ある夜の承諾
吸血鬼事情やアックスについて、多くを描いています。詰め込みすぎている感がありますが、この世界の吸血鬼について参考にしてください。
「現実って儚いかな?」
唐突な質問。
場所も時間も状況も、何もかもを無視するようにアックスは問いかけた。
「くだらない。現実は動かしようがない。儚いというよりも堅牢だろう」
その質問に、ファイガは面倒くさそうに答える。
実際、面倒に思っているのだろう。アックスがウォルガに変な質問をしているところを何度か見ている。それを見て、いつも理解不能な会話だと思っていたのだ。
それが、今ファイガに向けられている。
「いや。言われたんだよ。昔に。まぁ、思い出してみればそんな昔でもないけど。言われたんだ。「現実は儚い」って」
「誰にだって聞くだけ損か」
二人がいるのは、アメリカ・ニューヨーク。
大都市であり多くの人種、多くの異人種が集う州、そのビルの一室に彼らはいる。手元に、コーラとレモネード、10枚の種類が違うピザをテーブルと言わず床に散りばめながら、くつろいでいた。
基本的に互いの縄張りの中に入っていくことのない吸血鬼(他の種族も)だが、アックスだけは別だ。彼は、多くの国、多くの地域に縄張りを持っている。
たとえば、ヨーロッパ全土に彼は住める家をもっている。
たとえば、中東の3分の2に縄張りを強いて、他の種族に統治させている。
たとえば、中国全土に顔が利く。
たとえば、日本の妖怪・魍魎に精通している。
そして、アックスの血を引く“子供ら”が各地に住んでいる。
本来、吸血鬼は定住する種族である。
自らの縄張り、領土を死守する本能がある。それは、進攻されることを恐れているからであり、自らの領土に絶対的な愛着を持っているからだ。
郷土愛が強いのことが、吸血鬼の特徴だ。
それなのに、アックスはその枠には嵌らない。
自ら縄張りを飛び出すこともある。それが、家出につながるのだが。
アックスは、世界最古の吸血鬼であり、世界の根幹に位置する吸血鬼なのだ。
世界の首脳人に顔が利く。
世界の異種族たちは畏敬を抱いている。
世界の魔法使いたちは彼の怒りを恐れている。
世界の闇の生き物たちに、何よりも慕われている。
そんなアックスだからこそ、多くの敵を持っている。しかし、毛嫌いしている【敵】となると、3つの組織、1人の人物しかいない。
その一組織が。
「ヨハネス・ハイネス」
アックスは歌うようにそこ言葉を口にする。彼がハイテンションになるときは、盛大にキレている証拠だ。
今のは、その前兆だろうか。
「今までで一番虫唾が走る連中だ」
笑顔でアックスは語る。
まるで、数年来の友人を自慢するかのように。
妙に高いテンションで。敵について語る。
「それで。俺に何しろって?」
そんなアックスのテンションに流されることなく、ファイガはコーラを飲みながら先を促す。
アックスがファイガについてきた理由。それは――――
「ここで、暴れさせてほしい」
アメリカ、ニューヨークにあるヨハネス・ハイネスの組織、その一つを壊滅させたい。
「まぁ。そんなことしても、大したダメージにはならないと思うけれど。まだ若い我が子らの経験のために必要かなって。だから、この都市を貸してほしい」
アックスは、手元のアイスクリームを食べながら話す。
そんな真剣な態度が欠片もないアックスを見ながら、ファイガは臆することなく、
「いいぜ。好きにしな」
都市丸ごとある、己の縄張りを荒らすことを承諾した。
彼ら吸血鬼にとって、己の土地で暴れること、荒らさせることは、最大の屈辱である。自らの庭を荒らす者がいるのならば、徹底的に排除し排斥するのが吸血鬼だ。
たとえ、己の縄張りから出て行ったとしても、追い詰め、追い落とす。後悔しようが、懺悔しようが、贖罪しようが、かける情けを吸血鬼という種族は持っていない。
吸血鬼の土地で、彼らの許可なく生きている者はいない。
それが、たとえ旧知の仲だとはいえ己の庭を貸し与える、それも、荒されることを前提として許すことなど絶対に皆無なのだ。
アックスでなければ。絶対、絶無の話だ。
“アックス”
世界最古の吸血鬼。
世界の根幹に位置する吸血鬼。
そして、【名前のない吸血鬼】。
それが、彼なのだ。
だから、ウォルガはアレと呼んでいる。名前がないのなら、呼びようがない。だからこそ、敬意を称して唯一絶対の理解者を名前なき名前で呼んでいる。
「どうせ言ったところで勝手にすんだろ。準備も、もうしてるみたいだし」
手元のピザを引き寄せながら、ファイガはため息とともに言った。
数日前から、そういった情報はつかんでいたのだ。それなのに、アックスからの今更の報告に呆れが混じるのは仕方ない。
「ばれてた?まぁ、ばれるよね」
「曝け出してたからな。・・・はっきりいって、怒る気も失せた」
「それは良かった。じゃあ、好きに使わせてもらうね」
嬉しそうなアックスとは対照的に、ファイガは疲れたオーラをだしながら、ソファーに侍った。そんな無防備な姿は、血族にも見せたことはない。
本当とふざけんな。やりたいことを、やりたいように、勝手にしやがって。
ファイガは、心の中で悪態をつきつつもアックスを止めようとは思っていない。切り出される前から、話の内容はすでに知っていたのだ。止めようとする気もなかったのだろう。
「不安なら、着いて来てもらってもいいよ」
「冗談じゃない。お前らの戦闘に俺のガキどもが耐えられると思ってねーよ。無駄死にさせる気はさらさらない」
「酷いな。俺の子供たちだって手加減ぐらい知ってる。ただ、なんだか今回は張り切ってるみたいだけど」
「そりゃーはりきるだろ。お前、あいつらが嫌いなんだろ?」
「嫌いだね。大っ嫌い!」
顔をしかめ、腕の中に抱え込んでいたアイスクリームを握り潰す。
胸に出し決めるようにバケツサイズのアイスクリームは粉々に潰された。まだ少量残っていたアイスクリームは、あたりに飛び散ることなく、虚空に散る。まるで、アックスの周りだけ、宇宙空間になったかのように、アイスの欠片はフヨフヨと浮いている。
「おい」
ファイガが諌めに入った。縄張りを荒らすことは承諾したが、部屋を荒らすことは許していない。と、鋭すぎる目をさらに剣呑にする。
「ごめん」
アックスは素直に謝り、アイスクリームを元に戻す。
元の、バケツに収まっていた状態にきれいに戻した。
「これから数日、うるさくなると思うけど、よろしく」
アックスは、とびきりの笑顔をファイガに向けた。




