はじまりのつづき
簡単に人物紹介。
しかし、主人公の家族であり不滅の相棒の紹介です。
この章から、目線がかわります。
ドイツの昼はにぎやかだ。どこの国でもそうであるように。
大通りから離れた道を、市場からの帰りなのだろう、大きな袋を抱えながら歩く男がいた。
灰色の髪を持つ男だ。
彼の両手には大人一人がやっと抱えることができるほどの食糧を乗せている。そう、腕に乗せている。両手に下げるのではなく、腕で抱えあまつさえ肩にまで袋を乗せて運んでいるのだ。
例え成人男性だといっても、とっさに手伝いを申し込むほどの量を抱えている。しかし、彼は表情を変えず、ただ黙々と歩いていた。まるで、危なげなく。荷物など抱えていないかのように、足取りは軽く、前を向く目には苦労しているといった感情はうかがえない。
いや、そもそも。大荷物を運んでいる人間の動きではない。少しでもバランスを崩せば食糧は地面に落ちてしまうだろう。それなのに、彼は構うことなく無造作に歩いている。
こんな姿を見れば、誰だって車を使うのか、家が近いのだろうと思ってしまうだろう。
しかし、彼は山奥にある由緒はあるが古びたホテルから徒歩で山道を下り、市場を巡って材料を買い込んできたのだ。だが、疲労の色はうかがえない。それどころか、足取りはいたって軽やかだ。
これは異常だ。
5時間の買い物に、2時間の往復を行っているなどど、誰も想像できないだろう。
これが、この男なのだ。
驚嘆すべきは、それを何とも思っていないところだろう。
苦労とも、徒労とも、無駄とも、酷だとも思っていない。
いや、もっと正確をきすならば、何も感じていないといった言葉が適切であろう。彼には、感情と呼べるものがほとんど備わっていない。
後天的に身につけてはいるが、それはあくまで知識としてだ。
ただ、感情の起伏が少ないともとれるが、根本的に人とは相いれない価値観のもとで行動していることは言うまでもない。
見ていればわかる。
彼を見れば誰だってわかるだろう。言葉を交わせば、決定的な違いを突きつけられることだろう。
それが、「ウォルガ」と呼ばれる男なのだ。
そんな彼が、山道をいともたやすく踏破するウォルガが、大量の食糧を買い込み料理をするなど、彼を知っているものは素直に納得する光景でもあり、知己のものでも理解不能の領域をいまだに出ない行為といえる。
それは、そんなことをするのは、たった一人のためだからであり、その一人のためにそこまでするのかといった疑念があるからだ。
しかし、彼にとって何と思われようとも、どうでもいいことだろう。
ウォルガはウォルガの思う通りに行動しているだけであり、周りの感情に一切流されない。
いや、唯一感情を喚起させる者に、料理をふるまっている。何時間かかろうとも納得のいく食材を使って、相手好みの味付けをほどこすなど、「ウォルガ」をただ知っている者には想像することもできない行為である。
ここまで言えば、彼の人間性がわかるだろう。
ウォルガは周りに冷たい。冷酷ですらある。
感情が窺えない瞳、何を考えているかわからない態度、常に緊張を強いられるプレッシャー。
彼はいるだけで周りを縛る。
それは、王者のように。
他者を従えることができる。服従させ、隷属させる。
それが、当たり前かのように、自然であるかのように。
事実それが当たり前で、自然となっている。
彼に従うものは、誰もが殉教者になり、誰もが兵士になり、誰もが盾なる。
そこに疑問すら抱かせない。矛盾すらはさませない。絶対的なカリスマをもっている。持っているだけで、彼の人気が高いとは必ずしも言えないが。
それを引いても、彼の元には有り余るような人材が集っている。
早朝の無茶な電話にしたところで、病院一つを買収するのにすべて部下任せにしている。それは、信頼からくるものではあるが、信頼と同時に、彼は相手が裏切ろうが、騙そうが、それを気にする感情が欠けている。
一人でやれなければ、三人で挑め。
一人でできなければ、五人でやれ。
一人が駄目なら、一人で死ね。
そんなことを、当たり前のように思っている。口に出して言わないが、事実使えいない部下でも、彼は使う。使い潰すまで、傍に置く。
感情がない彼には、見捨てようとする考えがない。
だからこそ、部下は彼についていくのかもしれない。使うことに長けているウォルガに従うのかもしれない。それは、どれだけ優秀だろうと、その優秀さを生かす場がない有能者には、ありがたい環境を提示していくれる存在でもあるからだ。
飛び抜けた才能を持つものでも、持て余すところなく、燻らせることなく、使いこなす。
それが、ウォルガだ。
故に、だからこそ。
彼が自ら料理をする。
その光景に誰もが、信じられない思いを抱かずにはいられない。
まるで、悪夢のように。それは一種の奇跡を目撃するほどの幸運を伴っている。
「こんなものか・・・」
ちょうど日暮れ時。
太陽の光が消え。空の色が急速に漆黒に染まっていく時間に、料理は完成した。
まるで、狙い澄ましたかのように完成した料理の匂いにつられて、一人の成年が地下へと続いている扉から顔を出した。
「・・・いい匂いだね~」
眠気眼で、声も眠気を帯びている。
しかし、ウォルガとウォルガが作った料理を見て、破顔した。それはそれは、嬉しそうに、幸せそうに。
「食べるか?」
「もちろん」
ゆっくりとした動作で席に着く。
しかし、それがかえって早く食べたいと訴えている。がっつきたくなるほどの衝動をこらえているようにも見える。
「では」
「ああ」
肉料理がメインの家庭の食卓のように彩られている机で向かい合う。
さっそく料理に手を伸ばす成年。
「あ」
しかし、とっさにその手を止め、ウォルガに顔を向ける。
「忘れてた。グッテンモールゲン(おはようございます)!」
「ああ。グッテンモールゲン」