新年の棚卸し
新年早々、俺はノースミッドタワーの執務室で、既に三が日を全て使い果たしたような疲労感と共に、頭を抱えて唸っていた。
窓の外は晴れ渡り、雪景色の中に王都の復興の息吹が満ちている。だが、俺のデスクの上は、カオスだった。
巨大なホログラムスクリーンには、今後の喫緊の課題が、まるで「この世界を破壊するためのチェックリスト」のように並んでいた。
ゼノクラシア王国の復興、インフラ系その他諸々(終わりが見えない無限タスク)
マザー(中央管制ゴーレム)との交信(現在進行形の苦痛)
アリアの婚約者との接触成功(なぜか俺の業務リストに入っている)
第二大隊、遊撃魔道中隊の業務見直し(木の実番をどうするか、クイーンビーはどうした?)
東上級ダンジョン探索(世界樹の大木)(最高の資材確保と危険)
南部戦争の賠償請求(絶賛放置プレイ中)
巨大になりすぎた『跳ねる小鹿商会』の制御(もはや総合商社化、「あらゆる産業に関わる、ありとあらゆるもの」を取りあつかいます)
ざっとリストアップしただけで、この有り様だ。だが、この中で今、俺の精神を最も削っているのは、マザー(中央管制ゴーレム)との交信だった。
「御屋形さま。マザーより最新の統合情報を受信しました。処理優先度:最重要」
技術担当ゴーレムが、俺の耳元で淡々と報告する。先日までは、アリアが間に入って、情報処理していてくれた。彼女は完璧なフィルターであり、俺が本当に知るべき情報だけを、A4用紙一枚に圧縮して持ってきてくれた。
しかし、今は違う。アリアの帰郷に伴い、全ての情報が俺の元へと流れてくる。
「――東のダム現場で、作業員Aが妻に浮気を疑われ士気が低下。遊撃魔道中隊は、今期、森のリスに木の実を8個奪取されました。そして、アリア主席補佐官の婚約者は、今朝、パンにチーズを乗せて食べた模様。全て、国家運営における最重要情報です」
「待て! マザー! 最後の三行は! 最後の三行は、なぜ最重要なんだ!」
俺は叫んだ。アリアの近況、特にプライベートのどうでもいい情報まで、『アリア様の安否確認』という名目で逐一、最重要情報として流れてくるのだ。その情報処理の過程で、俺は「パンにチーズ」がゼノクラシアの経済に与える影響を、一瞬、真剣に考えそうになる。
「優秀な部下! 切実に、情報を取捨選択してくれる優秀な部下が欲しい!」
俺は頭を掻きむしった。俺が欲しいのは、核融合技術を開発する天才ではない。俺の雑念と無駄な情報と、アリアのプライベート情報(ただし極秘)を完璧に分別し、俺の脳の負担をゼロにしてくれる、生身の人間型スパムフィルターなのだ。
(アリアよ! お前がいないと、俺は核融合炉の出力を上げながら、婚約者の朝食を把握し、リスに奪われた木の実の数を数える男になってしまう! 早く戻ってこい!)
ノースミッドタワーの執務室。年明け早々、情報洪水に溺れていた俺は、ふと、先ほどマザーが読み上げた一文に引っかかった。
(ん? まてよ。アリア首席補佐官の婚約者は、今朝、パンにチーズを乗せて食べた模様……って)
なぜ、「婚約者がチーズパンを食べた」という、世界で最も平和でどうでもいい情報が、核融合炉の稼働データと並んで報告されるのか?
俺は、すぐさま技術担当ゴーレムを介さず、中央管制のマザーに直接アクセスした。
「おい、マザー。今すぐ応答しろ。アリアの婚約者に関する情報をすべて開示しろ!」
俺の脳内の音声コマンドに応じ、執務室の中央ホログラムに、巨大な『マザー』のロゴと、情報ターミナルが表示された。
「御屋形さま、直接交信を受け付けました。ご質問をどうぞ」
「まず、根本的なことだ! アリアは無事婚約者と合流できたのか?」
「はい、昨年12月24日に、ローゼリア王国の首都にて無事にお会いになられました。現在は、両名ともローゼリア王宮近くの私邸にて、休暇を継続中でございます」
俺は、自分の耳を疑った。アリアが、最重要の任務であり、彼女個人の最大の課題であった婚約者との合流を、とっくに達成していただと?
「待て待て、それって俺が見落としていた情報か?」
俺は絶叫した。この年末年始、俺はワイバーンを急速冷凍し、ダムの建設遅延に頭を抱え、セレスさまのお土産に悩んでいた。その裏で、こんな重大なニュースが流れていたのか!
