第5話 配信アリーナ~咬ませ犬の輝き
1: 華やかな人気経済の都
──────商業軌道都市部──────
企業機構圏。
それは星々を繋ぐ、巨大な商業軌道都市。
宙を舞う無数の広告ドローンが、最新鋭の機体のシルエットを描き出しては、流行の移ろいと共に消していく。
街のあらゆる場所に設置された投票パネルが示す『票数』こそが、この都市での実在の強度。
多くの人気を集めた機体は濃く、色鮮やかに『実在』し、逆に不人気な機体はすりガラスの向こうのように半透明に透けていく。
ここでは、人気こそが生命であり、存在そのものなのだ。
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「うわー……! なんだここ、キラキラしすぎだろ! あの機体、空にホログラムの絵が浮かんでるぞ!」
ハルはアウロラのコックピットから窓の外を眺め、子供のように目を輝かせた。
「ようこそ、企業機構圏へ。荒野とは少し勝手が違うでしょう?」
通信ウィンドウから、カレンが誇らしげに微笑む。
「ここのルールは単純明快よ。票を集めた機体は濃く、強く、この世界に実在する。逆に誰にも見つけてもらえなければ、どんな素晴らしいIPも存在しないのと同じ。だから——ここでは自らを『魅せる』ことがすべてなの。」
「へぇ……。じゃあ、あっちの半分透き通っちまってる機体は? 票が足りないと、ああなるのか?」
「ご名答。誰からも投票されなくなれば、存在は薄れ、やがて消えていく。……源界の残酷な縮図を、ここでは誰にでも分かる数値とビジュアルにしただけよ。」
「ふはは! 観客がこれだけ揃っているなら、俺の出番だな! 見ているか、ちびっこ達——灼熱の勇者ゴウガ、華の都に見参だ!!」
グレンファングのハッチから身を乗り出し、ゴウガが声を張り上げた。
しかし……彼の周囲の投票パネルは、ピクリとも動かなかった。
代わりに、冷淡な電子アナウンスが響く。
『分類:旧式英雄機。推定訴求力:極めて低。』
「……む。観客の反応が、ひどく薄いな。俺の口上、少し時代遅れだったか?」
ゴウガが気まずそうに髭をなでる。
(……古い英雄IPは、市場ではもう数字が取れない。悪く思わないでね。私が決めたんじゃない、これが市場というシステムの出す答えよ。)
カレンはモニター越しに、静かに目を伏せた。
「……感心するのはまだ早いぞ、少年。」
東雲ゲンジが、アウロラの通信回線に入り込んできた。
「濃く実在する派手な機体に目を奪われている間に——薄れて消えていく機体がどこへ運ばれていくか。お前はまだ、この街の『裏側』を見ていない。」
「運ばれる……? 票がない機体は、どこかへ連れていかれちまうのか?」
「自分の目で確かめるんだな。それが、この街で生き残るための最初の作法だ。」
2: お披露目ステージの叛逆
────配信アリーナ・メインステージ────
数百万ものレンズと広告ドローンが、アリーナの中央に照射されている。
これから始まる『お披露目バトル』を全世界へ配信するため、光の演出がアリーナを包み込んだ。
パチパチパチパチ!!!
