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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
六章 王国への浸潤

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アリアの帰郷

 俺が当初掲げたささやかな目標は、荒廃した王都の「衣食住の充実」だった。同時に、軍事面ではザックの第一大隊に王都の警備体制強化と警察機構の設立を命じた。ドローンとゴーレムによる国境線の監視と防衛を基礎に、俺の築く都市の治安は完璧になるはずだった。


 俺の視線は、王都とその近隣地域に集中していた。この戦火で、他の伯爵家は消息不明、あるいは全滅と見て間違いない。無傷で残っている貴族は、クレメンス子爵ただ一人。だからこそ、彼の領地は王都直轄とするのが最善。領地替えは決定事項だ。王国の再建には、非情な効率が必要だった。


 しかし、この完璧な効率を突き詰める俺の元へ、アリアがいつになく焦った顔で進言してきた。


「御屋形さま、このままゴーレムだけに任せては、人間の仕事がなくなります。社会の活力を失います」


 俺が完璧な管理体制に浸っている間に、彼女は現実の社会構造、そしてそこに生きる人々の生存本能を憂慮していたのだ。俺は仕方なく彼女の提案を受け入れ、バルザック商会という、人間の「雑な欲望」を社会の駆動輪として組み込むことにした。


 だが、この一連の「人間的な」問題への介入は、俺の心に別の非効率的な感情を呼び起こしていた。アリアの過去、彼女の家族、そして婚約者の存在。


(こっちが楽しそうだ。)


 俺は、完璧で合理的なシステムを構築するよりも、生身の人間が抱える、非合理的な問題を解決することに、妙な興奮と活路を見出していた。それは、孤独な支配者にとっての、新たなゲームの始まりのようだった。


 俺はすぐにアリアを呼び戻した。


「アリア」


「はい、御屋形さま」


 彼女は再び、感情を押し殺した完璧な補佐官の顔に戻っている。


「ローゼリア王国の件だ。お前の婚約者の安否を、今すぐ確認してこい」


 その言葉は、命令だった。彼女が拒絶した、「完全な自由と力が手に入った後でなければ手を付けてはならないタスク」を、俺は権力でねじ伏せた。


 アリアの瞳の奥が一瞬、激しく揺れた。それは、驚愕、戸惑い、そして深い感謝が混ざり合った、複雑な感情の奔流だった。彼女は、王国の戦略よりも、自分の私的な問題が最優先事項とされたことに、困惑している。


「御屋形さま、ですが、私は……」


「言い訳は聞かない。これは、命令だ」


 俺は、彼女の戦略的な懸念を一切認めず、冷徹な支配者の顔で告げた。


「お前は、この三年間、私のために全てを捧げた。その対価として、婚約者の安否確認という非効率的なタスクを、今ここで実行しろ。そのための時間と人員は、全てこちらで手配する」


 アリアは、しばし沈黙した。彼女の論理回路では、この命令を拒否する理由も、受け入れる理由も、明確には出せない。しかし、彼女の内に秘められた、婚約者への切ない想いが、冷静な判断を圧倒した。


 彼女は、深く、頭を下げた。それは、忠誠と、そして抑えきれない個人的な切望に満ちた一礼だった。


「…御意に。このアリア、御屋形さまのご厚意、決して忘れませぬ」


 俺は、彼女の背中を見送りながら、満足げに微笑んだ。俺の孤独を埋めるのは、機械の完璧さではない。人間が抱える、泥臭い感情と、その解決への努力なのだと、俺は気づき始めていた。


 俺がアリアに下した「婚約者の安否を確認してこい」という個人的かつ非効率的な命令は、即座に軍事作戦レベルの準備へとエスカレートした。


 ノースミッドタワーの格納庫。アリアは、北の大地へ向かうための装備を前に、白い手袋をはめた手を組み合わせていた。


「御屋形さま、本当にこれでよろしいのでしょうか」


 アリアの視線が向けられているのは、格納庫の大半を占める巨大な編成だ。


 まず、蒼龍そうりゅう。俺が開発した最新鋭の戦闘用ゴーレムで、一体で一個中隊に匹敵する戦力を誇る。次に、飛龍ひりゅうと高速移動と空戦に特化したドローン部隊。そして、空には十数機の偵察ドローンが、ローゼリア王国の国境付近の風速まで計測できるレベルで待機している。


