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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
五章 欠けたピース

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王都再興

 南部戦争が終わった後、俺は自らが築いた鎖国都市の城壁の上に立っていた。圧倒的な力で勝利を収めたにもかかわらず、心の中は空っぽだった。アンドロイドやゴーレム、ドローンが並ぶハイテクな都市を見下ろしながら、俺は気づいたのだ。俺は、元の世界で必死に求めていた「自由」を手に入れたはずだった。しかし、本当は自由ではなく、「孤立」を手に入れていただけだった。


 過去を振り返ると、会社や社会の鎖を嫌った俺は、人との繋がりという最も大切なものを自ら断ち切っていた。俺の理想の都市は、俺の力を頼って集まった人々で溢れていたが、そこには俺と対等な立場で語り合える友はいなかった。皆、俺の能力を崇拝し、俺の決断に従うだけだった。


 レイスの『淀み』を浄化した後、俺は破壊された王都グラヴィスを視察することにした。そこで俺が見たのは、瓦礫と化した街の中で、互いを助け合い、必死に生きる人々の姿だった。ある家族は、壊れた家の壁を共同で修復し、またある村では、年老いた鍛冶師が子供たちに金属加工の技術を教えていた。


 彼らの瞳は、絶望の中にも希望の光を宿していた。その光は、俺の都市の住民たちの、俺に依存する無気力な瞳とは全く違っていた。俺は、彼らが分かち合っているものが、かつて俺が捨てた、他者との繋がり、助け合い、そして共に未来を築くことなのだと悟った。俺の胸の奥で、何かが激しく揺さぶられた。


 ◆


 俺は、この異世界に前世の近代国家を作り上げることとした。


 三要素(主権、国民、領域)などという大層な話は、とりあえず置いておこう。まずは、この国の王都に暮らす人々の生活を、根本から変えなければならない。


 手がけるは、生活水準の向上。その中でも最優先事項は、衣食住だ。


 俺が最初に着手したのは、食料問題だった。王都を奪還したとはいえ、周囲の農村は荒廃し、食糧は常に不足している。このままでは、どんなに優れた政治を行っても、人々は飢えに苦しむことになる。


 俺は、前の世界で培った知識を総動員し、この世界の魔法と融合させた。まずは、品種改良だ。畑に植えられた貧弱な小麦やジャガイモに、ゴーレムが開発した魔力肥料を混ぜ、生育速度と収穫量を劇的に向上させる。また、連作障害を防ぐため、輪作システムを導入し、土地を休ませる期間を設けた。


「御屋形さま、これほどの収穫は、かつてございませんでした!」


 農民たちの歓喜の声が、俺の耳に届く。これまで一人で一日かけても収穫できなかった量が、半日もかからずに終わる。彼らの顔には、ようやく心からの安堵と、満腹の喜びが満ちていた。


 次に着手したのは、衣類だ。人々は、ぼろぼろの麻布を身につけ、冬の寒さに震えていた。俺は、ノースミッドタワーで開発した自動織機と紡績機を稼働させた。魔力で動く機械は、人間が手で紡ぐより遥かに早く、精巧な布を大量生産していく。


「こんなに柔らかい布、初めて着ました…!」


 子供たちが、新しい衣服を抱きしめてはしゃいでいる。その光景は、俺の心を温かくした。単に寒さをしのぐだけではない。清潔で、整った衣服は、人々に人間としての尊厳をもたらす。自らの身なりを気にかけ、他者と関わる自信を取り戻させるのだ。


 そして、住居。安全で衛生的な住居は、人々の命を守る砦だ。俺は、安価で大量生産が可能な建材、強化されたコンクリートと石材を製造するゴーレム部隊を編成した。


「御屋形さま、これなら魔物の襲撃も防げます!」


 完成した住宅は、従来の木造住宅とは比べ物にならないほど頑丈だった。そして、各戸に簡易的な魔力給水装置を設置し、清潔な水を供給する。排泄物の処理にも、前の世界の知識を活用した衛生システムを導入した。


