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報復

 人狼についての説明をしています。ちなみに、ウォルガは人狼ですよ。

 物静かで、何を考えているのかわからない、感情が欠落しているような感じでとらえられていると思いますが、人狼です。

 荒々しい気性は今のところ出てきてませんが、人狼です。


「襲撃された?」


 スイス・ジュネーブ。

 ビルの一角で灰色の髪を持つ男が、静かに声を上げた。

 まったくの無表情に平坦な声をのせて、報告を上げた部下を見る。


「はい。本日未明、イギリスのカルマノ監獄が襲撃を受け、その際ヨハネス・ハイネスの創始者2名、稀代の詐術師マロウネ・ハロウ、カラクリ創りジョン・マッケロウ、錬金術師にして殺人鬼ハーネスト・ハートネス。計5名が脱獄しました。この襲撃を行ったのは、ヨハネス・ハイネスの構成員で間違いありません」


 灰色の男に負けず、報告を上げる部下もまた平淡に報告書を読み上げる。赤毛に、オレンジとブルーのオッドアイの瞳、すらりとした身長は2mを超えている。

 プロのモデルとして活躍できそうな容姿と身長が合わさりながらも、笑顔がない。眉間にしわを寄せ、近づくものを威嚇するような雰囲気を常に出している。

 そんな彼女の報告を、男は黙って聞く。

 いや、黙っているのは口だけで、手はよどみなく目の前のパソコンに向かい作業を進めている。これでは、報告を聞いているのかいないのかまるでわからない。


「以上です」


 部下からの報告が終わり、しばらくキータッチの音だけが部屋の中に響く。まるで、何事もなかったかのように、男は反応しない。

 彼女は、無反応の男を見ながらも、焦ることなく黙って待つ。

 沈黙といよりも、無視されていると思わせるほどの時間が過ぎ、キータッチの音が止んでしばらくして。

「そうか」

 ようやく、男が口を開いた。それも、たった一言。何かしら考えていただろうに、ほかに言うこともないと次の書類を手に取る。

 これには、さすがの彼女も慌てた。

 ヨハネス・ハイネスが動きを見せたら、すぐさま報告を上げるようにと厳命したのは目の前の男なのだ。それなのに、呆気いないにもほどがある。

「あの・・・」

 些か矛盾している気がし、声を上げる。

 しかし、続かない。何を言えばいいのか、何を言ったらいいのかわからないからだ。目の前の男は、何を考えているかわからない。だから、何を言えば反応するのかわからないのだ。

「準備を」

 迷っているところに、声がかかる。男からの声だ。


「戦闘準備を」


 いつも通りの無表情で、いつも通りの平淡な声で。


「午後には出る。30人選んでおけ」


 アメジストの瞳を細め、剣呑な光を湛えながら男、ウォルガはいつも通りに仕事を進めた。



 数時間後。

 ウォルガは、イギリスに渡っていた。出国も入国も、まるで手続することなくスイスからイギリスへと降り立っていた。それも、重火器を持ち込んで。

 国際的にみてもこうした武器の携帯・輸送を国内外で認めている国は少ない。しかし、ウォルガが率いている部隊は、大半の国において許容される。

 許され、認められている。

 それが、人狼と呼ばれる種族故であり、狼王・ウォルガが率いているからであると説明されれば、万人が納得する。


 もっとも、敵に回してはいけない種族。


 吸血鬼と肩を並べ、一般的に広く知られている種族。

 数ある伝説を打ち立て、人からも多種族からも畏怖されている。しかし、残虐で残酷なまでの獣を有する彼らであるゆえに、一部では過激な攻撃を受けることもある。

 しかし、そうした理不尽な行為にも納得の余地はある。


 人狼であるゆえに、獣の本能を強く持つ故に現代の社会と折り合いをつけていくことが不得意な種族が、今の世に認められているのは、情報の収集・集積・分析の分野において抜群の実績があるからだ。


 彼らが築きあげたネットワークにおいて、嗅ぎ取れない情報はまずない。


 人以上に、多種族以上に情報戦において、右に出る者はない。

 何よりも、莫大な資産を有している人狼族を手荒に扱うものは、政治家も投資家も経済界も資産家も企業もいない。 

 そうした何よりも代えがたいモノをもっている人狼は、現代において世界を回す一翼を担っているのだ。


 故に、武器の自由な移動も行える。

 そこには信頼関係もあるが、その武器がどこから流れてきたのかを把握しているからだといえる。弱みを握っているといってもいいだろう。

 大国であればあるほど、人狼には何も言えない。

 そう、言われるほど。彼らは多くのことを握っている。


 人狼に嗅ぎつけられたら終わりだ。人狼の耳に入ったら破滅だ。人狼の目の前に出て行ったならば、食い殺される。


 裏の世界では、まことしやかに囁かれている。

 人の裏社会でも、異種族の裏社会でも。人狼は恐れられる存在だといえる。それは、悪魔以上の脅威として認識されている。

 その人狼が、武装して動いている。それだけで、事の重大さがわかるというものだ。

 事の深刻さが、知れようというものだ。


 30人の人狼が動いているなど、それこそ戦争でも始めるのではないかと思われるほど。

 しかし、その人狼を率いている男はなんとも感じていない。どう見られているか、どう思われているか分かったうえで、行動している。理解した上で、無視できる。

 それが、ウォルガだ。

 眼中にない。意識していない。ないも同じ。

 

 イギリス、ウェールズ。

 カルマノ監獄がある場所は、都心から離れた森の中だ。

 中世に「人」の監獄として建てられ、今や人の手から離れ魔法使いたちの管理下にある監獄。何人の侵入を拒み、何人の脱獄を阻む。

 そこに、ウォルガは来ていた。

 

 来て、見ていた。

 その光景を。その惨状を。

 外見は崩れていない、中も変化はない。しかし、周りが、外枠が、大きく変貌していた。


 抉れていた。抉られていた。


 深く、深く。溝ではなく、谷のように。淵ではなく、深淵のように。

 深く、深く、抉り取られていた。

 建てられた監獄の外から添うように、外壁を傷つけることなく。丁寧に、削り取られ、抉り抜いている。

 

 違った、一部外壁が傷ついている。

 一部分だけに、穴があけられている。

 そこは、ヨハネスとハイネスが投獄されていた部屋だった。そこだけに、傷のように、穴が開いていた。地下、12階ほどの一部分のみが壊されている。

 そこから、外へと出たのだろう。

 そこから、自由になったのだろう。

 

 ウォルガは目を細め見ている。その光景を、その惨状を。

 

 これから追うべき敵を、狩るべき獲物を、見ている。



 




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