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つるかめ、つるかめって厄払いの言葉だよね

「災難でしたねえ、あなたも私もあの彼女も」

 もう一人の柿沼さんは蓉子チャンの走っていった方角を見ながら呟いている。なんだか俺も脱力してしまい、「そうだね」なんて相づちを打っていた。

「有名な方の柿沼さん、はじめまして。といいますか、私、ドイツ語と日本芸能史の授業で一年の時から同じクラスです」

――全く知らなかった。一度も話したことがないと思う。

「教職の単位の授業でもご一緒してますねえ」

――あ、そうなんですか。存じ上げませんでしたよ。

 お座りになりませんか、というので俺たちは辛うじてぽやぽや生えている草の上に座って、桜を見上げた。

「おとりこみのところをお邪魔してしまって申し訳ない。彼女にもあとで謝っておいてください」

 飄々と柿沼(女)が歌うようにいうので、俺は気勢をそがれたまま「はあ」と答えた。どうも彼女の声には人間を弛緩させる作用があるようだ。

「一年の時から拝見しておりましたが、噂通り女性と次々にお付き合いをなさっているようで、いや実にうらやましい限りです」

「はあ」

「私はこの通り、地味で目立ちませんので、男性とお付き合いなぞというものはしたことがありませんので」

――それはよくわかる。彼女がここに寝ていたのも全く気づかなかったくらいだ。クラスの中でも目立つことなどせず、風景の一部になっているに違いない。しかし彼女の歌うような声はなんだか気持ちがいい。さっきまでのざわざわした気分がすうっと溶けていくようだ。

「ここで食後の昼寝をするのが楽しみでして」といいながら彼女は寝転がった。

――男の隣で寝そべる女は初めてだ(性的な意味抜きで)。そして全く性的な嫌らしさを感じさせない女も。

 俺が少なからず戸惑っていると、「よろしければあなたもどうぞ」というので、「はあ、それではお邪魔して」と俺も寝転がる。なんだかあれこれ考えるのが邪魔くさくなったのだ。

 ああ、いい気持ちだ。桜の花びらが顔にひらひらと舞い落ちてくる。もう桜の季節も終わりだ。どこか遠くで生徒のざわめきとともに、ツツッピーツツッピーという小鳥の鳴き声も聞こえてくる。あれは何という鳥なんだろう。いままで小鳥のさえずりなんて気にとめたこともないのに、そんなことを考えている自分に驚いていた。

「あれはシジュウカラでしょうかね」

 同じ事を考えている柿沼(女)にもびっくりした。心の声が聞こえたのかと思ったくらいだ。でも隣の女はぼおっと半分口を開けて散ってしまった桜を見上げたままだ。見事に風景に溶け込んでいる。

 この顔、何かに似ている。何だっけ。犬のぬいぐるみだ。色が白くて、顔が大きくて、目が小さくて、ぼおっとした。何ていうんだっけ。そう、

「リサとガス○ールだ」


 しまった。思わず声に出してしまった。女は小さな目をまんまるにして、こちらを見ている。俺は何といったものかと内心慌てていたが、女は顔をふにゃっと緩ませて笑った。

「ああ、白と黒のぽかんとした犬ですねえ。お好きなんですか?」

 特に返事を待つ風情でもなかったので俺も別に何も言わなかった。

「そういえば、今思いつきましたが、さっきの彼女はあなたに追いかけてきてほしかったのではありませんか?」

 女が首だけこちらを向いて言う。

「ああ。でも、今更だろう」

「まあ、そうですねえ」女は相変わらず緩んだ調子で答える。

 ツツッピーツツッピー、シジュウカラというのだろう鳥のさえずりが聞こえる。


「ここで寝ながら考えていたんですが」

 女がむくっと上半身を起こして話し始めた。頬に貼り付いていた桜の花びらがひらひらと落ちた。

「さっきの彼女にはあれでフラれたことになるんでしょうか?」

 うーん、なんて直球の質問。どうなんだろう。

「もう一息ってところじゃないか?」

 なんだか蓉子チャンが聞いたら怒りそうな会話が展開している気は、している。しているが、この場合ほかにどう言えばいいのか。

「いつでもいいんですが、あなたの手が空いたときにお付き合いしていただくわけにはまいりませんでしょうか?」

 この女一体何を言い出したんだ? そんな気持ちで上半身だけ起き上がった。女とまともに目が合う。

 ドクン

 なぜか心臓のあたりで小さな音が聞こえた。


 女は小さな丸い目をほんの少し見開いて話し出す。表情が全くないので、何を考えているのかよくわからない。

「お付き合いと言いましても、私じゃありませんよ。ご心配なく。学年一の美人と名高い彩華さやかさんとお付き合いしていただけたらと思いまして」

 そう言って彼女はほんの少し首をかしげたようだった。肩に届く辺りまで伸びている髪がかすかに揺れたから。

 それを見た瞬間、俺の手は俺の意思とは関わりなく、彼女の髪に向かって伸びていた。

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