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つづきのつづき

 四人そろって、静かにしてます。ほとんど動きがない・・・。

 次は、きちんと動くと思います。

 幾度朝日が昇ろうとも、幾度月が昇ろうとも。

 今日は終わるし、明日は来る。いつか、未来はやってくる。

 今日が始まれば、明日がはじまる。

 過去がいくつ積み重なろうとも、潰されること無く踏みしめる地面があれば大丈夫。


 それがたとえ、苦難の連続でも。

 人は、命は、それを乗り越えることができるのだ。


     ★


「辛くて辛くてどうしようもない時って、どうする?」


 それは唐突な質問だった。

 アックスとウォルガが夜の朝食(・・・・)を食べているときはじまった質問。


「耐える」


 即答するウォルガ。

 アックスの脈絡のない質問は何時も唐突に始まって、曖昧に終わる。だから、これは日常風景だ。二人がそろったときにしか見られない、日常。


「『耐える』か。ウォルガらしい。俺なら、辛い原因を取り除いちゃう」


「そうか」


「ウォルガもそうでしょ?耐えて、耐えて、耐えられたなかったらそうするでしょ?」


「最終的には、そうだろうな」


 ウォルガの作った料理を食べながら、アックスはほとんど一人で話す。


「じゃあ。一人で耐えるときと、二人で耐えるとき。どっちが先に耐えきれなくと思う?」


「二人だ」


「そうなの?」


「俺一人なら、どうなろうと耐えられる」


「そっか。うん。そうだね。ウォルガはそうだ。あ。でも、俺もそうだ」


 アックスは器用にも、口の中に食事を入れながらしっかりとした発音で続ける。


「俺も。俺一人なら耐えられることもあるだろうけど、ウォルガやみんなが一緒だと多分、無理」


 噛みながらでも滑らかに話すアックス。どういった発音をしているのか、まるで途切れない。


「多分。耐えてるのを見て耐えられなくなるね」


 飲みこんでにっこりと笑う。

 食事がおいしい事に喜んでいるのか、それともウォルガと意見が一致したことを喜んでいるのか。判断できない笑顔だ。

 食事は続く。

 これ以降、唐突な質問はアックスから出ることなく、今日の予定を組み立てていった。


 日没後。30分(・・)たって、二人の若者はスーパーの片隅に止まっている営業車の前に居た。

 今日は、全ての商品が一品ずつ並んでいる。


 アックスは飾られている幾品ものスイーツを見て、感嘆のため息をついた。

 その姿にミアは驚いた。てっきり、踊りだして喜ぶと思っていたからだ。そんな予想に反して、アックスは並べられているスイーツをただただ凝視するばかりで、声さえ上げない。


 そんなアックスに、ミアも声をかけることなく共に沈黙した。

 ウォルガは相変わらず、後ろに控えているだけで何を見て、何を考えているかも分からない。

 店長のヨナスもまた、ミアの後ろに佇んで二人の動向を監視している。

 人が四人そろって沈黙している。それも、一人の成年のために、静かにしているかのように。


「ありがとう。すばらしいね。どれも、これも。素敵だ」

 

 長い沈黙の後、アックスは小さく呟くように言った。


 それは、絶賛する響きを伴い、感嘆する心情が籠った言葉だった。


 それに反応したのはヨナスだった。言葉に現れる溢れるほどの感激の感情に胸が締め付けられる衝動が彼を襲う。今まで、商売をしてきた中で「賛美」を受けることなどなかったのだ。

 いつも通りの、「美味しい」という感想は幾度も受けた。

 それは当たり前で、彼はかつて師事したことのあるどの先達者よりも上だと自覚している。美味しくないはずなどない。


 少々、込み入った事情さえなければ、自分は世界に名を響かせるほどのパテシエになっている。


 そうした自負を持っている。

 それ故に、悔しい思いも幾度もなく味わっている。

 有名になる周りの同輩たちを横目で見ながら、どんな者よりも独創的で絶品のスイーツを作り上げることができるはずの己に、落胆していた。

 地方を営業車で回ることしか出ないパテシエになっていることは、悔しくて、悔しくてたまらないことだった。

 しかし、ヨナスはどれほど悔しい思いを抱こうとも、今は営業車で地方を回るほかに道はなかったのだ。


 だが、今夜、この一時は、ヨナスにとって最初の絶賛を、賛美を受けた。

 それこそ、世界を舞台に腕をふるったときにしか出てこないであろう、言葉。


 一口も食べることなく、

 見るだけで人の心を満足させることができるスイーツを、

 自分は作れている。


 それが、ヨナスを襲った衝動だ。

 達成感ではない、感動ではない、「衝動」だ。

 衝撃、と言い換えてもいい。

 言葉で言い表せないほどの幾つもの感情が、ヨナスの心の中にいっきにせり上がってきたのだ。

 今までの悔しさを消し飛ばすほど。今までの努力が報われるほど。

 成年の言葉は、衝撃的だった。


 ヨナスは言葉を発することなく、顔を伏せる。

 そうしなければ、爆発している感情を悟られてしまいそうだったからだ。

 

 恐らく、ヨナスは泣いている。

 実際に涙は出ていないが、泣いている。


 そんなヨナスにミアは気付いた。後ろを振り返ったわけではない。しかし、その言葉がどんな響きを伴って、ヨナスを襲っているか正確に理解できた。


 だから、ミアは後ろを振り向かない。

 目の前の二人から、そっとヨナスの姿が隠れるように体を移動するだけ。


 ヨナスを縛り付けているミアができることは、それこそ、それだけ、だった。





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