お茶会(7)
俺は、軍の再編成という地獄のシリアス業務を二日間徹夜で遂行し、ついにセレスさまとの「第三次お茶会」のために時間を空けることに成功した。徹夜明けで顔は青白く、脳内ではまだ賠償請求の条項と大隊の編成表がグルグル回っている。
「よし、これで大丈夫だ。あとは王宮に向かうだけ……」
俺が最後のカフェイン剤を飲み干したその時、技術担当ゴーレムが静かに執務室に入ってきた。そして、その冷たい金属のアームには、場違いなほど可愛らしい手提げの紙袋がぶら下がっている。バルザック商会の特注品だろう、品のいいレースがあしらわれた、洒落たパッケージだ。
「御屋形さま、こちらを」
ゴーレムは、その国家機密を運ぶのと同じ無機質な動作で、俺に紙袋を手渡してきた。
(お前、こんなこともこなすのか! 核融合炉の稼働状況を報告し、幼い女王へのプレゼントを運び、しかもその間のプロセスには一切の感情を挟まない! お前も多忙なんだな……!)
俺は、思わず技術担当ゴーレムという超高性能AIに対して、変に同情の念を抱いてしまった。過酷な労働環境は、この世界のあらゆる生命体、そして機械のロマンスを殺す。
「ご、ご苦労」
俺は紙袋を受け取った。紙袋の重さからして、中にはマザーが提案した『冬の乾燥対策セット』が入っているに違いない。最高級の原料と、微かな庭園のバラの香りが詰め込まれているはずだ。
だが、俺は中身を見る前に、すぐさまゴーレムに尋ねた。
「中身は?」
俺の目は、ゴーレムの赤い瞳に釘付けだった。俺が聞きたかったのは、「ハンドクリームです」という事実確認ではない。
(おい、ゴーレム! お前は運搬中に中身を分析しただろう! 香りはどうだ? バラの微かな香りは、セレスさまの好みと合致しているか? パッケージのリボンは、彼女のロイヤルブルーの瞳と調和しているか!? 最高の褒め言葉で俺を安心させてくれ!)
俺は、「次席補佐官はまだ見つからないが、せめてお前が俺の『感情的サポート担当』として機能してくれ!」という切実な願いを込めて、ゴーレムからの最高の返事を期待していた。
しかし、技術担当ゴーレムの返答は、極めて無慈悲だった。
「中身は、先刻マザーの指令により最終梱包された、乾燥対策用化粧品セットです。匂い成分の分析結果は、『バラ科の成分を0.03%含む、芳香性の液体』と定義されます。以上」
俺の期待は、「芳香性の液体」という、あまりにも無味乾燥な報告によって、粉々に砕かれた。俺は、この合理性の塊のようなゴーレム相手に、「ほっこりした気分」を求めることの愚かさを、改めて痛感するのだった。
◆
王宮の庭園。午後の光が銀のスプーンに反射し、磨き上げられたテーブルの上で小さな光の粒を踊らせる。バルザック商会が献上した最高級の焼き菓子の甘い香りが満ちているが、セレスティア女王陛下の表情は、まるで深い湖面の底のような静けさに包まれていた。
この数日、彼女は「強靭な国」という重い誓約の代わりに、堅苦しい儀式や家臣の拝謁に耐え続けていた。その重圧から、ふと、彼女は椅子に身を預け、わずかにため息を吐いた。完璧に整えられた空間の中で、この一瞬だけは、彼女が「王」ではない、ただの「セレスティア」という少女に戻れるひそやかな時間だった。
やがて、遠くから聞こえてくる靴の音に、彼女はゆっくりと顔を上げ、再び微笑みを準備する。優雅な午後の始まりまで、あと少し。
そして、その人影が庭園の入り口に現れた。トールだった。
久しぶりに彼の顔を見た瞬間、セレスの小さな心臓は、まるで鳥のように跳ね上がった。胸の奥が、温かい魔法をかけられたように一気に熱くなる。
(ああ、来てくれた。本当に……来てくれた)
王としての冷静な理性が、彼女の行動を律しようとする。しかし、その力は、再会の喜びという純粋な感情には抗えなかった。思わず視線を逸らして下を向いてしまう。彼は気づいただろうか、この一瞬の動揺に。
「トールさま、お久しぶりです」
なんとか絞り出した声は、予想以上に少しどもってしまった。一国の女王にあるまじき失態だ。
言葉とは裏腹に、彼女の口元は、俯いた顔の下で隠しきれない笑みを微かに浮かべていた。彼女自身、トールを呼んだのは「国政の進捗」のためだと、何度も自分に言い聞かせたはずなのに。結局、会いたかったのだ。孤独な王としてではなく、ただ彼と話したかったのだ。その事実に顔が熱くなるのを感じた。
セレスは、恥ずかしさで震える指先を、テーブルの下でギュッと握りしめる。だが、彼の声が聞こえない。
(どうして何も言わないの? 私の顔を見て……)
そんな切ない思いに突き動かされ、彼女は彼の顔をそっと盗み見ようと、視線を上に向ける。そのロイヤルブルーの瞳が、僅かに上がった瞬間、彼と目が合ってしまった。