 そして、極めつけは、その全てを運ぶための巨大な大型空挺輸送機。それは、単なる「安否確認」どころか、もうね、隣国に喧嘩を売りにいくのかという装備だった。


「これで、よろしい、ではございません。どう考えてもオーバーキルです。婚約者の安否確認にしては、あまりにも物々しく、逆にローゼリア王国の警戒心を煽ります」


 アリアは冷静に分析するが、俺は満足げに笑った。


「いいんだよ、アリア。俺の国の首席補佐官が、たかが一人で動いて、トラブルに巻き込まれたら、国際問題になるだろ?これは『自治都市の威信』の表示であり、『お前の命は、大金貨五百枚どころじゃない』という、俺からのメッセージだ。それと、お土産も積み込んだよな。」


(そして何より、この方が絶対に楽しい)


 アリアは、ため息をつきたそうな顔をしたが、すぐにプロの表情に戻った。しかし、その瞳の奥には、いつもの冷徹な分析とは異なる、淡い輝きが灯っていた。


「……承知いたしました。では、私は早速、移動を開始いたします」


 彼女はクルリと振り返り、輸送機に向かって歩き始めた。その歩き方は、普段と変わらず毅然としている。だが、よく見ると、彼女の足取りは普段よりわずかに軽い。そして、口元が、わずかに、本当にわずかだが、緩んでいるのだ。


(ああ、もうダメだ。隠しきれてないぞ、アリア)


 俺は心の中で笑った。彼女は今、「完璧な任務」と「婚約者との再会」という、二つの相反するベクトルの中で、後者の引力に強く引っ張られている。


 輸送機のタラップを上がる直前、アリアは空を見上げた。その横顔は、戦闘ゴーレムや偵察ドローンが護衛する、この異世界で最も武装された「ときめく乙女」だった。


「……誠実で優しい方でしたから。きっと、無事でいてくださるはず……」


 彼女の小さな、そして切実な願いが、轟音を上げる輸送機のエンジン音にかき消されそうになった。


 かくして、一国の安否確認という名目と、一人の女性の切ない願いを乗せた「移動要塞」は、ローゼリア王国へと向けて、初冬の空を切り裂いて飛び立っていった。その装備は、どう見ても戦争の始まりにしか見えないのだった。


 ◆


 俺は仕方なく受け入れたアリアの提案に従い、バルザック商会へと、復興業務を丸投げした。


「バルザックよ、この土木工事、お前が全部請け負え。ただし、ゴーレムは使わず、お前の商会の人間と、お前が手配できる奴隷兵士たちでやれ。ただし、いい重機や道具は作ってやるよ」


 俺がそう命じると、バルザックは、悪魔に魂を売るかのように目を輝かせた。


「お任せください、御屋形さま! わが商会の財力と人脈をもって、必ずや成し遂げてご覧にいれます!」


 俺はすぐさま、技術担当ゴーレムに命じて、大型から小型までの重機製造を命じ、早々に工事現場へと配備した。


 操作のレクチャも完璧だ。


 最初は、単なる土木工事だけだった。だが、バルザックは、工事の過程で、ありとあらゆる商機を見つけ出した。


 こんな重機をたくさん貰えるのなら、猫でも擦り寄ってくるわ。


 上下水道を敷設するなら、それに伴う汚泥処理は新たなビジネスだ! 道路を作るなら、乗り合いの馬車を運行させよう! 馬の手配も、俺がやろう! 荷馬車もだ! 流通経路は、バルザック商会が独占的に管理し、各地に販売店を設置する! ゴミの収集と運搬、最終処分も請け負います!


 俺の完璧な計画は、バルザックという人間社会の雑な欲望によって、とんでもない方向に転がっていった。頼ってきた他の商会やギルドは、バルザックが「下請け」として容赦なくこき使い、いつの間にかバルザック商会が、この国の経済のど真ん中に鎮座していた。


 バルザックの暴走は止まらない。


「御屋形さま! 医師団を呼びました! 診療所を開設し、病気の予防を! 予防接種というものを、強制的に行いましょう!」


「御屋形さま! 読み書き計算を教える学校を作りました! 初等教育を無料で提供し、未来の従業員を育成します!」


「御屋形さま! 各地域の特産品を使った新商品開発を支援し、周辺産業を振興させましょう! 人材育成も任せてください!」


 バルザックは、まるで未来のビジョンでも見えたかのように、次々と提案してきた。そして、その過程で、この国の土地賃借権はバルザック商会が管理し、誰がどこに住んでいるか、何をしているかといった国勢調査まで、バルザック商会の業務として行われていた。


 俺が、人間社会を完璧な機械にしようとした結果、人間社会は、自らの金儲けのために、勝手に近代化し始めたのだ。


 俺はノースミッドタワーの上から、活気にあふれた都市を見下ろした。人間たちが、互いに罵り合い、笑い合い、汗を流しながら、俺の知らないところで、この世界を動かしている。




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