失われた記憶と欠けていたピース
俺は、食料品の錬金術に没頭していた。その日の夕食は、カレー粉を使った料理にしようと思い立ち、自家製カレー粉のレシピを錬金術のメニューから呼び出す。
自家製カレー粉は、クミン、コリアンダー、ターメリックの3つをベースに、好みに合わせて辛味や香りを調整するのがおすすめです。
俺は、近くにいた調理ゴーレムに、レシピを見せる。
「これを作ってみろ」
俺の言葉に、調理ゴーレムは、その巨体を揺らし、レシピをじっと見つめている。
「ガ、ガー……」
ゴーレムは、首を傾げ、混乱しているようだ。
(まさか、このレシピが理解できないのか……?)
俺は、ゴーレムの様子を見て、不思議に思う。
材料
クミンパウダー: 小さじ3
コリアンダーパウダー: 小さじ3
ターメリックパウダー: 小さじ3
ゴーレムは、レシピを読み、その大きな頭を左右に振る。
「ガガ、ガー……!」
(どうやら、パウダーにする工程が抜けていることが混乱の原因か……)
俺は、ゴーレムの様子を見て、納得した。
「よし、香辛料をパウダーにするところから始めよう」
俺は、以前ジルベルトが、東のアースガルド王国の要塞都市から仕入れてきた香辛料を取り出す。それは、ウコン、クミン、クローブ、コリアンダー、トウガラシ、フェヌグリーク、シナモン、カルダモン、ブラックペッパーといった、色とりどりのスパイスや香辛料だった。
俺は、ウコン、クミン、コリアンダーを手渡し、ゴーレムに告げる。
「まずは、パウダー状に整えてみようか」
俺の言葉に、調理ゴーレムの目がきらりと光った。
「ガガ、ガガガガガ!」
ゴーレムは、俺の言葉を理解したかのように、力強く頷く。
(よし、まずは基本からだ!)
俺は、クミンパウダー、コリアンダーパウダー、ターメリックパウダーを、それぞれ小さじ3ずつゴーレムに手渡し、混ぜ合わせるように指示した。ゴーレムは、その大きな手で、慎重にスパイスを混ぜ合わせる。
次に、俺は、カルダモン、シナモン、クローブ、ローレル、オールスパイス、ガーリックを少量ずつ取り出し、ゴーレムに手渡した。
「次は、このスパイスを少量ずつ入れて、香りを試してみよう」
ゴーレムは、俺の指示に従い、一つずつスパイスを混ぜていく。
「ガガ、ガガガガガ……?」
ゴーレムは、香りを嗅ぎ、首を傾げる。その様子は、まるで、俺に「これでいいのか?」と聞いているかのようだ。
俺は、さらに、チリーペッパーとブラックペッパーを少量ずつ混ぜ合わせるように指示した。
「この辺は好みだからな。少しずつ入れて、辛さを調整するんだ」
俺の言葉に、ゴーレムは、慎重に辛味を加えていく。
「ガガ、ガガガガガ!」
ゴーレムは、力強く頷き、完成したカレー粉を、俺に差し出す。
俺は、すべてのスパイスが混ぜ合わされたカレー粉をフライパンに移し、弱火にかける。
ジュワワワワワワワ……!
部屋中に、スパイシーな良い香りが漂う。
俺は、その香りを嗅ぎ、目を閉じた。
(うっしっし……! 完璧だ!)
俺は、この時点で、すでにカレーを食べたかのように満足していた。
俺は、最高の香りを放つ自家製カレー粉を手に、調理ゴーレムに告げた。
「よし、チキンカレーを作ってみよう。」
俺の言葉に、ゴーレムは、力強く頷く。その目は、すでに料理人としての情熱に燃えていた。
俺は、鶏もも肉、玉ねぎ、トマト、生姜、にんにく、基本カレースパイス、塩を準備し、調理に取り掛かる。
俺は、ゴーレムに、材料の切り方を指示し、俺は、魔力を使って、火加減を調整する。
ジュワジュワ……!
玉ねぎが炒められ、甘い香りが漂う。
俺は、ゴーレムに、鶏もも肉、トマト、生姜、にんにくを鍋に入れるように指示した。
グツグツグツ……!
鍋の中では、具材が煮込まれ、スパイシーな香りが部屋中に広がる。
そして、俺は、カレー粉を鍋に入れ、かき混ぜる。
シュワワワワワワ……!
カレー粉が溶け出し、カレーの香りが、俺の鼻腔をくすぐる。
「ガガ、ガガガガガ!」
ゴーレムも、その香りに、興奮しているようだ。
俺は、最後に塩で味を調え、ご飯を盛った皿に、カレーをかける。
そして、俺は、スプーンでカレーを一口食べる。
「うっ……!」
(う、うまい……! 俺、天才か……!)
