つづきのつづき③
ようやく物語が進み始めました。
アックスとウォルガの正体、また、少女ミアの正体が少し分かると思います。
アックスはスイーツをゆっくりと食べていた。
一口消化するのに、数分の時間をかけて。舌を動かし、感触を感じ、香りを楽しむ。それゆえに、食べ終わるのは恐らく深夜になるだろう。
買い込んだスイーツは20個ほどある。
そのほとんどをアックスが一人で食べているのだ。
一つの量はさほどない。ケーキにしたって、大ぶりのものはほとんどない。ドイツのケーキの標準から一周りほど小さい。
しかし、食べ進めるスピードは一定で、淀むことがない。
どれほど美味しかろうと、どれほど味に変化があろうと。人一人が食べるには、少々酷な量だ。
飽きが来ないほど美味しいということだろうか。
しかし、それは不可能だ。飽きるし、腹は膨れる。
そしてもう一つ。
彼らは食べ始めてから一言も会話を交わしていない。美味しいの一言も無いのだ。
ただただ幸せそうに、幸福そうに、食べている。
そんな異常に、初めに気付いたのはヨナスだった。
後片づけがすみ、明日の準備もし終わったころに、あまりの異様さに気がついた。
スイーツの数はそのとき、3個になっていた。20個のうちの3個。17個あったスイーツは綺麗に、それこそ舐めとったように綺麗に無くなっている。それも、一人の胃袋に収まったのだ。
大食いの男でも、どれほど空腹だったとしても。
幸せそうな顔を崩すことなく、食べることを放棄することなく、ペースを乱すことなく食べ進めている。
この異常に、ようやく気がついた。
漫画や小説、はたまた映画・ドラマの中でならば、いくらでもそう言ったキャラはいるだろう。在り得ない設定の存在はいるだろう。
しかし、現実に17個のスイーツを平然と食べて、それでもまだ食べる人間がいるのだろうか。
幸せそうな、幸福そうな顔を保ちながら、本当に至福のひとときだと、無言で食べている成年を見て、ヨナスは悪寒を覚えた。
そして、ミアをみる。
この異常をミアは気付いていない。よく食べる人だと思っているだけかもしれない。それは正しい。こんなに幸せそうに、全品のスイーツを短時間で食べつくしてくれるならば、作り手とし本望だ。
しかし、それだとしても。これは、異常だ。
ヨナスは、覚悟を決めた。
この二人には、早々に去ってもらわなければ。そして、ここでは二度と営業してはいけない。
彼らに、もう二度と会ってはならない。
そんな、気がする。
それは、本能からくる健全なる自己防衛によるものだ。
ヨナスの直感は正しい。
人として正常な判断だ。
そう、人として正しい。正しいが、間違っている。
ここで、彼らと事を構えること事態が間違いなのだ。
「すまないが、もう閉めている。これ以上は、」「ああ。そうだね。うん。ありがとう。残りは帰ってから食べることにするよ」
ヨナスが言い終わらないうちに、アックスは応えた。すぐに立ち上がり、食べ終わった容器をまとめる。どうやら、ごみも持ち帰るようだ。
見ているほうが清々しくなるほどの潔さ。
これではヨナスの感じた直感が間違いであると思えるほど。
「うん?」
しかし、アックスはごみをまとめて袋に入れた後で、怪訝そうにヨナスを見る。
「なんだ?」
そんなアックスの態度にヨナスが声をかけた。しかし、まるでアックスはヨナスに焦点を定めていない。虚ろ、ではなく、その先に目線を合わせている。
「これは、これは。珍しい」
ヨナスに全く目線を合わせないまま。ヨナスの体の先を見通すように、興味ぶかげにつぶやいた。
「だから、なんだ」
その、まるで視界に入れない。無視したままのアックスにヨナスはいら立ちの声を上げる。
何を見ている?
ヨナスがアックスと同じように目線を己の後ろに向ける。向けたときは、すでに遅かった。
「ヨナス、さん・・・」
ミアが、不安げな声を上げる。そこにいたのは、ミアの目の前にいたのは巨大な男だ。身長に胸板の厚さ、腕の太さに、首の太さ、足の太さ、すべてが大きい。プロのプロレスラーといっていいだろう。
それにしても巨大。
2mを超す身長に、150cm弱しかないミア。大人と子供だ。
いや、そのままの強者と弱者。
見下ろされているミアは震えることもできないほど、固まってしまっている。顔は白く、両手はきつく胸元で握りしめ、痛々しい姿だ。
「ふん。まだいたか。どうでもいいが、それは誰だ?同類か?」
巨大な男の地鳴りのような声が響く。それはまるで獣のうなり声だ。
「それ」といったとき、アックスとウォルガを挑戦的に睨みつける巨漢。
それに、反応したのはウォルガだった。
ピクリと眉が動き、あからさまに不機嫌になったウォルガをアックスは苦笑いで抑えた。
「いいや。同類ではないよ。俺もウォルガも別種だ」
アックスの何げない言葉に、ミアが大きな目をさらに見開き、ヨナスはアックスを振り返る。
それほど、アックスの言葉は意外だったのだ。
「ふん。そうか。なら、早々に立ち去れ。ここは、我らが縄張りだ」
「縄張りね。そういうのは必要であるし、俺にもある。でも、君に強制させられるほどの力があるのかな?」
「なんだとっ?」
「気色ばないでよ。深い意味はない。決定権を持っていないものに、指図されるのはいやだって言ってるだけさ」
アックスと巨漢が何事もなく話を進めるごとに、あたりの空気は重くなる。
アックスには本当に敵対の意思はない。ないが、ミアを見下ろす巨漢に、好感は持っていない。
「それに、縄張りというのなら、俺たちはいたってマナーのいい来客だと思うよ?それとも、多種族が入り込んだだけで君たちは排除してしまうほど、心の狭い種族だったけ?」
「・・・ここでは、ルールが重視される。よそ者にはわからんかもしれんが、俺たちは俺たちのルールに従って、正当に行動している」
「ふ~ん。少女を怖がらせるのが、正当、ね」
「これは、勝手に居ついているだけにすぎん。他の縄張りに行けば、それこそ殺されるだろう。ここに置いてやっているのは、我らの優しさだ」
「だからって、彼らの売り上げの半分以上を持っていくことはないと思うけど」
「っ!?話したのか!!」
巨漢が大声を上げる。
その声に、一番近くにいたミアが体を後退させた。表情は恐怖で染まり、真っ青になっている。それほどまでの、迫力があった。恫喝だけで、あたりを震撼させるほどの存在感。
ヨナスが後退してきたミアを両腕に抱えこむ。守るように。
まるで、巨石が動いているような圧迫感がヨナスとミアを襲う。こうなってしまえば、二人にはこの巨漢を止めるすべはない。
ヨナスは、このとき後悔していた。こうなる前に、二人を追い出しておくべきだったのだ。
巨漢の頭部から、牛の角が飛び出していた。




