つづきのはじまり②
成年の名前、登場です!
ここから、物語は進んでいきます。
唐突だった。
あまりにも突然に。あまりにも偶発的に。車が飛び込んできた。
それは、それは、狙い澄ましたかのように。
成年とウォルガを襲う。
そう、襲う。
ライトが点いていない、黒塗りの車。運転席は漆黒。明らかに轢き殺す意思がありありとわかる。濃厚な敵意になす術などない。
逃れられない。
飛び出して来た車と二人の距離は直線で10mもない。
二人は硬直している。
硬直したまま。成年は右足を前に出した。
まるで、一歩先に足を踏み出す感覚で、気軽に。臆することなく。平然と。
成年の右足に、車が突っ込んだ。
いや、突き刺さった。
そのまま、成年は足を高く振り上げる。車が刺さったままの右足を。
黒塗りの車は、抜けない。
それはそうだろう。膝上まで深々と刺さっている。突き刺さったまま、車は宙に一瞬だけ浮いた。いや、強制的に持ち上げられた。
一瞬後、足は振り落とされる。
車は地面にたたきつけられた。
後半部は粉々に砕け、前面はフロントガラスが割れ、ボンネットの中に存在していたエンジン全て地上にまき散らされる。
無事なのは、かろうじて無事だと判断できる箇所は、前席のみ。運転席と助手席だけ、原形を留めている。それは、他の被害と比較しての話であり、やはりほとんど形が変えられてしまっている。
その中に居て。
あまりの暴挙を受けた中に居て、無事だったのもは運転席の女性のみ。他は、無くなっている。
後部に居たであろう人は潰され、助手席に座っている少年はこと切れている。
即死。
当たり前だ。こんな無茶苦茶なしっちゃかめっちゃかな暴挙を受けたのだ。死なないでいた女性は運が良かった。
いや、最悪に不運だった、といいかえよう。
彼女の目の前に、ウォルガがいた。
それだけで、終わる。
「さてさて。誰かな君たちは?会ったことあったけ?」
さっき買ったスイーツの箱を大切に抱え直し、成年はウォルガに掴み上げられている女性に向かう。
両足で地面に立ちながら。
まるで、ダメージを受けていない。
それどころか、箱の中身を気にしている。それもそのはず、大切な箱の中身を守るために、足で片づけたのだ。
ダメージを受けるどころが、せっかくのスイーツを台無しにしようとした女性に対して強い不満を抱いている顔で相対する。
ウォルガはほとんど動かず、空中でもがく女性の顔面を握っていた。
あまりに異常。
あまりに荒唐無稽。
それゆえに、あんまりな現実だ。
これは現実に起こっていることで、これは事実だ。
それを、女性は苦しみのなかで消そうと足搔いている。何故なら、こんなことは不可能で在りえないのだから。
100kmを超えるスピードが出ていた車を、足だけで止めることができるものか。
人の強度で鉄に勝てるものか。
人の筋力で4人も乗っている車を持ちあげ、粉々に粉砕できるものか。
そんな現実が、目の前に平然と存在している。
「あ、あ、あ、」
あまりの迫力に、あまりの圧迫に、あまりの現実に、女性の心は崩れはじめてた。
「うーん? 何かな。これは。理解してないね。・・・仕方ないか。ウォルガ、離していい」
成年の言葉に、ウォルガは女性の顔面から手を離す。
女性は重力に逆らうことなく、地面に落ちた。
まさしく、落ちた。落下した。
足は役に立たず、体を地面に打ちつけた。
まるで、人形のように、自らで動くことを放棄している。それこそ、現実から逃げている。身体が、現実にはないかのように。現実を拒んでいる。
「あ、あ、あ、あ、あ、・・・・・い、あ」
「理解していなくてもいいけれど。君程度じゃ俺は殺せないよ?でも、可哀想で、哀れな君に良い事を教えてあげよう」
「い、い。いい、い、え・・・・あ、あ、」
「拒否すること無い。君たちが欲しがっていた情報だ。俺の名前だよ。知りたくない?」
「あ、あ、あ、あああ、まま、ま・・・」
「そう、名前。俺の名前は、アックスだよ。今はね」
「あ、あ、あ、あ、ああああああああー」
「そう、いい子だ」
成年、アックスは壊れ出した女性の頭を優しく撫でた。
「本当にいい子。死にたく、ないでしょ?」
それは、甘い囁き。とろけるような、甘いスイーツと同じ甘さが含まれている。その誘いに乗れば、助かるのだろう。助かる、はずだ。
しかし、女性は最後の理性でそれを拒絶した。
果たして、絶望の先にある生にどれほどの苦痛がともなうのか。
助かった命は、結局、日常に回帰することなく消えうせることになる。
それが、分かってしまった。
理解、してしまった。
それこそ、不運。
それこそ、哀れ。
女性は自らの理性を優先し、死を選んだ。
恐怖から、生きることを諦めた。
絶望に勝つことなく、死ぬことで逃げだした。
「そう」
アックスは、残念そうに。本当にがっかりしたように、肩を落とした。
地面には、車の破壊が生生しく残っている。
しかし、人が4人死んだ形跡は極めて希薄だ。そこに、生きたていた者がいるとは思えないほど。
「・・・やっぱりだめだね」
生きることを諦め、自ら精神を殺し、廃人と化した女性を見降ろすアックス。
ウォルガは対して、何を考えているか判らない瞳を向けている。
夜の街角は、静寂に満ちていた。