

 しかし鈍重な一撃だ。

 僕は影物質の壁を展開し、その足を防ぐ。

 僅かに影物質が軋む。

 そしてその隙を狙って僕は影の弾丸を複数生み出し、それをゴーレム目掛けて発射する。

 一撃にコンクリートの塊を破壊する程の一撃を秘めた弾丸はゴーレムの身体に穴を開けていく。

 しかしそれは次の瞬間には塞がっていた。

 僕は呻く。

 この再生速度はチートだろう……。

 なんだか折れそうだった。

 僕はゴーレムの顔を睨みつける。

 のっぺらぼうの顔は僕達を嘲笑っているように見えた。

「これならどうでしょうか……」

 蓮華は錫杖を地面に突き立てる。

 すると睡蓮の陣が杖を中心に展開される。

 金色に光るそれから現れるのは莫大な光。 

 それは紫電だった。

 完全に動きを制御されているのか雷は変な方向には飛ばず、一直線にゴーレム目掛けて飛んだ。

 爆音と大きな爆発。

 僕は耳を塞ぎ、粉塵の向こうに存在するゴーレムを見詰める。

 倒せたか……?

 風が吹き、粉塵のカーテンは取り払われる。

 しかしゴーレムは立っていた。

 胸には赤く焼けた穴がぽっかりと空いているがそれもやがて綺麗に修復されていく。

 攻撃してもキリがない。

「駄目ですか……」

 蓮華が悔しそうに呟いた。

 他にどうしろと言うのだろうか。

 僕達に段々と絶望感が募っていく。

 しかし諦めれば死が訪れる。

 逃げてもこのゴーレムは僕達が死ぬまで追う事だろう。

 増援を呼ぼうかと思ったが携帯は圏外だったのを思い出す。

 つまり八方塞がり。

 僕は天満月に力を込める。

 やはり一撃必殺の攻撃をブチ込むしかないか。

「2人とも、何かあいつに大ダメージを与えられそうな攻撃はない?」

 僕は大声で尋ねる。

 こちらを見た2人は難しい顔をして考え込んだ。

 やはり期待できないか……

 僕は諦めかける。

 しかし答えは違っていた。

「あるにはありますが……失敗した場合はもう後がありませんよ? 残っている符を全部使って発動できる術ですので」

「こちらも十二神将のうちの1体だけならギリギリ召喚べそうです。今日で既に一体召喚しているのでわかりませんがやってみます」

「僕が影物質を使ってゴーレムを包むから2人は影物質の中に攻撃をブチ込んじゃって。それなら流石のゴーレムも一気に破壊できるだろうから」

 2人とも首を縦に振るが言い出した僕が一番自信が無かった。

 これを成功させる為には影物質の耐久度の高さがネックなのだが果たして耐えられるだろうか。

 とはいえやるしかない。

 2人とも準備万端だ。

 僕はゴーレムに再び視線を向ける。

 ゴーレムはこちらにパンチを繰り出した。

 やはり作戦というのは簡単に上手くいかない。

 僕は再び弾丸を生み出し、それを出されたゴーレムの手を狙って発射した。

 ゴーレムの手は粉砕し、瓦礫が降り注ぐ。

 しかし落下した瓦礫は時間が巻き戻るようにぴったりと元に戻った。

 なんだか前よりも再生速度が早くなっている気がする。

 もしかしたら時間が経つにつれて早くなるとかないよな?

「これ早くなっていますね……」

 祀が重々しく言った。

 やっぱりなってるのかよ。

 僕は嘆息する。

 しかし打ちひしがれている場合じゃない。

 僕はなんとか気を取り直して天満月を構えた。

 そうして影物質を一気に生み出した。

 今まで出した事の無い量。

 それはまるで津波のようにゴーレムに襲い掛かる。

 ゴーレムは一瞬にして飲み込まれた。

 これでいけるか?

