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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
六章 王国への浸潤

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お茶会(2)

 お茶会は、形式的な祝賀の場から、この国の未来を決める密談の場へと変わっていた。陽光が降り注ぐ王宮の庭園で、最高級の茶葉から淹れられた紅茶の湯気が、二人の間に漂う重い空気をわずかに和らげている。


 セレスティア女王は、静かに紅茶を一口含むと、その深い湖のような瞳で俺を見据えた。俺は、彼女が背負う運命の重さに敬意を払い、真摯に語り始めた。


「私の故郷では、国民の皆が健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう努めるのが、為政者の務めとされていました。わたくしもそれに倣って、女王様のお役に立てればと考えております」


 俺は、前の世界の理想を、この異世界の女王に託すように語った。それは、単なる復興ではない。旧体制を捨て、人間が人間として尊厳をもって生きられる、新しい国家の建設を意味していた。


 俺は言葉を選び、今後着手予定の具体的な課題を列挙した。


「まずは、痛んだ国土の回復と、それに合わせて未来的な整備。河川、上下水道、道路、交通手段、治安、安全保障、物流、医療、教育、食料品、衣料品、住宅等々、課題は山積しております」


 俺の声は、淡々としていながらも、その一つ一つが国家の根幹を揺るがす重大な計画であることを示していた。ゴーレムとドローンによる技術、バルザック商会の経済力、ザック率いる治安部隊の武力—そのすべてを、彼女が統治するこの国のために捧げる、という誓いだ。


「そのすべてにおいて、女王様のお役に立てればと」


 俺は、言葉を締めくくり、セレスティア女王の答えを待った。俺たちは、支配者と補佐官という関係ではない。共にこの絶望的な状況から立ち上がり、国を再建する、二人の孤高な王だ。彼女の意志こそが、この国の進むべき道となる。


 セレスティア女王は、静かに紅茶のカップをソーサーに戻した。カチャリ、と微かな音が響き、庭園の鳥のさえずりが遠く聞こえる。


 彼女は、十歳の幼い身体には不釣り合いなほどの重い覚悟をその瞳に湛え、ゆっくりと、しかし確かな言葉で応じた。


「トールさま、あなたの言葉、胸に刻みました」


 女王は、背筋をさらに伸ばし、静かに、そして力強く宣言した。


「わたくしは、この国を失った王の娘として、ここに立っております。わたくしの望みはただ一つ。ゼノクラシアの国民が、二度と飢えと恐怖に怯えることのない、強靭な国を再建することです」


 彼女は、俺が差し出した「文化的な生活」という未来の理想を理解しつつも、まずは「安全」と「生存」という、この戦火の国が最も渇望する根本を、真っ先に掲げた。


 セレスティア女王は、真剣な表情を崩さぬまま、俺にその役割を求めた。


「わたくしはまだ幼く、経験がありません。どうかトールさま。あなたの知恵と力をもって、この国民の生命線となる『礎』を築いてください。わたくしは、その礎の上に立つ、揺るがぬ柱となります」


 それは、俺の提案を受け入れ、全面的な協力を誓うと共に、自身がこの国の精神的な支柱となることを宣言する、幼い王の、最初にして最も重い命令だった。俺は、その純粋で、切実な課題に、深く頷いた。


 庭園の陽光のもと、セレスティア女王は、そこにいるだけで、すべての視線を集める静かな威厳を放っていた。


 彼女の姿勢は、十歳という年齢からは想像もつかないほど背筋がすっと伸びており、王座に座る姿は、小さな体躯を堂々たる王族のシンボルへと昇華させていた。仕立ての良い白のドレスは、過度な装飾を排した洗練されたデザインで、肩口と袖口に施されたゼノクラシア王家の銀糸の刺繍だけが、彼女の王族の血筋を静かに主張していた。


 彼女の表情は、幼さゆえの丸みを帯びた輪郭にもかかわらず、どこか凛とした、毅然としたものが基本となっていた。悲劇を乗り越え、国を背負う覚悟を決めた者の、強烈な意志がそこには見て取れる。


