はじまりのはじまり
まだまだ、全然、本格始動には遠いです。
どうぞ、温かい目で見てください。
どうしよう。選べない。
「どうしよう。選べない」
「・・・どれでもいいと思うが?」
「だめだ!それはだめだ!!」
「・・・そうか」
そうだ。そんなことはできない。もし、仮に、例えば、そんなことをしてしまったら最後。これからの楽しみが減ってしまう!そんな残酷なことはできない。そんな理不尽、俺は認めない。
「・・・慎重に選ぶのはいいが、早くしなければ他の店が閉まる」
ああ。そうか。他の店も回ってみたいなんて考えてたんだ。だけど、一店目ですでに3時間以上迷っている。あああああ、時間とはこんなに無情なものだったなんて・・・。まったく、どうして、どうしよう。
選べない。選べない。選べない。
「ああ・・・!どうしたらいい? どれを食べたらいいんだっ」
「・・・」
宝石の山。奇跡の所在地。幸せの在処。
億の言葉を重ねてもまるで足りない。まったく足りない。ああ。なんてすばらしい風景。これを見るために、ここまで来たんだ!
「来ただけじゃなく、買って食べたらどうだ?」
「うん。うん!そうだね!」
そうだ。まったくそのとおり!
食べなければ始まらない。くそぅ!こうなったら―――
「おねーさん!ミニシュークリーム5個。ブルーベリータルト3個。ビターチョコショコラ2個お願いします!」
ああ。なんて贅沢っ!
★
「すばらしいっ!これぞ最高の瞬間だっ」
「よかったな」
本当に贅沢だ。ドイツに来たら、必ず泊まる由緒あるホテルの一室から見える絶好の夜景。その景色がついさっき買ったスイーツの美味しさを、さらに完璧なものとする。なんていう贅沢!
これぞ家出の楽しみ。いや、家出の醍醐味、だ。
ここまできて、この程度のことしか思わないのもなんだけど。家出と言っても、ヨーロッパを出ていないから簡単に見つかってしまうだろうし、まぁ今回はそこまで本格的でないからいい。
隠れようとする気も、逃れようとも思ってないし。だから、こんなものだろう。
「ごめんね。いつもいつも付き合わせて」
いつも俺の言うことを聞いてくれる大切な家族。
俺の傍にいて、俺のことを支えてくれる。だからなのか、一番甘えてしまう。
「かまわん。好きなだけ使え」
そんな言葉に笑顔で答える。
「そんなこと言ってくれるの、ウォルガだけだよ」
それも本気で。なんてことないように。当然とした風に言ってくれる。それは嬉しいし、こそばゆい。
「・・・他の連中も言うだろう?」
「う~ん。どうだろ?言ってくれるかもしれないけれど、やっぱり小言みたいになると思う・・・。うん、なる」
「心配してるんだろ」
「俺には必要ないよ。俺よりも、あの子らのほうがよっぽと俺に心配かけてるんだよ?」
「・・・・そうか」
ウォルガは少し呆れ気味に言っているけれど、俺の心配なんてしても何にもならない。心配事自体が俺にはないんだから。
それと引きかえ、俺のかわいい子供たちは違う。俺に過保護なところはかわいらしく、微笑ましいんだけれど。もっと、自分のことを考えてほしい。
俺は不死に近いけれど、あの子らはそうではないんだから。そこの所をわかってほしいな。
「さて、あと何日で俺を見つけられるかな?」
まあ。今はそんな心配ごととは無縁だから、このままドイツのスイーツを味わい尽くそう。
勤勉で実直でお堅いドイツ人という印象を根底から覆してくれた素晴らしい装飾と、味を心行くまで味わった。
★
早朝。といっても、アレは寝てしまっているから、俺としては起きていても寝ていてもかなわない、どうでもいい時間帯だ。
しかし、アレはただの家出だとしても、俺には幾ばくかの仕事が残っている。それを、早々に仕上げてしまわなくては、肝心な所まで付き合えなくなってしまう。
アレのまわりでは常に騒動が絶えない。
原因がアレにあることは至って当然であるとはいえ、毎回起こってはさすがのアレの子供たちも心配性になってしまうのは当たり前だ。最近では、胃痛なっている者もいると聞く。
「・・・そうだな。病院を一つ買うか」
さっそく仕事が増えた。
アレの子供たちが元気でいれば、少なくともアレにとってはいいことだろう。
俺にとってもいいことだ。携帯を取り出し、頻繁に使う番号を呼び出す。
「俺だ。病院を一つ。手ごろなものでいい。内科と外科が充実しているものであれば、条件は特にない」
《分かりました。来月まででよろしいですか?》
「かまわん。それと、都心にある病院であればいい」
《分かりました》
「それから、連絡はなるべくするな。緊急な要件でなければ、そっちで処理しろ。それと、アレの子供らが情報を求めてきたなら伝えて構わない」
《よろしいのですか?》
「問題ない。今回は本気ではないらしい。いつものことだ。あらかた見て回ればすぐに戻るだろう」
《分かりました》
通話はそこで終える。そのまま、地下から地上へと戻る。
朝日の爽やかさが微塵も感じられない薄暗いホテルのロビー。これはこれとして趣があるというのかもしれない。
そのまま外へとでる。こんなことはいつものことなのだ。ならば、いつも通りに俺のやり方でやるまでだろう。
「・・・さて、何を作るか」