俺は、この世界で、最高の料理人になったのかもしれない。
しかし、
美人は三日で見飽きる。
美食は三日で食べ飽きる。
そんな教訓を、俺は今、身をもって知ることになった。
「う、うまい……! 俺、天才か……!」
俺は、調理ゴーレムとともに作ったチキンカレーの味に、感動の涙を流した。
その日から、俺の毎日は、カレー一色になった。
朝食はカレー。昼食もカレー。夕食もカレー。
(うっしっし……! こんなにうまいものが、毎日食べられるなんて、俺、マジで幸せだな!)
俺は、毎日、カレーを食べ続けた。
だが、三日目には、すでに異変が起きていた。
(うわぁ……。またカレーか……)
俺は、カレーを前に、食欲が湧かない。
そして、四日目。
「ガガ、ガガガガガ!」
調理ゴーレムは、得意げにカレーを差し出す。
だが、俺は、その香りを嗅いだだけで、胸焼けがした。
「い、いや、ゴーレム……。今日は、いい」
俺の言葉に、ゴーレムは、首を傾げる。
俺は、美食は三日で食べ飽きる、という教訓を聞きたいわけではない。だが、その教訓が、俺の脳裏に、深く刻み込まれてしまった。
調理ゴーレムは、俺の理解不能な拒否にも動じず、ただ静かに後退し、退出していった。俺はベッドに大の字に倒れ込み、天井を見つめていた。素晴らしいカレーを作り上げた感動はどこにいってしまったのだろう……。
数分後、扉がノックされる音がした。
「御屋形さま、アリアにございます」
…ちくしょう、ゴーレムのやつ、報告しやがったな。
俺は仕方なくベッドから飛び起き、返事をした。
「……入れ」
扉が開き、アリアが静かに入室した。彼女の手には、カレー皿が2枚乗ったトレーがあった。
「調理ゴーレムからご報告がございました。この素晴らしいカレーを拒否されたとか」
アリアは、淡々とした口調で、俺に告げる。
「ああ、悪いな。今日は少し気分が乗らなくて」
俺は気まずく言い訳をした。
「わたくし、御屋形さまとご一緒いたしたく、まいりました。」
アリアは、テーブルにトレーを載せて、俺をじっと見ている。
「わたくしには、このカレーは、辛すぎました。それで、クイーンビーのハチミツを合わせてみました。」
「むむっ? ハチミツだと?」
俺は、アリアの言葉に、思わず声を上げてしまった。
(カレーにハチミツ……? いや、まてよ……。前世の記憶では、そういうレシピもあったような……!)
俺は、アリアのハチミツカレーに、驚きを隠せない。
(マジか! アリアにそんな能力があるとは)
アリアは静かに上家の席(自分の左側の席)に座って、俺に告げた。
「御屋形さまの前世の記憶から頂戴しました。リンゴのすりおろしも加えてあります」
俺は、スプーンを手に取って、リンゴとハチミツ入りのカレーにむさぼりついた。
口の中に広がるのは、スパイスの辛さを抑えた、フルーティーでまろやかな甘さ。それは、俺の前世の知識で作ったカレーとは、全くの別物だった。
その味は、俺の脳裏に、遠い記憶を蘇らせる。
家族みんなで一つの鍋を囲んで食べるカレー。それは、団らんの象徴だった。親が子どものために甘口を作り、大人は後から辛味を足す。誕生日や特別な日には、母が必ず作ってくれた。そのカレーは、喜びや家族の温かさを感じさせてくれた。
はちみつ入りの甘いカレーは、単なる食べ物ではなかった。それは、家族のぬくもりや大切な思い出が詰まった、心の味だった。
俺は、一心不乱にカレーをかき込み、気づけば、俺の目から、大粒の涙が流れ落ちていた。
顎に垂れてきた水滴を拭って、俺は初めてそれが自分の涙だと気づいた。
その瞬間、上家の席から右手が伸びてきて、アリアがその涙を拭ってくれる。そのしぐさには、まるで子供の俺を優しく見守る母の姿がダブっていた。
俺の心にぽっかりと空いていた穴が、そのカレーによって埋められていくような感覚だった。
俺は、恥ずかしげもなく、大声をあげて、泣き出した。
子供の頬を濡らす大粒の涙を、母親の温かい胸がそっと受け止める。世界で一番安心できるその場所で、俺の小さな背中はまるごと包み込まれ、不安で震えていた肩の力がゆっくりと抜けていく。
母親は何も言わず、ただ優しく強く抱きしめている。規則正しく聞こえてくるトクトクという心臓の音と、お腹から伝わる温かさは、子どもに「一人ではない」という安心感を与えてくれる。背中に回された大きな手が、ぽんぽんと優しくリズムを刻み、耳元で「大丈夫だよ」と静かにささやく。
やがて子どものすすり泣く声は落ち着き、安堵に満ちた静かな寝息へと変わっていく。その姿を見つめる母親の表情は、慈愛に満ちた穏やかな光をたたえている。
俺は、失われた記憶と、自分に欠けていたパーツを見つけ出した瞬間だった。




