終章「魔女の旅立ちは日の出と共に」
「で、これっていつの間に終わったんだ?」
目が覚めた僕はすぐにアレイシアに食ってかかった。
しかしアレイシアはたやすくそれを受け流す。
「すぐさっき」
「じゃあどうしてマリーが全身真っ赤で息を荒げてるの?」
ちょっと気になった事を尋ねる。
ストレートに言うならエロい。
例えるなら……そう、事後。
汗ぐっしょりで彼女は眠っている。
「子供は知らなくて良いの」
「やっぱりそうじゃないか……!」
朝日の差し込む教会で僕は絶叫した。
畜生参加しなくても良いから見ておけば良かった。
僕は悔しさにごろごろと泣きながら教会の地面を転がる。
「……まぁネタバレすると本当は術の使いすぎでちょっと熱が出てるだけよ。私は特に何も手を出してないわ」
「……」
僕は何も言わず、ジト目でアレイシアを見た。
なんだろう、それでも胸に残るこのモヤモヤは。
悔し損という訳ではないがそれはそれで残念だ。
確かにあれ程傷付いていた教会の中は綺麗に修復されている。
マリー1人でやったのならかなりの体力を消耗するだろう。
ならば熱が出ても……おかしくはない。
その後アレイシアからある程度事情を聞いた。
かなり面倒な話だったんだな、と思う。
とはいえ誰も死なないで良かった。
今思えば彼女は最初からルーに危害を与えるつもりなんて無かったではないか。
一体何があったのか知らないがアレイシアも生きようと思い始めたようだしめでたしって事で良いのかもしれない。
「……あれ、何か重大な事があった気が……」
僕がそう言うとアレイシアはダッシュで教会を出ていく。
そうだ、こいつは盛大に神社を壊したという罪が……!
僕が追おうと駆けだした時には既にアレイシアの姿は消えていた。
慌てて外に出て周囲を見回すがどこにも彼女の姿は見当たらない。
逃げ足の速い奴だ、と僕は舌打ちする。
僕は嘆息すると取り敢えず教会に戻った。
そして長椅子の上で眠っているマリーの上に傍らにあった毛布を掛ける。
僕が眠っている間に頑張ってくれたのだろう。
マリーが起きない様に小さな声でありがとう、と伝えた。
そうして未だ十字架に掛けられているルーを僕は下ろした。
彼女もすやすやと穏やかに寝息を立てているがこんな状況で良く熟睡できるな、と僕は呆れを通り越して感心する。
まぁ、早く帰るか。
僕はルーの肩を優しく叩く。
するとゆっくりとルーが閉じていた瞼を上げた。
「ここは……?」
「教会だよ」
「ええと……どうしてこんな所に?」
「攫われたんだよ。で、僕が助けに来た」
「すみません、ありがとうございますっ!」
僕達はひとまず外に出る事にした。
携帯電話で時間を確認すると朝の5時。
かなりの間眠っていたようだ。
とはいえ早起きは気持ちが良い、と僕は思う。
朝日を浴びて僕は伸びをした。
「私の『呪い』ってどう思いますか? なんの為にあるのでしょうか」
空を見上げて目を細めていた僕にルーがそんな事を尋ねた。
『呪い』ねぇ。
どう答えれば良いんだろうか。
かといって尋ねられた事に答えないのは失礼だろう。
わざわざ好感度を下げるような真似はメリットがない。
ルーも迷っているようだしこちらの考えを1つでも言っておくか。
「忘れない為じゃないか?」
「忘れない為……?」
「うん、過去を風化させないようにさ。あの街みたいに」
僕は思い返す。
あの名前の知らない場所。
人の消え去ったあの街の事を一体どれだけの人が知っているのだろうか。
そして歴史を把握している人も。
それらは時が忘却を早めるだろう。
ならばルーの呪いとはそれを少しでも人々の記憶に留める為にあるのかもしれない。
アレイシアも己の過去を僕に話した。
どうやら『継接ぎの狂天使』もそれと同じなのかもしれない。
自分が犯した過ちを忘れない為に、敢えて作りだしたもの。
それはもしかしたらルーを傷付ける言葉かもしれなかった。
「いえ、少し誇りが持てました」
ルーはにっこりと微笑んだ。
「私、今まで不幸だとか思っていたんです。どうして先祖が悪いのに私がこんな目に遭わなければいけないんだろうって。でも夜行さんにそう言われたら意味があったんだ、って思えて嬉しいです」
「……そっか」
そうして僕はルーと別れる。
1人残された僕はようやく大きな欠伸をした。
忙しかったなぁ……。
もとはといえば僕がコトリバコを発見したからこそ起きた事件だったがまぁこれでアレイシアとマリーが逢えたのなら良いか、とポジティブに持っていく。
そして僕は神社に帰った。
さて、これじゃ修理の為にまた家計が圧迫されるな、と暗澹たる気持ちになっていたのだが予想に反して神社はどこも壊れていなかった。
僕は己の目を疑い、何度も目を擦って見直すが穴も亀裂も見当たらない。
何時の間に? と首を傾げたが周囲を見回すといつの間にか鳥居の上でアレイシアがこちらに手を振っていた。
どうやら僕がやってくるよりも早く終わらせたようだ。
「吸血鬼が太陽の光浴びて大丈夫なのか?」
「ちょっとくらいなら問題ないんだけどねー。夏場だと日傘必須」
彼女は僕に傘を見せる。
僕は嘆息した。
「ほら帰って来たみたいだよ」
するとアレイシアが顎で僕の背後を示す。
見ると階段の下に祀達が居た。
「じゃあ私は帰るね」
「おう、元気で」
僕は取り敢えず手を振る。
アレイシアは鳥居から飛び降りると、風のように境内を去った。
その後クラスメイトや魅麗、朱音、照玖、貉那などが顔色を変えて僕に詰めよったりルーの捜索を続けていたらしい警察が山の中で偶然にもオーパーツを見付けたりするのだがそれは割愛しておく。
我ながら忙しい毎日だと思う。
しかしそれなりに充実した毎日かもな、と思った。