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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
七章 切なく甘い予感

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お茶会(6)

 女騎士を見送り、三度目の「お茶会戦争」の開戦を悟った俺は、すぐに執務室へ戻り、目の前のタスクリストをすべて無視して、最優先事項の土台固めに取り掛かった。


「東西の水力発電プラントの稼働を最優先とする。タービンの安定化、ダムの水位管理、すべてにおいて人手と費用は惜しみなく使え! バルザックへの指示もマザー、取りまとめを頼む!」


 核融合炉の「可」判定とダムの安定稼働という吉報を得たばかりだ。女王陛下のご機嫌取りという最重要タスクを盤石にするため、俺は現実のインフラに惜しみない投資を命じた。


 ピピピッ


 俺の脳内通信に、マザーから簡潔な了解のサインが届く。


(どうやら了解らしいな。これで、女王陛下が次回お越しになった際に、『王都の温水はすべて女王陛下の笑顔によって安定しています』と報告できる!)


 これで、国家の基盤は整った。しかし、俺の前に横たわる、もう一つの、そして最も恐ろしい課題がある。


 手土産だ。


 俺は、再びデスクに広げた白紙の紙に、過去の成功例を書き出した。


『ドライアドの祝福』の髪飾り(身に着けるもの:成功)


『巨大白猫』のぬいぐるみ(抱き枕並みのぬいぐるみ:大成功)


「さて、身に着けるもの、抱き枕並みのぬいぐるみときたわけだ。次は……」


 俺は唸った。前回、最高の感動を提供しただけに、今回はそれを上回る「十歳の女王の心を射抜く一撃」が必要だ。しかし、俺の脳内には、ロケットエンジンの推力計算と賠償請求の法務プロトコルしか入っていない。


 俺は、プライドを捨てた。孤独な王は、最先端の技術に頼るしかない。


 俺は、マザーに直接、恥ずかしいSOSを発信した。


「おい、マザー。今すぐ、全データベースから『十歳の少女が、身に着けるもの・ぬいぐるみ以外で最も強く求める、王宮では手に入らない特注品』を抽出せよ。予算は無制限。ただし、『核融合炉の模型』や『高度に演算されたテディベア』のような、俺の趣味が入ったものは絶対に除外しろ」


 俺は、国家の最高意思決定機関である中央管制ゴーレムに、少女へのプレゼント選びという、最も私的で情けない課題を丸投げしたのだ。


 マザーは、一瞬の処理時間の後、俺の脳内に、無感情ながらも的確な分析を返してきた。


「了解しました。しかし、御屋形さまの感情的パラメータとセレスさまの年齢、王室の慣習を考慮すると、『無制限の予算』を最も効率的に使用できる品は、極めて絞られます」


(分かっている! だから、お前に頼んでいるんだ!)


 俺は、「次席補佐官はまだ見つからないが、マザーはいる」という事実に安堵しつつ、自分の情けなさに絶望した。


「頼む、マザー。俺を救ってくれ。セレスさまのご機嫌が、ゼノクラシアの国運を左右するのだ!」


 水力発電の最大出力調整を背景に、俺はマザーが出してきた「幼い女王への最適解プレゼントリスト(予算無制限版)」を血走った目で精査していた。


 リストには、「王室御用達の職人が秘密裏に製作した、超小型の魔導仕掛けのオルゴール」「古代の魔法陣を刺繍した、世界樹の葉のしおり」など、どれもこれも「難易度:極めて高い」としか言いようのない、凝りすぎた品々が並んでいた。


(いやいやいや、ちょっと待てって。毎回こんなに難儀するなら、どんどん難易度はインフレするって!)


 俺は絶叫した。この調子で毎回、国家予算級の労力と俺の精神力を費やしていたら、俺は、お茶会のお土産予算で破綻するだろう。しかも、女王陛下に「こんなに気を使わせて申し訳ない」と、無用の負担をかけてしまう。


 俺は、ホログラムのリストをすべて消し、頭を冷やした。ロケットもダムも核融合も忘れる。


 必要なのは、難易度のデフレだ。


(発想の転換だな。前世の、この時期(冬)に、十代の女の子に売れていた、お手軽で、貰う相手の気持ちの負担にならないようなものはっと……)


 俺は、マザーに新しい検索コマンドを送信した。今回は、予算とロマンを度外視した、極めて現実的なリクエストだ。


 俺の脳裏に、マザーからの返答が、まるで天からの啓示のように表示された。


「分析結果:冬期における肌荒れは、王族であっても避けられない問題です。最適解として、『冬の乾燥対策に欠かせないアイテム』を提案します。おしゃれなパッケージや香りの良いものを選ぶと、ご年齢層に関わらず喜ばれます」


「…………それだ!」


 俺は、技術担当ゴーレムの肩をバンバン叩いた。乾燥対策! ハンドクリームやリップクリームなど、実用的で消耗品だ!