 しかし、何よりも目を引くのは、その瞳だった。澄み切ったロイヤルブルーの瞳は、まるで知識と高貴さをそのまま映し出したかのように輝き、知性と強い意志を感じさせた。その瞳が、俺の言葉に耳を傾ける時、微かに揺らぐ瞬間は、彼女が未だ感情を持つ少女であることを思い出させた。


 髪型は、長く優雅な金色の髪を、ゆるく編み込み、後方でハーフアップにまとめてある。そこに飾られたのは、重厚な王冠ではなく、華奢で繊細な白金製のティアラだった。その慎ましい輝きは、幼さを感じさせつつも、彼女の高貴さを十二分に表現していた。


 まだ成長途上の小柄な体型は、彼女の背負う重荷を一層際立たせていたが、時折、大きな椅子にちょこんと座る姿や、贈られた髪飾りを両手で大事に抱える仕草は、彼女がまだ守られるべき十歳の少女であることを、痛切に物語っていた。疲労や緊張で、わずかに青ざめる頬の色の中に、幼い少女らしい血色の良さが残っていることが、彼女の愛らしさを増幅させていた。


 セレスティア女王。その容姿は、悲劇から立ち上がったばかりのゼノクラシア王国にとって、揺るぎない希望と、尽きることのない気高さを象徴する、最も美しい肖像だった。


 俺は、未来の国政に関する重い話の全てを終え、ティーカップをソーサーに戻した。陽光はまだ明るいが、お茶会を終えるべき時だった。


「女王陛下さま、そろそろお暇させていただきたく存じます。本日は、たいそう小難しいことばかり申し上げましたが、どうぞこのトールのすることをご笑覧頂けましたら幸いです」


 俺は深々と頭を下げた。女王は、俺の言葉を聞き、わずかに寂しげな表情を浮かべたが、すぐに王女としての毅然とした姿勢に戻る。


「はい、トールさま。貴重なお話をありがとうございます。わたくし、全てを胸に刻みました」


 俺は立ち上がり、彼女に背を向け、庭園の小道へと歩みを進めた。その時、背後から、普段の凛とした声とは違う、微かに上擦った声が響いた。


「あのっ」


 俺は足を止め、振り返った。


 セレスティア女王は、テーブルの椅子に座ったまま、その小柄な身体をわずかに前のめりにしていた。ロイヤルブルーの瞳は、まるで王国の全土を照らすかのように意志が強いはずなのに、今は不安げに揺れ、視線は俺の足元と自分の手のひらをさまよっている。


「次は、いつお越しになられますか?」


 その言葉は、命令でも、催促でもなかった。まるで、初めて友達ができた少女が、別れ際に「また遊べるかな?」と尋ねるかのような、純粋で、切ない願いに満ちていた。


 彼女の頬は、先ほどの真剣な話の最中には決して見せなかった、淡い桜色に染まっている。それは、王としての威厳をかなぐり捨てた、十歳の少女の恥じらいだった。


 この数時間、トールという自治都市の王は、亡き父の面影を語り、未来の理想を提示してくれた。それは、女王としての孤独な重責を、一瞬だけ忘れさせてくれる新しい世界だった。彼女にとって、トールは単なる補佐役ではなく、この重い運命の中で、初めて心を通わせることができた対等な理解者となったのだ。


 そして、その理解者が、彼女の元から去ろうとしている。


 彼女の小さな心の中では、「早く国を復興させよ」という王としての理性と、「またこの人と静かに話がしたい」という少女の感情が、激しく戦っていた。そして、後者の、純粋な寂しさが、か細い声となって漏れ出たのだ。


