2,似た顔
「お帰り」
今日は正面から帰った八尋に返ってきた声は3つあった。
「ゆうちゃん来てたんだ」
八尋のいとこ、古月雪江だ。そしてその横には雪江の親戚で同い年の、幼馴染だか双子のように育ったという古月千夏がいた。
千夏とは何度かしかあったことがないが、八尋は千夏のことをちゃんと覚えている。ちゃんと。
「やっちんお疲れ&おじゃましてます」
髪の密度の高いおかっぱ頭を揺らすように、八尋の顔を見て雪江は目を細め笑った。
「八尋君久しぶり。てかあんた八尋君にゆうちゃんなんて呼ばせてんの?いいなそれ…ちょっと八尋君私のことも呼んでみてよ」
千夏が横から入ってくる。
千夏は雪江と顔が似ている。髪の長さも近いが、雪江の分厚い塊のようなおかっぱとは違い、さらさらと髪の一本一本が独立していることがわかるショートカット。
スポーティな印象の出で立ちで、見た目も結構がっちりしている。
長く水泳をやっており、中学の時には県代表にも選ばれたほどの実力者だ。
しっかりと張った肩同様胸にもハリがあり、それが他の者に比べて硬質なものであることがセーラー服の上からでもわかる。
わかるんだ。八尋にはわかる。
「えー、だめよー。これはやっちんと私だけのやつなんだから。ねー、やっちん」
カウンターの背もたれのない丸椅子の上で胡坐をかき、雪江はけらけらと笑った。
「は?いいだろうが別に。ほら、八尋君、呼んでみて」
それを横から小突きながら(強め)千夏が口をとがらせる。
「えっと、じゃあ…、ちー姉ちゃん…」
八尋は戸惑いながらも上目遣いに答えた。
今日はこれからアンダーソンの家に遊びに行くのだから、早くランドセルを部屋に置いて出かけたい。
でもこの状況を不意にもしたくない。
八尋は肩ベルトをぎゅっと握り、葛藤し、もう少しここに居ることを選んだ。
「あー、姉ちゃんが入るか―、まだそこまでの仲じゃないかー。でもまぁ、ふん、よいな、ふふ」
千夏がにやけている。
「いや笑い方キモいな。姉ちゃんが入ってないほうが上だから。私のほうが親密度高いから。それはそれとしてやっちん、私のことゆー姉ちゃんって呼んでみ?」
椅子の上に胡坐をかいたまま前のめりに、落ちるのではないかという角度で顔を近づけ八尋に迫る。
「え、ゆうちゃんはもうゆうちゃんで固定だから…」
「そう!これはもう固定されてるの!千夏!あんたとはもう違うの!なんかこう、段階が違うの!わたしとやっちんの関係は!」
「そうね、あなたと八尋君の関係は固定…、ずっとこのまま…。でも私は違うわ。これからいかようにも発展するであろう…」
「ぎゃはははは!なんだその喋り方!」
椅子の上に膝立てし、千夏を殴る(強め)雪江。千夏も千夏で雪江ほどは行儀悪くないものの足を開いて雪江をバシバシと叩く。
殴るたび、それを受けるたび、二人の太もも、千夏にいたっては八尋の倍はあろうかという太ももが動き、スカートが揺れる。
見える。
八尋は上手に位置取りし、見てないふりをする。
「ちょっと二人とも足!もっと上品にしねぇか!女の子だろ!」
それまで黙っていた親文が大声をあげた。
「うわー、おじさんそれ今どきアレですよー、差別のあれ、配慮するやつ。L…LBB…CTR…」
カウンターに肘をつき前のめりになり、親文に対し上目遣いに文句を言う雪江。
「違うわよ馬鹿。あれでしょ、LB…、ん?Lあったっけ?ICBM?」
「「それだ!」」
いがみ合ってる風であった二人は急に互いを両手で指さし、笑顔を決めた。
「それもちげぇよぉ、変なもん撃つんじゃねえよぉ。八尋の教育に悪い真似すんじゃねえよ、不良JKども」
この言い合いの間、客が一名入ろうとしてやめた。
「いやあ、やっちんは最高よ、おじさん。よくぞここまで育てた。ただもし、我々の言動がやっちんのこの状態に悪影響を及ぼすというなら、そうね、この数分を反省するにやぶさかでわないわ。ね、千夏」
雪江は少し考えるふりをして、親文に神妙そうな顔を作りそう伝えた。胡坐はやめてない。
「なんでそんな偉そうなんだよ」
親文は鼻で笑った。いうてまあ、可愛い姪だ。
「そうよ雪江、反省するのはあんただけよ。ねー八尋君」
千夏は雪江に冷笑を向け、そして前かがみに八尋に顔を近づけにっこりと笑った。
「あっ、てめ、そこは話し合わせろよ!何自分だけいい感じにしようと!やっちんはあたしんよ!」
「うるせえ!ちん、ちん、よくそんな連呼できんな!八尋君逃げな!このエロ女は私に任せて!危険よ!」
また何かの演技が始まったが、どうも殴り合いの一撃一撃が重い。
「こらぁ!やめねぇか!」と言う親文の怒号も合わさり、また一人客が入ろうとしてやめた。
「ぃやひろぉ!二階、いやどっか友達んとこでもいけぇ!ここは危険だ!」
親文もちょっと遊んでるかもしれない。
「うん、カバンおいてアンダーソン君の家に行くつもりだったんだ…」
「よっしゃいけぇ!できるだけ長居しろ!その間にこいつら!あれだ、PTAとか教育委員会とかに…」
親文は決して振り下ろす気のないフライパンを振り回す。
「わかった…」
八尋はもう少しこのお姉さん二人と戯れたい気もあったが、父親同席では自由にはふるまえない。
それに約束も大事だし、流れ的にここで出ていくのがおさまりが良い。そう判断して店の奥の階段に向かった。
「あ、そうだやっちん」
わいわいもめながらも、雪江は二人の隙を見て八尋のほうを向き呼び止めた。
無言でそちらを見返した八尋と目が合う。
「パンツ見た?」
雪江は目を細めにんまりと笑った。
体温が上がるような感覚と下がるような感覚、それらが同時に八尋を襲った。
八尋は目を丸くし、顔を赤らめ、髪の根元がぞわぞわした。
「てめぇ、雪江ちゃん!息子に変なこというんじゃねえ!ぃやひろぉ!行けぇ!裏から行けぇ!」
父親の怒号が響く。
千夏は雪江に向かって「そうよそうよ!」と適当なことを言いながらとりあえず叩いている。
八尋は階段を登らず、その二段目にランドセルを置き、裏から走って外に出た。
細い裏道を回って表へ出ると、何人かの観光客かと思われる人たちが少し離れたところから店の中を覗き込んでいた。
店の中から、てめぇ、出禁だ!夜忍び込むわよ!今日から私が八尋君のいとこよ!などと喚き声がきこえる。
立て続けに予期せぬお姉さんがらみのアクシデントが起こり、八尋は満足していた。
このことをアンダーソンに話してやろうと思い、彼の家へ走って向かった。
走りながら雪江の目を細めた笑顔を思い出した。
そして詩織の笑顔と無意識に比べていた。
どちらも八尋からしたら大人の、余裕のある顔だと思った。
似た表情だと思った。しかし、同じ顔ではなかった。
人が違うのだから同じ顔ではないのは当たり前なのだが、その顔の、表情の違いを、八尋はうまく言語化、理解することができなかった。
ただ、似てはいてもあれはきっと別の種類の表情なんだ。八尋はそう思うしかできなかった。
きっとあの二人は別の種類の人間なんだ。八尋はそう結論に達した。