 人々は、これまでの不衛生な環境から解放され、安心して眠ることができるようになった。夜になると、街の明かりが灯り、家族の笑い声が聞こえてくる。


 衣食住の充実。それは、単に物質的な豊かさではない。それは、人々の心に、生きる喜びと、未来への希望を取り戻させることだった。そして、その希望こそが、俺がこの国を築くための、何よりも確固たる土台となることを、俺は確信したのだった。


 王都での衣食住の改革は、次につなげなければならない。俺は周辺都市へと波及をさせていく。


 飢えは、この世界の民にとって、逃れられない運命だった。中世の農法では、人々は常に天候と土地に翻弄され、不作は即ち死を意味した。しかし、俺が導入した三圃制からノーフォーク農法への転換は、その常識を根底から覆した。


「御屋形さま、この豆は、土地を痩せさせないと言いますが、本当でございますか?」


 半信半疑の農民たちの前で、ゴーレムたちは黙々と畑を耕し、大麦、カブ、クローバー、小麦を計画的に植え付けていく。輪作は土地の疲弊を防ぎ、収穫量を飛躍的に増加させた。さらに、魔力と科学を融合させた肥料改良技術が導入されると、痩せた土地からも驚くほどの収穫が得られるようになった。


「これなら、飢える心配はない!」


 農民たちの顔に、安堵と希望の光が宿る。そして、畑には小麦や大麦だけでなく、商品としての価値を持つ綿や茶が植えられるようになった。現金収入を得た彼らは、都市の市場で物資を買い、生活は豊かさを増していく。


 以前の街道は、ただ人が行き交うだけの道だった。しかし、俺が設計し、ゴーレムたちが敷設した石畳の街道網は、馬車が滑らかに疾走できるほど完璧に整備された。さらに、川には頑丈な石造りの橋が架けられ、人々の往来は格段に容易になった。


 工業化は、人々の生活を一変させた。


「あそこで働けば、毎日給料がもらえるんだってよ!」


 農村を離れた人々は、工場のある都市へと集まり始めた。魔力で動く機械は、人間よりも早く、正確に、大量の製品を生み出す。人々は工場で働き、安定した賃金を得て、以前よりも豊かな暮らしを享受し始めた。


 しかし、その発展は、新たな問題も生み出した。


「おかあさん、この黒い煙、息が苦しいよ……」


「都市には病気が蔓延しているらしいぞ」


 過密な人口は、生活環境の悪化と疫病の蔓延という都市問題を引き起こした。俺は、これらに対処するため、衛生システムを構築し、清潔な水の供給を徹底した。しかし、この問題は、俺がこれから向き合わなければならない、近代国家の新たな課題となった。


 この変革は、単に技術だけの問題ではなかった。


「水利組合」という、地域の慣習に基づいた組織は、俺が考案した「土地改良区」という近代的な制度へと再編された。それは、大規模な灌漑施設の管理を、より効率的に行うためだった。


 そして、荘園制度は崩壊し、人々は自分の土地を所有し、自らの労働で富を築くことができるようになった。


「俺は、自分の力で、この家を建てたんだ!」


 誇らしげに語る男の顔は、以前の農奴のものだった。彼は、今や自由な土地を所有する自作農となり、家族と共に新しい生活を築いている。


 技術と社会システムの融合。それは、俺がこの世界で目指す、新しい時代の設計図だった。そして、その設計図の先には、飢えも貧しさもない、すべての人間が尊厳を持って生きられる社会があると、俺は信じていた。