 俺は、その問いに、思わず笑みをこぼした。この国の未来と同じくらい、その小さな女王の心が気になって仕方がない。


「そうですね、女王陛下。また、『小難しい話』が山ほど溜まった頃に、必ず参上いたします」


 俺の返答に、セレスティア女王は、安堵と喜びで、微かに頬を緩ませた。その幼い笑顔は、王都の復興以上に、俺の心を満たすものだった。


 ◆


 セレスティア女王との静かな誓約を終えた翌日、俺の行動は早かった。俺は王都の一等地に、早速、自前の企業となる「跳ねる小鹿商会」の支店を構え、受付を開始した。もちろん、そこで働くのはアンドロイドとゴーレムだ。俺はあくまで「オーナー兼最高技術責任者」の立場を貫く。


「バルザックよ、この土木工事、お前が全部請け負え。ただし、ゴーレムは使わず、お前の商会の人間と、お前が手配できる奴隷兵士たちでやれ。ただし、いい重機や道具は作ってやるよ」


 俺はバルザックを呼び出し、王都復興の全土木作業を丸投げした。彼は金儲けの匂いに目を輝かせ、二つ返事で引き受けた。その後、俺はノースミッドタワーに戻り、バルザックに卸すための油圧ショベル型魔導重機や、高速切断魔導工具の製造に乗り出した。


「御屋形さま、これほどの効率的な道具、前代未聞です! しかし、このショベル、なぜ運転席に『疲労軽減お昼寝クッション』が付いているので?」


 バルザックが疑問を呈したが、俺は無視した。効率も大事だが、労働者のQOL(生活の質)も前の世界の教訓だ。


 同時進行で、治安への対処も進めた。


 俺はザックを呼び出し、第一大隊から、第三中隊を除いた部隊を王都へと派遣し、治安維持と警察活動を任せるという、非常に重い任務を下した。


「ザック、頼むぞ。王都の治安を『ビシッと』締めてくれ」


「はっ! お任せください!」


 ザック大隊長が率いる精鋭たちは、最新の魔導装備を身につけ、王都の隅々まで目を光らせ始めた。その威圧感は凄まじく、王都の犯罪率は一気に最低レベルへと低下した。


 一方、第三中隊はというと、木の実番である。


「大隊長! なぜ我々だけが、こんなにも平和な森の中で、ドライアドとサテュロスの木の実を数えなければならないのですか!」


 第三中隊の隊員が、木の実の山を前に泣きながら叫ぶ。彼らは、最も過酷な南部戦争を生き抜いた屈強な兵士たちだ。


「うるさい! 御屋形さまは『大事なポジション』だと仰った! この木の実一つ一つが、王都の食料品と文化的な生活の礎なのだ! 数を間違えれば、我々の名誉に関わる! 拾え! 数えろ!」


 ザック大隊長の厳命のもと、最強の兵士たちは、今日も森の奥で、リスとの壮絶な木の実争奪戦と数数え競争に明け暮れていた。


 そして、俺にしかできないことにも着手した。


 俺は、ノースミッドタワーの地下で、土木作業ゴーレムを活用し、秘密裏に地下道の掘削、下水道の整備、そして未来のエネルギー供給網となるエネルギーケーブルの埋設等々を進めていた。


「よし、この区画には高速リニア交通網用の地下通路も通しておく。いつか、俺がリニアモーターカーを走らせるんだ!」


 俺は、作業着姿のまま、地下の薄暗い空間で、ゴーレムたちに指示を出していた。地上では、バルザック商会が、道路の舗装と物流網を確立している。そのバルザックが敷いた道路の真下を、俺のゴーレムたちが最新鋭のインフラを静かに、しかし確実に整備しているのだ。


 河川の治水はゴーレムが、上下水道は地下で俺が、道路と交通手段(馬車)はバルザックが、治安はザックが、食料品、衣料品、住宅はバルザックの商会が、という具合に、すべての課題は役割分担されていた。


 俺は、地上でのドタバタ劇には一切関わらず、ただひたすら地下で未来の設計図を描き続けていた。俺の理想と、バルザックの欲望、そしてザックの忠誠が、三つ巴になって王都の復興を加速させていく。


 俺の孤独な支配者としての道は、地上の雑多な人間活動を地下から支配するという、極めてコミカルで、しかし誰も真似できない奇妙な形で進行していたのだった。






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