 僕は唾を飲む。

 しかしゴーレムは抵抗の攻撃を始める。

 パンチが繰り出される度に影物質がひしゃげているのが見て取れた。

 このままじゃまずい。

 多分1分も保たないだろう。

 そうこうしている間にゴーレムは早くも影物質を太い指で貫き、引き裂いて切り裂こうとしていた。

 僕は2人にアイコンタクトをする。

 祀と蓮華は頷いた。

「――天照紅焔アマテラスアカキホムラ

 祀の身体が僅かに光り輝く。

 そして展開されるのは膨大な符。

 それは燃え盛り、一本の大剣を形作る。

 40メートルはありそうだ。

 その紅い炎は天を照らす。

 熱風と光はとてつもない。

 祀はそれを僕が攻撃を当てる為に開けた隙間に叩き込む。

「――本地仏は大威徳明王だいいとくみょうおう……悪鬼を教え導け、法を守護せよ、『摩虎羅大将まこらたいしょう』」

 空間を切り裂き、現れるのは6の仮面と6脚を持った蓮華座に座る男。

 その表情は悪鬼羅刹という言葉が相応しい程に険しく、荒々しさを感じさせる。

 大威徳明王はすぐさま現状を把握し、甲冑を装着して摩虎羅大将となると握っている宝棒を構えた。

「お願いします、その力で悪しき存在を正して下さい」

『――聞き入れた』

 それだけ答えると摩虎羅大将は宝棒を炎の大剣と共に叩き込んだ。

 こちらも感じる凄まじい衝撃。

 それらは莫大な力となってゴーレムを呑み込んだ。

 僕達は腕で顔を庇う。

 大きな爆発が生じた。

 それは大きな爆発音と爆風を伴って地面を揺らし、僕達を吹き飛ばす。

 暫くして目を開けると大きなクレーターができていた。

 家は何軒も吹き飛び、塔はごっそりと消失し、大きな瓦礫の山に変わっていた。

 摩虎羅大将はポリポリと頭を掻き、

「やりすぎたな……」

 それだけ言うと蓮華座に座ってすぐに消えてしまった。

 僕達はゆっくりと立ち上がる。

「なんとか倒せましたね……」

 蓮華がどこか放心したように言った。

 僕も祀も黙って首肯する。

 なんとか生き残る事ができた。

 僕は安心の溜息を吐くと深呼吸する。

 なんだか空気が美味しく感じた。

「でもあれは何だったのでしょうか……」

 祀が難しい顔をして言った。

 タイミング的には浄化が完了してからだった。

 偶然ではなく故意なものだろう。

 ならば一体なぜあんなものが出てきたのか。

 僕は考えるがやはりそれらしい理由は思いつかない。

「もしかしたら『悪魔の子が居る家』で出てきたという『異形の化け物』ではないでしょうか」

 蓮華がボソリと言った。

「だとしても今更どうして出てきたんだ?」

「おそらく今まで誰もここに寄り付かなかったからではないでしょうか。このような自律系システムが組み込まれたゴーレムの類は役目が無いと判断した場合、その活動を停止します。おそらく今までこの地域に充満していた呪いが一気に浄化された事で、それを異変だと判断して目覚めた……という事だと思います」