 ◆


 俺は、当初の「衣食住の充実」というささやかな目標が、いつの間にか壮大な近代国家建設プロジェクトと化していることに、愕然としていた。


 始まりは、俺の完璧な計画だった。ゴーレムを導入し、上から下まで完璧に管理された都市を築く。完璧な効率、完璧な秩序。完璧な孤独。


 だが、この完璧な計画は、完璧なまでに人間を無視していた。


「御屋形さま、このままゴーレムだけに任せては、人間の仕事がなくなってしまいます!」


 アリアが、いつになく焦った顔で進言してきた。俺が完璧な世界に浸っている間に、彼女は現実の社会構造を憂慮していたのだ。


「仕方ないだろう。ゴーレムの方が効率がいいんだから」


 俺がそう答えると、アリアは信じられないようなことを言い放った。


「では、人間がゴーレムの下請けをすればいいのです!」


 そして、この一言が、全てを狂わせた。


 俺は、グランデル最大の商会であるバルザック商会に目を付けた。あそこの商魂は、金儲けのためなら何でもやる。その貪欲さを利用して、社会を動かそうと考えたのだ。


「バルザックよ、この土木工事、お前が全部請け負え。ただし、ゴーレムは使わず、お前の商会の人間と、お前が手配できる奴隷兵士たちでやれ。ただし、いい重機や道具は作ってやるよ」


 俺がそう命じると、バルザックは、悪魔に魂を売るかのように目を輝かせた。


「お任せください、御屋形さま! わが商会の財力と人脈をもって、必ずや成し遂げてご覧にいれます!」


 最初は、単なる土木工事だけだった。だが、バルザックは、工事の過程で、ありとあらゆる商機を見つけ出した。


 上下水道を敷設するなら、それに伴う汚泥処理は新たなビジネスだ! 道路を作るなら、乗り合いの馬車を運行させよう! 馬の手配も、俺がやろう! 荷馬車もだ! 流通経路は、バルザック商会が独占的に管理し、各地に販売店を設置する! ゴミの収集と運搬、最終処分も請け負います!


 俺の完璧な計画は、バルザックという人間社会の雑な欲望によって、とんでもない方向に転がっていった。頼ってきた他の商会やギルドは、バルザックが「下請け」として容赦なくこき使い、いつの間にかバルザック商会が、この国の経済のど真ん中に鎮座していた。


 バルザックの暴走は止まらない。


「御屋形さま! 医師団を呼びました! 診療所を開設し、病気の予防を! 予防接種というものを、強制的に行いましょう!」


「御屋形さま! 読み書き計算を教える学校を作りました! 初等教育を無料で提供し、未来の従業員を育成します!」


「御屋形さま! 各地域の特産品を使った新商品開発を支援し、周辺産業を振興させましょう! 人材育成も任せてください!」


 バルザックは、まるで未来のビジョンでも見えたかのように、次々と提案してきた。俺は、ただただ頷くしかなかった。当初、俺がゴーレムに任せようとしていたことは、すべてバルザックが、金儲けのためという理由で、完璧に人間社会に落とし込んでいる。


 そして、その過程で、この国の土地賃借権はバルザック商会が管理し、誰がどこに住んでいるか、何をしているかといった国勢調査まで、バルザック商会の業務として行われていた。


 俺が、人間社会を完璧な機械にしようとした結果、人間社会は、自らの金儲けのために、勝手に近代化し始めたのだ。


 俺はノースミッドタワーの上から、活気にあふれた都市を見下ろした。人間たちが、互いに罵り合い、笑い合い、汗を流しながら、俺の知らないところで、この世界を動かしている。


 ああ、そうか。俺がこの世界で手に入れたのは、「自由」や「孤独」なんかじゃない。


「お任せします、お願いします、あと任せたぞ」という、前の世界で最もやりたかったことだったのだ。


 俺は、完璧な計画を立てて、完璧な孤独を味わい、最終的にその計画を、人間の雑な欲望に丸投げしただけだった。そして、その雑な欲望は、俺の理想をはるかに超える速度で、この世界を発展させていた。


 俺は、静かに笑った。この完璧なコメディを、俺はただ傍観しているだけでよかったのだ。




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