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蜥蜴と蝶の島  作者: 南田 萌菜
ポケットの天蚕糸
1/2

1,八尋

挿絵(By みてみん)

 並木坂を花びらが汚すのは春の始まりがとうに終わってしまったから、ツバメをよく見かけるのは夏の準備がもう始まっているから。


 登校時はつらく、下校時は調子に乗ると危ない坂道だった。

 その坂道にある重力を感じ、利用し、程よい速度で八尋は校門から帰路とは逆方向に坂を下った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「安藤君」 

 担任は新任の女で、丸っこい、毒気のない、このままあまり老けることなく年を取るのだろうと思えるような見た目だった。

 八尋はこういうタイプも嫌いじゃない。


「これ、林田さんに届けてくれるかな」

 渡されたのは数枚のプリントだった。

「安藤君、林田さんの家とは方向が違うけど、他の子は用事あるみたいだし。安藤君、林田さんと仲いいし、ダメかな」


 離れたところで数名の女子がこちらをチラチラ見ながら何かを話している。


 担任は申し訳なさそうに、少し照れているように話した。

 こういった様子なので、ああいった態度が発生し、学級の運営がうまくいかないことがあるのだろう。


 プリントは3日分の宿題と保護者に向けた行事の案内だった。


「方向は違うけどそんなに遠くないからいいですよ」

 八尋は上目遣いに担任の目を見た。

 新学期早々風邪で休んでいる林田が気になってもいた。


「そう、良かった。本当は先生が持って行かないとなんだけど、先生まだあのあたりのことよくわからないし、島のこともよく知らないから」


 申し訳なさそうな担任に「うん」と頷き、このくらいなんでもないですよと合図して見せる。


 女子たちが何か話している。「おねえちゃん」「みこ」「かぜ」「りんだ」断片的にそんな言葉が聞こえる。

 

「おーい、アンディ!パキカやろうぜ!ヒルトンち集合な!」

「いや、リンダの家にプリント届けに行くことになったからやめとく」

 セントラルアイランド…中島が隣のクラスのパキモーカードフリーク、ヒルトン…岡敦の家で遊ぼうと誘ってくる。

「なんだよパキカより女子かよー」

 中島の声にあわせて周囲の男子も八尋を囃し立てる。


「まあ、そうなるかな」

 八尋は10歳と思えぬニヒルな笑顔をして見せた。

 岡敦はカードをやたら持っている。

 戦争とは財力だ。八尋は持ち前の戦術で何とか善戦しているが、正直岡とはあまり戦いたくない。


「アンディはリンダの先生してるから、やっぱり気になるんだと思うよ」

 一番仲のいいアンダーソン…下村龍之介がフォローをくれる。


 家庭環境があまりよくなく、恐らく栄養状態も悪かったのだろう、休みがちで勉強も遅れていた林田。

 昨年末あたりから家庭環境が改善され、学校も休まなくなっていた。

 その頃隣の席だった八尋。何の気なしに林田が全く解けないでいた算数を教えてやると、林田はそれをあっという間に吸収。

 彼女が読めない漢字や、他の教科も言葉の意味などを教えるとそれを難なく覚えた。


 リンダは機会がなかっただけで本当はとても頭がいいんだ。

 そう思った八尋は休み時間や放課後に林田に勉強を教えるようになった。

 

 教えると言っても難しいことはしていない。

 宿題が出ればそれを一緒に解き、わからなければ教科書をさかのぼってどこを見ればいいかを教えてやる。

 さらにさかのぼって説明することも何度かあったが、五年生になるまでの数か月で八尋と同じくらい勉強ができるようになった。


 そうなってからも林田と勉強するのは、いまだに、あ、その漢字読めないんだということが時々あるから。

 男子と女子が一緒にいることを恥ずかしがる思春期の入り口にあって、八尋はこういうことの大切さを知っている…つまりは早熟だからだ。


「アンディ来ないとヒルトンの一人勝ちじゃんかよー。アンダーソンも来ないんだろー?」

「いや、アンディが来ないんなら僕が行こう。ヒルトン…彼の蛮行はしばし…目に余る!」

「おお!まじかよ!今日塾じゃねーの?」

「友の名代として、友のために戦う。たまの休みくらい神(親)も許そう」

 龍之介は気取った演技をした。

 おおー、と、周囲が盛り上がる。

 女子が呆れている。


 八尋は龍之介のこういう、真剣にふざけるところが好きだ。たまにふざけているわけではなく、根っからこういう性格なのではと思うこともあった。それはそれで好きだ。


 うんうんと頷き、口元に笑みを作り、八尋は龍之介とその周囲に手を振った。


 ちなみにカードはぼろ負け。親にも怒られたそうです。

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