(なぜ気づかなかった! 核融合炉の出力計算ばかりしていたせいで、人間的な生活の基本を忘れていた! 化粧品は、王族であっても単なる消耗品であり、負担にならない!)


 俺は、思わず心の底から安堵のため息を漏らした。このサジェストは、国家の危機を救ったと言っても過言ではない。


「さすがをつけてやりたい! マザー! 今すぐ、バルザックに最高級の素材を使った『セレスさま専用・王都復興記念・乾燥対策セット』を開発・製造させろ! 香りは、セレスさまが好きそうな『微かな庭園のバラ』をイメージしろ!」


 俺の心は、凍てついた冬の荒野から、一気に温かい陽だまりへと移動した。


(よし、これでいい。ロマンや国家の威信を背負わせず、ただ一人の少女として、冬を快適に過ごしてほしいという、俺の純粋な気持ちが伝わるはずだ)


 俺は、目の前の核融合炉の複雑な配線図よりも、「バラの香り」という単語に心底ホッとし、心がほっこり温まるのを感じた。俺という核融合王は、結局のところ、一人の少女の乾燥肌という、最もささやかな問題に、最大の安らぎを見出しているのだった。


 だが、感傷は一瞬で終わる。セレスとの三度目のお茶会という至高の非効率を確保するため、俺は「前の世界で、24時間働けますか?」も真っ青な過酷労働をこなさなければならなかった。


 東西の水力発電プラントの稼働を確実なものとした後、俺はすぐに次の、最も血生臭く、そして不可欠な業務に着手した。軍事力の再編成である。


 ノースミッドタワーの最上階。俺の前に広がるホログラムには、第一大隊、第二大隊の組織図と、それぞれの隊員の顔写真が展開されていた。


 まず、第一大隊、ザックの部隊である。


 第一中隊長オズワル以下、三個小隊。第二中隊長カイン以下、三個小隊。第三中隊長レイブン以下、三個小隊。合計31名の戦闘員を核に、通信兵や空挺輸送機のパイロットを含め総勢50名。この四ヶ月間、彼らは王城警備という、王国の安全保障の顔として従事してきた。


 彼らの忠誠心と実戦経験は疑いようがない。故に、最も過酷で、倫理的にも重い任務を与える。


「ザック。第一大隊は、これより戦後処理、及び賠償請求支援隊とする」


 俺は静かに指令を下した。彼らの任務は、単なる法務支援ではない。南部戦争の戦犯の追跡、占領地で発生した犯罪の調査、賠償請求に必要な証拠の確保。それは、王国の正義と威信を、血と泥の中で確立する作業だ。彼らは、王国の「法の剣」とならねばならない。


 続いて、第二大隊、ライアスの部隊だ。


 第一中隊長ハンス以下、三個小隊。そして、第二中隊長は現在欠員だが、三個小隊計9名。第三中隊長クレア以下、三個小隊。こちらも総勢50名。彼らはこの四ヶ月、最も重要な生命線であるマナの泉の防衛という、静的だが重責を担う任務に従事してきた。


 彼らの新しい任務は、機動性に全てを賭ける。


「ライアス。第二大隊は、西国境防衛隊とする。そして、隊の全てを航空機動部隊として再編成する」


 俺は、ホログラム上で彼らの部隊マークを、翼と雷のモチーフへと変更した。高速で国境をパトロールし、侵攻の兆候を即座に叩く、西の盾。


 問題は、中隊長欠員の中隊だ。第二中隊は、自由民(逃亡農奴)を中心とした編成で、忠誠心は高いものの、経験不足な面は否めない。しかし、それはもはやハンデではない。


「第二中隊は、ライアス。お前が指揮権を持つ。不足する中隊長は、お前の裁量で、現地で最も優秀な隊員を即座に抜擢しろ。彼らの士気と、お前の統率力で、この未成熟な戦力を、西国境の最強の防壁とするのだ」


 第一大隊は国内の安定と正義を。第二大隊は外敵からの安全を。


 俺は、一連の再編成を断行し、冷徹な理性が、再びこの王国の軍事力を、復興という名の巨大な機械の歯車として組み込んだことを確認した。疲労は極限に達していたが、この「国家の骨格」を組み上げる作業こそが、俺の、そしてセレスティア女王の誓願の成就に不可欠なのだ。





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