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蜥蜴と蝶の島  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
ポケットの天蚕糸

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5/11

5,父の家

挿絵(By みてみん)

「ぃやひろぉ、てめぇ、帰ってるなら帰ってるって言わねぇか!」

 階段を上がってきた男は、ランドセルを開け中のものを入れ替えている八尋に大声を浴びせた。


「ただいまお父さん。お客さんいるの見えたから裏から入ったんだ」

「なんだその気遣いは!お前ぐらいの年じゃなぁ、まだそんなことする必要ねえんだよ!できた息子かてめぇは!ただいまぐらいは言え!」

「うん次からそうする」


 八尋の態度に違和感を覚えた。が、今までもそういうことは度々あった。

 親文(ちかふみ)…八尋の父は八尋が成長するたび、余裕のある、大人びた喋り方をする瞬間があることを知っていた。

 今日、恐らく、息子の成長に影響を及ぼす何かがあったのだろう。

 それが何かはわからないが、息子の成長の瞬間を細かく感じ取るのは親文にとって大きな喜びだった。


「それよりやひろぉ、おまえ、帰ったら最初にすることがあるだろうが」

「うがい手洗いならしたよ」

「よぉし、ならいい」

 親文は腕組みして頷く。

「あ、今日出た宿題はしないんだ。わざと」


 そう言った八尋に、親文はぴくっと反応した。

「おい、なんだそりゃぁ、わざと宿題しないって。そんな独特なグレ方、反抗期にしたってお前、そういう場合は口にしないやり方が普通だぞ?」

 自分の子に限ってないと思っていたその時期が、もう、しかもこんな律儀なやり方で発現するとは思っていなかった。親文は困惑した。


「リンダが学校休んでるんだ。だから今度一緒に解こうと思って。多分リンダも一人で解けるとは思うんだけどせっかく今日届けたし。先生にも明日そう言ってみようと思って」

 八尋は下を向いて明日の教科書を選びながら話した。


 親文は眉間に皺をよせた。これは親身に息子の言葉に耳を傾けているときの顔。

「リンダちゃんか、あれか、今日リンダちゃんち行ってきたのか」

 八尋は父を見て頷いた。

「そうか、アンダーソン君あたりと遊んでたのかと思ったが、そうかそうか、それはお前あれだな、できたやつだな」

 親文、感じ入る。


「だから今日は学校の勉強しないでこっちを見るんだ」

 そう言うと明日の教科書の準備の済んだランドセルをポンと投げ、ずりずりと膝歩きで本棚へ近寄った。


「恐竜は鳥になったって話があるでしょ。その証拠に恐竜の足はまっすぐ下に生えてるんだって、鳥とか哺乳類みたいに。トカゲとかワニみたいな爬虫類はこう、がに股だから。だから恐竜と今生きてる爬虫類は別の種類だって先生が言ってて…」