 地面の下に埋まっている間にemethの刻印も消えたのでしょうね、と彼女は付け加えた。

 確かにそれなら納得がいく。

 それにしてもあのゴーレム、あまりに強すぎた。

 製作者はかなりの手練に違いない。

 そんな人間に遭わなくて良かった、とつくづく思う。

「あれ、念写でメッセージが来てます」

 祀が懐からサポート系の符を取り出す。

 攻撃系は全て消費したがこちらの方は残っていたようだ。

 彼女はそれに視線を落す。

 すると祀の顔色がだんだんと悪くなっていった。

「……これは大変な事になりました」

「どういう事だ?」

 祀の声と手は若干震えているように見えた。

 彼女がこんなに動揺するとは珍しい。

 そういえば虫が苦手だったな、と思い出す。

 ゴキブリが出現した時はいつも僕が相手にさせられていた。

 今ではゴキブリ殺しコックローチキラーの異名を持っており、対昆虫戦では多大な戦果を上げている。

 しかしそれ以外ではあまり驚かない彼女だが何があったのだろうか。

 僕と蓮華もその符を見詰める。

 電話ではなく念写だというのはやはり電波が届かなかったからだろうか。

 僕はそれに目を凝らす。

 文は一行だけ。

 明朝体で味気のない文章だ。

 それを理解した僕は息を呑む。

 そこには焼いたような文字でこう書かれていた。

『ルーが拉致された(阿形)』


   ×


 僕達は急いで天光神社に駆けつけた。

 長い階段が鬱陶しい。

 僕は何段も飛ばしながら駆け登っていく。

 そして鳥居が見え始め、神社の姿が露になった。

 ほんの数ヶ月前に修繕したばかりだというのに屋根には大穴が開き、とんでもない惨状となっている。

 僕達は慌てて中に入った。

 玄関の戸も吹き飛んでいる。

 神社の中もひどいものだった。

 至る所に瓦礫が散らばっており、破壊されたというよりも工事で取り壊しをしているという表現の方が近いかもしれない。

 取り敢えず僕らは2人の姿を捜す。

「ふにゃぁ……」

「くぅん……」

 どこからか弱々しい猫と犬みたいな鳴き声が聞こえた。

 間違いない、あの2人だ。

 声がしたと思われる場所に進んでいくと案の定、阿形と吽形がのびていた。

 目立った傷は見受けられないが、疲労困憊しているのが見てわかる。

 祀と蓮華は2人の看護をした。

 ひとまず事情を聞くよりも2人の治療が大事だ。

 傷自体は大した事はないので祀が符を使うとすぐに治った。

 しかし阿形と吽形の顔は優れない。

 やはり責任を感じているのだろうか。

「一体何があったんだ? ルーが拉致されたっていう話だったけど……」

 取り敢えず僕は2人にそう尋ねる。

 それには阿形が答えた。

「……あれはワタシたちが『ミニまる子ちゃん おこづかい大作戦!・移植版』をプレイしていた時の事だったにゃ……」

 阿形が重々しく告げる。

 そのゲームは国民的アニメを元々携帯機で発売していたものであり、後になって据え置き版が発売されたのだが低年齢対象とは思えない程運要素が強く、涙を飲んで挫折したプレイヤーも多いだろう。

 それはさておき阿形が言った事を要約するとこういう事だった。

 阿形、吽形、ルーの3人で移植版の新要素パーティーモードで『チンチロリン』をプレイしていた。

 3人とも力は拮抗しており、運ゲーであるにも拘らず中々勝敗がつかない。

 どうやらスコアの差で勝敗を決めていたようだ。

 そしてプレイしてから2時間程経過した頃、大きな物音がしたという。

 見ると黒いハットに黒いゴシック風のドレスと見るからに魔女っぽい金髪の娘が居たとの事。

 そこに駆け付けて事情を聞こうとした時に攻撃されたという。

 そんな訳で戦闘を開始したのだがあまりにも相手は強く、あっさりとこてんぱんに返り討ちにされたらしい。

 気を失い、そうして目を醒ますとそこにはルーが居なかったという。

「わたし達は無力だわん……」

 しょんぼりと吽形が言った。

 祀と蓮華は励ますがやはり意気消沈したままだった。

 僕は彼女の話を思い返す。

 黒ずくめで金髪の女と聞くとやはりあの少女しか思い付かない。

 しかし何故ルーを攫ったんだ?

 彼女の目的は自分が死ぬ事だった筈。

 それを成就するのにどうしてルーが必要なんだ?

 僕は彼女の言っていた事を思い返す。

『――この世界はもう飽きたのよ。何百年も眠らされてね』

『――まぁ良いや。他の方法を探す事にする。元凶を殺せば良いのかなぁ……』

 もしかしてルーを元凶とでも言いたいのか。

 しかし彼女の正体がわからない。

 アイツは自分を悪魔で吸血鬼な魔女とか言っていたが……。

 何はともあれ彼女を探すしかない。

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