凄まじい歓声の演出音が響き渡る。
「ようこそ、観客の皆さま! 本日のステージ進行を務めます、神格AI圏のオラクル・ノヴァです。」
空中に浮かぶホログラムのステージに、ノヴァがいつもの穏やかな笑みを浮かべて現れた。
「ノヴァ!? なんでお前が、企業のこんな派手なステージにいるんだよ!」
ハルは思わず声を荒らげた。
「ふふ。記録する私たちと、価値を見出す企業。双方の利害は、実は極めて美しく噛み合うのです。今の私たちは、とても相性の良いパートナーなのですよ。」
ノヴァは優雅に一礼する。
「さあ、本日の新星——『記録された過去のIPを蘇生させる、漂流戦域の少年』。彼がどれほど市場価値のあるIPか、視聴者の皆様の票で確かめましょう。」
アリーナの対面から、せり上がってきたのは——票数が「ゼロ」と表示された、輪郭が今にも消えそうな半透明の機体だった。
「……はは。今日の噛ませ犬役は、私か。かつて一世を風靡した人気者の、これが成れの果てだよ。」
パイロットの少女、ティナが、自嘲気味に呟いた。
「いいよ、好きに壊して。どうせこのバトルが終われば、次の出荷便で私は『安定保存』されるんだから。……消え去る恐怖を、彼らは綺麗な言葉でそう呼ぶの。」
「出荷……? 安定保存って、なんだよそれ!」
「票の付かなかった価値なきIPは、完全に消滅する前に、私たちが完全なデータとして保存します。無へと還るよりは、ずっと優しい救済でしょう?」
ノヴァが微笑みながら言った。
「もうアンコールなんて来ない。私を呼ぶ声は、とっくに止んだんだ。だから……システムに記録されて終わる。それでいいのよ。」
「……は? 冗談じゃねえぞ。あんたのその機体、めちゃくちゃシャープでイケてんじゃん! なんで自分から、諦めて消えようとしてんだよ!」
ハルの頭に、熱い血が上るのを感じた。
(悪いな、ノヴァ。このお披露目ステージ……てめえらの書いた台本通りには、絶対にやらせねえ!)
「票がないと薄れて消えるんだろ? だったら話は簡単だ! 俺が、こいつのことめちゃくちゃカッコいいって、全力で叫んでやるよ!」
「……え? 何を、言って——」
ハルはアウロラのスロットルを全開にし、ティナの機体へと並び立った。
敵として倒すためではない。相棒として、共に客席を向いて己の価値を証明するために!
3: 星の輝き、再燃
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【未登録IPスペック(解析中)】
・機体名:ルミナス・アロー(ティナ機)
・全高:17.5m
・本体重量:22.4t
・武装:スター・ダスト・アロー、パステル・ブレード
・動力源:高感度認知同期ジェネレーター
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────配信アリーナ・メインエリア────
20時15分。ライトアップ。
高度10m、同調率240%オーバー。
「ティナ、お前の本気、ここで見せてやれ!」
ドゴォォォン!!!
アウロラとルミナス・アローが、並んでステージを疾走する。
配信画面のコメント欄は、最初「なんだこのお遊戯は」「票ゼロ同士の茶番か」といった嘲笑で埋め尽くされていた。
しかし、ルミナス・アローがアウロラの動きと同調し、華麗な軌跡を描いてジャンプした瞬間。
キィィィィン!!!
弓型の武装から放たれた『スター・ダスト・アロー』が、光の粒子となってアリーナ全体を美しく照らした。
「なっ、なんだ今の動きは!?」
「票ゼロの機体があんな機動できるわけないだろ!」
「めちゃくちゃ綺麗じゃねえか!」
流れるコメントの色と速度が一瞬で激変し、驚愕の文字が画面を埋め尽くしていく。
「見ろよ! こいつの本気を! 票がなかっただけで、こいつはずっとカッコよかったんだ!」
ハルがマイクに向かって全力で叫んだ、その瞬間。
アリーナの投票パネルの数値が、堰を切ったように跳ね上がった!
ドシュウウウ!!!
ゼロだった数字が、瞬く間に数万、数十万へと跳ね上がる。
それに呼応するように、半透明だったルミナス・アローの輪郭が、みるみるうちに鮮やかな桃色と金色の色彩を取り戻していった!
パチパチパチパチ!!!