「はい、当時即刻、最重要課題としてご報告申し上げております。記録によると、『ストームパイク河の異常水位変動に関する報告(A-47プロトコル)の、48ページ目、第3行目の注釈』として統合報告書に記載がございます」
「四十八ページ目だとぉ!? 誰が読むかそんなもん!」
俺は、アリアの不在が引き起こした「情報フィルタリング機能の完全崩壊」という恐るべき結果に直面した。アリアなら、この情報を赤字・太字・点滅で、コーヒーカップに印刷してでも俺に伝えていたはずだ。
「では、その後の状況だ。二人は仲良くやっているのか? 婚約者はアリアを奴隷扱いしていないだろうな? パンにチーズを乗せて食べたのはなぜだ!? それはローゼリアの食料事情の悪化を意味するのか!?」
俺は、一気に私的な懸念と国家的な懸念を混ぜ合わせ、マザーに質問を投げつけた。技術担当ゴーレムとの間接的な会話とは違い、マザーとの直接交信は、質問と返答がリアルタイムで飛び交う。
「婚約者の行動は、極めて人間的で、異常は見られません。チーズパンは『気分転換』と分析されます。また、両名の親密度の指標は、休暇開始時の120%増を維持しています」
俺は、「気分転換」という、マザーが分析した究極にどうでもいい情報を真剣に聞きながら、ふと気づいた。
(まずい……俺は今、マザーと直接、アリアの恋愛動向に関する膨大なデータを、最重要会議として処理しているぞ!)
俺は、情報の洪水に溺れるどころか、自ら情報源の核と直接接続することで、多忙に更に拍車をかける結果となったのは言うまでもない。
新年早々、俺はマザーとの直接交信という名の「恋愛情報スパム会議」からなんとか生還した。
(そうか、アリアは成功したのか。チーズパンか、幸せそうだな……)
俺は、一国の支配者にあるまじき穏やかな安堵感を覚えた。アリアの個人的な幸せが確認できただけで、核融合炉の「可」判定と同じくらいの満足感がある。これが、俺の新しい国の優先順位なのだろう。
俺は気を取り直し、巨大なホログラムリストを睨みつけた。
ゼノクラシア王国の復興は、なんだかんだあっても、バルザックの欲望とゴーレムの技術で、順調の部類だ。インフラは地下で進行している。
「よし」
俺はリストの中から、最も重く、面倒な項目を指さした。
「現在、放置してある南部戦争の賠償請求と、クレメンス伯爵の領地となっている西部領土の安全確保が最優先か」
賠償請求は、外交と法務の泥沼戦だ。安全確保は、第一大隊と第二大隊の大胆な再編成が必要になる。これは、即座に「大隊長ザックの激怒」を引き起こす、最悪のタスクだ。
俺は、頭の中で最悪の事態をシミュレーションしながら、この二つを新年の業務の最初として設定した。
その瞬間、マザーが直接、俺の脳内に割り込んできた。
「御屋形さま。最優先課題の検討にご助力申し上げます。現在、外交・軍事・法務に関する全報告書は、5,800件ございます。これらの情報を選別し、最適な戦略を立案するには、専任の次席補佐官の選任が、すべての課題に先立って必要であると分析されます」
マザーは、俺がこれから着手しようとした重大な二大課題の前に、新たな、そして最も面倒な課題を突きつけてきたのだ。
(いや、次席補佐官が最優先か?)
俺の頭の中で、タスクリストがまるで生き物のように動き始めた。
次席補佐官の選定(NEW!)
(理由:これがなければ、他のタスクが永久に終わらないため、最優先)
南部戦争の賠償請求
(理由:外交は待ってくれないが、情報が多すぎる)
西部領土の安全確保
(理由:重要だが、先に賠償請求の法務処理が必要)
結論:次席補佐官を選ばなければ、何も始まらない。
俺は、自分の権力と技術をもってしても解決できない、「有能な人材の不足」という、最も人道的な問題に直面していた。しかも、その人材に求められる能力は、「マザーの非効率的な情報を選別できる、アリア級のスパムフィルター機能」だ。そんな人間、この世界に二人といない。
俺は、再びデスクに突っ伏した。
「やめろ、マザー……! そんな人材は、アリアが復帰するまで存在しない! 次席補佐官の選定基準は、『孤独な王のメンタルヘルス維持』だぞ! そんなパラメータ、お前のデータベースにはないだろう!」
俺は、新年早々、「無限に湧き出る課題の山」と、「その解決を阻む優秀な部下の不在」という、絶望的なジレンマに陥り、一人ノースミッドタワーで呻き続けるのだった。




