序章「曖昧な事実と明確な虚構」
夢想シリーズ第4段・妖術夢想です。
魔術メインのお話で、「呪い」を中心に物語が進んでいく予定です。
――僕は逃げる君を追い掛ける。だけどそれはいつしかカタチだけになっていたんだ。
×
魔術というのは迷信ではなく学問となっている。
かなり昔から研究されていた分野なので古臭いと敬遠する者まで出るくらいにはメジャーであり、学校の必修科目の一つと文部科学省が規定している。
魔術とは何なのか。
それには多くの答えがある故に完全な正解というものは存在しない。
悪魔と呼ばれた魔術師は『魔術とは意思に応じて変化を生じせしめる学にして術である」と定義した。
放浪の錬金術師は『魔術とは、自然の神秘的事象全てを解き明かす母』であると語った。
力を持たない人間には意思や欲求がどんな存在よりも強い。
だから人類はそれを叶える為の方法を現在でも探し続けている。
しかし魔術など無くても願望は簡単に叶えられる事を彼らは知った。
武力。
誰よりも強大な力を手に入れれば相手の財産を奪える。
政治。
誰よりも高い知性があれば世界を思うままにできる。
金。
誰よりも多くの資産を持てば何でもできる。
地位。
誰も手が届かない身分を獲得すれば邪魔は居ない。
魔術など人類が手に入れた数ある手段のひとつでしかない。
ただの学問に過ぎず、大それた事なんて何もできない。
しかしその歴史は何よりも長い。
人類の発生間もなくから魔術は生まれた。
それは姿を変えて科学の発展や人類の繁栄をもたらした。
占星術は天文学に。
錬金術は化学に。
ダウジングは地学に。
ヨーガなんてエクササイズである。
魔術がまだオカルトとして扱われていた時代、ニュートンが発見した万有引力の法則は目に見えない力だという理由からオカルトフォースだと批判された。
これらからわかる通り、魔術というのは科学のひとつであり、れっきとした学問だ。
しかし魔術は昔話にあるように誰もが簡単に使える夢の技術ではない。
火をつける魔術というのは簡単ゆえにメジャーだ。
しかしそれを使う為には守護天使や悪魔など、外界の存在との契約が必須であり、その上にそれぞれの魔術に設定された使用パスワードを詠唱しなければならない。
こんな面倒な手順を踏んだ結果生まれるのはマッチの火レベル。
上級者でやっとコンロの強火だ。
マジックアイテムやパワースポットなどの恩恵があれば災害級のものも出せない事はない。
しかしそれには時間も金も掛かる。
簡単に言えばそれを起こすほどの価値はないのだ。
火を出したいのならばマッチでもチャッカマンでもライターでも使えば良い。
そっちの方が簡単だし早いし確実だ。
火を強くしたければ火薬でもガソリンでも使えば良い。
しかし魔術というのは無駄が多い故にそれを洗練すべく研究した者が多く存在する。
魔術師という存在は多くのものを犠牲にして、割に合わない僅かな結果を手に入れた。
それが何度も繰り返されて今日の魔術がある。
結局、魔術とは何なのか。
それがただの法則だとは言えず、かといって荒唐無稽なオカルトとは断言できない。
そもそもの話、科学だって実体は怪しい。
ただ単に『それが一番納得できるから』という理由でそれらしく法則付けられているだけではないのか。
もしかしたら見えない法則が存在しているのではないか。
魔術というのはその典型であるのかもしれない。
見えるけど曖昧な法則そのもの。
本質は誰にもわからず、だけど誰もがそれを常識だと思い込んでいる。