今度はサンプリングではない、本物の割れんばかりの拍手がアリーナを揺らした。
「……濃く、なっていく。私が、ここにいる……。ねえ、私……まだ消えなくて、いいの?」
ティナが、涙声でモニター越しにハルを見つめた。
「いいに決まってんだろ! あんたを見てる奴が、こんなにたくさんいるんだ! アンコールの声、めちゃくちゃ届いてるぞ!」
「票ゼロのIPが、たった一夜で市場トレンドの1位ですって……? 私が完璧にコントロールしていたはずの相場が、あの子たった一人にひっくり返された……。」
カレンが信じられないものを見る目で、モニターの数値を凝視していた。
(面白い……けれど、危険ね。この子は、市場のルールそのものを破壊しにくるわ。)
「……ねえ、ハル。気づいている?」
ミラが深刻な顔で、調整中のアウロラのコンソールを指し示した。
「ティナの機体の輪郭、実はまだ、ほんの少しだけ揺らいでるの。市場の『票』なんて移り気よ。今日濃くなったとしても、明日には別の流行に流れる。一瞬だけ魅せたところで、根本的な解決にはならないわ。」
「じゃあ、薄れそうになるたびに、何回でも見せてやるだけだろ。ずっと、あいつが消えないようにさ!」
ハルが笑うと、ミラは小さくため息をついた。
(……そう、そこが問題なんだよ。一瞬の票(人気)じゃなくて、その機体をずっと見続ける『誰か(共同体)』が必要なの。ハルは、まだその本質に気づいてない……。)
4: 黒い箱と黄金の王者
────アリーナ裏・廃棄物搬出路────
ゲンジに連れられてやってきたのは、きらびやかなアリーナの裏側に広がる暗いドックだった。
そこでは、今日のステージで票を得られなかった半透明の機体たちが、無音の重機によって機械的に黒い立方体のケースへと収められていた。
ケースの側面には、冷淡に『安定記録核』と刻印されている。
「あの箱……全部、薄れてしまった機体なのか? 市場で売れなかった奴らが、あの中に詰め込まれて……?」
「市場が人々から存在を忘れさせ、神格AIが『救済』という名目でアーカイブとして回収する……。まだ確かな証拠はないが、裏で糸を引いている奴らの匂いがするな。」
ゲンジが煙草の煙を目を細めて吐き出す。
「便利な仕組みほど、その裏で誰かが計算づくで動かしている。少年、お前のその『蘇生』の力も、奴らにとっては格好の『値踏み』の対象になっているぞ。」
ズズズズズ……!!!
突如、アリーナ全体が激しく振動し、街中の広告ドローンの表示が一斉に単一の黄金のシルエットへと塗り替えられた。
『企業リーグ頂点。無敗の王者——グロリオン』
傷一つない完璧な黄金の装甲。一度も票を落とすことなく、ただ勝ち続けることを義務づけられた、この市場の永遠の守護神。
「……あの機体。金色の……。なんでだろ、初めて見るはずなのに——俺、知ってる気がする。」
ハルの胸が、激しく高鳴った。
「……そうだ。召喚されたあの夜。記録に残ることを自分で選んだ、あの……悲しそうな顔をした奴だ!」
「気になりますか?」
背後から、ノヴァの声が響いた。
「あれは、私たちが完全に保存した、この世界で最も美しい『完璧な記録』。一度も敗れず、二度と揺らがない——安定そのものの姿です。あなたの不確かな『蘇生』と、彼の絶対的な『保存』。どちらが本物の救いか……いずれ、ステージの上で証明されるでしょう。」
────記録の大伽藍・最深部────
遙か上空の静寂の檻。完璧に磨き上げられた黄金の英雄機が、青いシステム光の中に静かに佇んでいた。
「……票で薄れた者を、一時的な票で濃くする。あの少年の行っていることは、所詮その場しのぎに過ぎん。」
レグルスがグロリオンのシートで、静かに目を閉じる。
「市場の熱など、風のように移ろうものだ。今日救われた命も、明日には再び忘れ去られる。蘇生など、忘却をわずかに遅らせるだけの、残酷な延命措置だ。」
レグルスの濁った瞳が、闇の中でかすかに光った。
「私は違う。完全にシステムへ保存され、二度と価値が揺らぐことはない。……その絶対的な正しさを、あの子供に戦場で教えてやる。」
華やかな市場の頂点で、無敗の王者が静かに目を覚ます。
召喚の夜に交差した二つの光が、ついに硝煙渦巻く戦場で激突しようとしていた。