彼女は電撃が走ったかのように、慌てて再び俯いてしまう。顔はもう、紅茶の湯気のように真っ赤だ。会いたい切ない思いと、その気持ちに気づいてしまった乙女の恥ずかしさが、彼女の心を激しくせめぎ合わせていた。
だが、その小さな動き一つひとつ、下を向いた顔から漏れる微かな笑みの中に、再会できた満ち足りた喜びが、静かにあふれていた。
◆
午後の暖かな日差しが、王宮の庭園に降り注いでいる。磨き上げられたテーブルの前にたたずむセレスティア女王陛下は、まるで純白の宝石のようだった。彼女の下手の椅子には、白い猫のぬいぐるみがちょこんと置かれている。
俺は、一歩ずつ、静かに近づいていった。右手には、技術担当ゴーレムが命懸けで運んだ、可愛らしい手提げの紙袋を携えている。
テーブルまであと数歩というところで、セレスさまがそっと顔を上げた。そのロイヤルブルーの瞳と、俺の視線が一瞬だけ合った。
その瞬間、彼女は電撃が走ったかのようにすぐに目線を外し、俯いてしまった。まるで、見られたくないものを見られたかのような反応だ。
「トールさま、お久しぶりです」
彼女はうつむいたままで、か細い声を出した。その声には、儀式的な冷静さではなく、再会の動揺が色濃く滲んでいる。
俺が立ち止まるのを待って、セレスさまは再び、そっと上げた目線で俺の顔を盗み見た。そして、再び俺と目が合った。彼女はびっくりした表情を見せて、顔を紅潮させ、またしても俯いてしまった。その動作は、まるで完璧にプログラムされた『恥じらいの反復運動』のようだった。
(そんな、セレスさま。その表情は男を勘違いさせてしまいますよ。俺は核融合炉の安定稼働で忙しいんですから)
俺の心臓は、水力発電のタービンのようにドクンと跳ねた。十歳の少女にこれほどまでに動揺させられる自分の状況が、もはや喜劇にしか思えない。
(いかん、いかん。俺は32歳なんだゾ! 王国の再建が最優先。これはあくまで外交だ!)
俺は、高鳴る鼓動を無理やり沈静化させ、一国の代表として、極めて淡々と、そして現実的な言葉を口にした。
「セレスさま、新年のご挨拶にお伺いいたしました。あけましておめでとうございます」
俺は、苦心して作り上げさせた『乾燥対策セット』の紙袋を、静かにテーブルに置いた。
「そして、こちらをどうぞ」
俺はドキッとした気持ちを押し隠し、科学者としての知識と実用性に基づいた、全くロマンのない説明を敢行した。
「冬は乾燥が気になります。セレスさまの年齢であっても、この季節は肌の水分保持能力が低下します。きっちりと対策をとっておかれるべきかと思い、用意させていただきました」
俺は、この「乾燥」というワードで、セレスさまの頬の「赤み」を中和できることを期待していた。
セレスさまは、恥じらいで震える指先で紙袋にそっと触れた。そして、俺のあまりにも現実的な説明を聞いて、一瞬だけ俯いていた顔を上げ、「そうか、乾燥対策か」という、妙に納得したような表情を浮かべるのだった。その顔には、先ほどの乙女の羞恥心と、王としての冷静な理性が混ざり合っていた。
◆
乾燥対策という現実的な話題で、一度はクールダウンしたセレスティア女王陛下だったが、トールが話し始めると、彼女の周囲を包んでいた冷たい緊張の糸は、次第に緩んでいった。
トールは、核融合炉の安定稼働やダムの建設状況といった「小難しい話」を、まるで新しいおもちゃを紹介するかのように、時に身振り手振りを交えながら楽しそうに語る。その話は、彼女の知らない未来の技術と、この国の確かな希望に満ちていた。
最初は、王としての責務感から、その話を真剣に聞こうと硬く、緊張した表情を保っていたセレス。しかし、トールが目を輝かせながら、「これで王都のどこでも、いつでも温かいお風呂に入れますよ、セレスさま!」と無邪気に断言する様子を見ているうちに、彼女の頬は自然とゆるんでいった。
彼女の瞳は、トールの話す内容に相槌を打ちながら、俯き加減で視線を泳がせたり、時折、前髪をいじるフリをしたりして、照れを隠そうと努める。その動作は、すべてがぎこちなく、必死に平静を装おうとする十歳の少女の愛らしさに満ちていた。
しかし、その努力もむなしく、彼女の口角は上がりっぱなしだった。トールの視線が、ふと自分から逸れた瞬間、彼女は嬉しさをこらえきれずに、小さく「ふふっ」と笑い声が漏れてしまう。
その笑い声は、王宮の庭園に張られた静寂の糸を、そっと切り裂いた。彼女が背負う巨大な王冠の重圧から解き放たれ、ただ一人の少女として、「この人と話すのは楽しい」という純粋な感情を露わにしていた。
トールの話を聞くたび、彼女のロイヤルブルーの瞳は、まるで風にそよぐ湖面のように、きらきらと細かく揺らぎ、その小さな顔には、隠しきれない再会の喜びと、トールへ向けられた微かな憧憬が、まるで小さな花のように咲き乱れていた。