 そう言いながら腕を横に広げくいくい動かして見せた。

 そして本棚から大きな恐竜図鑑を出した。

 親文は息子をかわいいと思った。


「宿題しないから別の勉強ってお前、なんかまっ先にゲームするとか、そういう発想はねぇのか」

 正直「宿題しねえか!」とか「勉強しねえか!」とか言ってみたい願望がある。

「ゲームもするけど、お父さん仕事終わってから一緒にしようよ。だめ?」

「お、おお。そうだな」

 完璧☆息子ムーブ。


「あ、ほんとだまっすぐ生えてる。こっちには骨も載ってる。へぇ」

 八尋は大きな図鑑を胡坐の中に抱えてぱらぱらとめくった。


「ん?てかお前そんな図鑑持ってたか?動物図鑑は前買ったけど…」

「これ去年じいちゃんに買ってもらったやつだよ。お父さんにも言ったでしょ」

 そういえばそうだった。

 ちょっとやきもきする。


「ぃやひろぉ、てめぇ。その図鑑見ただけで先生の話が正しいかどうかなんてわかんねぇだろうがぁ」

 親文の声に力がこもる。

「え、なんで。先生の言った通りまっすぐに…」

「違うだろぃやひろぉ!動物図鑑も見ろ!そして複数の哺乳類と恐竜の共通点が見えなきゃ検証にはならねぇだろうが!」


 確かにそうだ。八尋は目を丸くし、慌てて動物図鑑を引っ張り出した。

「哺乳類はまっすぐ足が生えてる。でも骨の感じが似てるかどうかはわからないや。似てるのはやっぱ鳥?」


「八尋、本屋さん行くぞ。鳥類図鑑買うぞ。あとあれだ、本当に違いがあるか爬虫類図鑑も買うぞ。爬虫類図鑑なんてあるか?この島に。なければあれだ、とりよせるぞ」


 八尋の祖父、親文からしたら義理の父だ。対抗心を燃やしている。

「え、今から?仕事中でしょ」

「いいんだよあいつら、今来てんのは昔のダチばかりでよ、たいして注文もしねえんだよ、ほら、八尋、行くぞ」


「ダメだよ!」

 八尋は大声を出した。

「ほんの一瞬でもそんなことをして、その判断が今後に響くかもしれないんだよ!そしてそれを回復させるには失った時間の何倍もの時間がかかるんだ!それに昔からの友達なんでしょ。僕の喘息のためかもしれないけど、お父さんだってせっかく故郷に帰ってきたんなら、友達との時間も大切にしたほうがいいよ!」

「お、おお。そうだな」

 ぐうの音も出ない。


「土日はお仕事だから、ちゃんと店休日か前もってこの日休みますって看板立てて行こうよ」

「八尋てめぇ、まったくその通りじゃねぇか」

 うん。と八尋は力強く頷く。

「5限なのは火曜か、ちがうか、水曜か。来週水曜はまっすぐ帰れ。本屋さん行くからな」

「わかった。ありがとうお父さん」

「何がありがとうだてめぇ!それは買った後に言うんだよ!」

「わかった!」


「ったくよぉ」とぶつぶつ文句を言いながら親文は階段を一階へと降りて行った。

 一階は職場、というか店だ。親文がオーナーを務める小さな飲食店だ。

 八尋の喘息の治療のために日見島への移住を決めるとすぐに準備を始め、地元の仲間の協力もあって移住後半年もたたずにオープン。

 地元の人間もやってくるが、SNSをうまく利用し観光客にも人気の店だ。


 もともとあった古い鉄筋のビル、理髪店だったところを改築し、ヨーロピアンな、洒落た作りの店となっているが、大きな一枚板の看板を立てかけ、筆書きで八兵衛と店名が書いてあるのが不釣り合い。

 親文がもともと息子につけようとしていた名前だ。

 八は縁起がいいからと言っていたが、別に兵衛はいらないでしょという妻のもっともな意見により最終的に落ち着いたのが八尋だった。


 なぜかああいう、巻き舌交じりにわざと悪ぶったようなしゃべり方をする人間だが、頭はよく、教育熱心で、息子が興味を持ったことには全力でサポートする姿勢の男だ。


 八尋は親文を変な人間だと思っていたが、それでも自分のためにさまざまな努力をしていることに感謝しており、そして父と過ごす時間が好きだった。


 だから今度父と本屋に行くのはとても楽しみだった。


 一階からわっと笑い声が聞こえた。父の友人たちの声だ。

 その声に交じって、父が感情的に、鼻をすすりながらしゃべっているような声が聞こえた。

 聞こえた気がした。そう、気がしただけだ。

 こういうのはたとえ自分がらみのことだったとしても、大人たちが楽しむことだから。だから一階で何が起こっているかあまり考えなくてもいいし、間違っても何が起こっているか見に行ったりするものではない。


 親と子、しかも自身はまだ小学生ではあれど、やはり男同士、こういった配慮も必要なのだ。

 八尋はそう思った。そう思える男だった。

 父のためを思うなら、今はただ集中して図鑑を読み進めることが大事だ。

 それがわかる、八尋はそういう男だった。

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