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お猿の芝居でももうちょっとましだよね

 「桜がきれいだからお花見をしましょう」といわれ、俺は昼休みに指定された桜の下で彼女を待っていた。

 うちの大学は小高い丘の上にあり、校庭を取り囲むように桜の木やらどんぐりの木やらそのほか、名前も知らない木でいっぱいだ。デートの待ち合わせにお使いくださいとばかりに藤棚や花壇も整備された、使用者のニーズに合わせた作りになっていて大変望ましい。

 しかし今日の待ち合わせは校庭の外れである。見下ろせば、うっそうとした林が丘の下の商店街との境界線の役目を果たしている。

 人気スポットがたくさんあるのにこんな校庭の端っこまで来る学生もあまりおらず、かえってデートにはいいのかもしれない。

 二人同時に付き合うのは「二股をかける」ことだと学習したので、一人に承諾した後はお付き合いを解消されるまで他の人にはお断りを申し入れることにしている。「お付き合いしている人を優先したいから」と言えばたいていは引き下がってくれるし、「また次回に」と言っておけば別れた頃にもう一度立候補してきてくれる。そんなこんなで俺は中学からほとんど彼女が途切れたことがない。

 蓉子チャンが桜の下にやってきた。見上げると、花が散ってしまった後の茶色いガクが、みずみずしい新緑の勢いに押されて「散り遅れてごめんなさい」と形見狭そうに同居している。咲き誇った宴の後である。

「お花見にはちょっと遅かったですね」と蓉子チャンはもじもじこちらをうかがっている。別に花見がしたかったわけでもないので特にかまわないじゃないのかと思うのだが、なにかこだわりがあったらしい。

 蓉子チャンとは先月から付き合っている。「私のことは蓉子チャンと呼んでください」と言うからそう呼んでいる。名字は、聞いた気がするのだが思い出せない――。

 例によって女に振られた後すぐ申し込まれたのだ。前の彼女とはそれなりに深い関係だったのだが、いつの間にやら訳がわからないうちに振られてしまった。まあ仕方ない。いつものことだ。


 蓉子チャンが「作ってきました」と差し出す弁当を見れば、ニンジンが桜の型抜きしてあったり、桜の塩漬けがまぶしてあったり、桜でんぶが振りかけてあったり、これでもかというくらい手のこんだ献立だ。にこにこしながら期待に満ちた瞳で見つめてくる。

 ありがとうと受け取って食べ始めたが、蓉子チャンの様子がおかしい。箸を動かさずに眉間にしわを寄せて何事か考えているようだ。「桃色弁当」とでも名付ければ良かったのか。こんな時気の利いた会話が出てこないのが俺のデフォだ。

「どうしたの?」と陳腐に聞いてみると、思い詰めた表情でこちらを見上げてくる。

「千隼くん、私のこと本当に好きですか?」

 またか、と思いながら「好きだけど?」と答えておく。こういう質問の後はたいてい気まずくなる。

「じゃあ私の趣味って何かわかりますか?」

 こういう質問が一番困る。俺はあまり他人の趣味に関心がない。というか自分の趣味でさえ、特にない、のだ。

 高校の時に主将まで務めた剣道も大学ではすっぱり辞めた。それで別に寂しいということもない。好きな本、好きな映画といわれてもすぐには思いつかない。

 付き合うということは相手の趣味を知ることなのだろうか? 趣味、好きな食べ物、好きな映画。いちいち聞くのも面倒だし、覚えられない。だからデートの時にはいつだって相手の好きなものに合わせている。

 俺が黙っていると蓉子チャンが口火を切った。

「私、千隼くんのことわかりません」

 早くも涙のたまった瞳でうるうると見上げてくる。いかん、これは危険信号だ。俺は泣いている女を見ると回れ右して逃げ出したくなるのだ。

 今まで何度もこういう場面があった。一応付き合っているのだからそれなりに好意は示しているつもりだったのだが、女性からすると全然足りていないらしい。


 蓉子チャンは弁当箱を置いて茂みの方に向かって歩いて行く。向こうのちょっとした林を下っていくと駅前に出るはずだが、街との境界に柵があるのでやったことはない。緩やかな坂の手前で蓉子チャンは立ち止まった。

「好きになったら相手のこと知りたいと思うものでしょ? 私は知りたいです、千隼くんのことなんでも。どんな映画が好きなのかとか、女優さんでは誰が好きだとか、好きなスポーツはなにか、好きな食べ物はなんだろうとか。でも千隼くんは違うんですね。私にそういうことを全く教えてくれない」

 ――教えてくれないといわれても……、

 思い返してみれば、「特にない」とそっけなく返答した過去の自分を思い出した。

 俺はやはり男女交際には向いていない男なのかも知れない、今更だけど。断るのが面倒だから申し込まれたらすべてお付き合いしているのがだめなのかも。結局はいつもこうやって泣かせてしまう。

「こっちから付き合ってもらったんだからと思って我慢してたけど、私ってそんなに魅力ありませんか? 貴方の恋人にはなれないんでしょうか?」

 魅力があるかないかなんて考えたことがなかった。お付き合いしているのだから恋人なのではないのだろうか?

 泣いている理由がよくわからない。けれど、もう蓉子チャンの顔は涙でぐしょぐしょだ。そんなに泣かせて申し訳ない。お化粧直ししなくちゃいけないから、と言ってそろそろお取引願おう。

 何とかなだめようと口を開きかけたそのとき、

「ぱんつ……」

 と、とぼけた声が下から上がった。

 坂のすぐ下で、寝そべっていたらしい女がふらりと立ち上がった。

「あなたは地味な方の……」

 蓉子チャンが放心したようにつぶやいている。確かに地味だ。肩まで届く髪に枯れ葉をつけ、洗いざらしジーンズに古ぼけたグレイのスエットという、恐るべきモテない理系男子学生スタイルを守っている。女だが。

 女はニマッと笑うとぺこりと頭を下げた。

「ご紹介にあずかりました、地味な方の柿沼です。お邪魔するつもりはありませんでしたが、お弁当を食べて寝転がっていましたらあなた方がいらっしゃって、退場のタイミングをうかがっているうちにぱんつが……」

 彼女が最後まで言わないうちに蓉子チャンがさえぎった。

「もう言わないで! ひどいわっ!」

 そして泣きながら校舎に走り去っていった。

 残された俺は蓉子チャンのピンクのワンピースの後ろ姿を呆然と見送り、半分しか食べていない弁当箱に目をやり、最後に女を見た。すると彼女はにやっと笑いながらこうつぶやいた。

「つるかめ、つるかめ」

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