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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
五章 欠けたピース

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東上級ダンジョン(6)

 俺はデスクの前に座り、黒棒を握りしめていた。アリアからの話を聞いてからというもの、頭の中はパニック状態だ。


「『淀み』の監視と原因の分析を。出来ればこれ以上広がらないように。ダービーはそのまま配置だ」


 俺は、アリアに指示を飛ばした。その声は、いつになく震えていた。


「俺は、聖女を探してくるよ」


 そう言い放った俺は、もう後戻りできないことを悟った。


 ◆


「今回は、『世界樹』を救うために、このダンジョンに侵入してきた人間の助けを求め、『淀み』を浄化し、森の再生を目指す。最終的に、『淀み』を作り出した黒幕、あるいは原因を突き止め、世界樹を完全に回復させることが狙いでしょう。そのために、エルフはドライアドに命じて、サテュロスに我々と接触をさせたのだろうと思われます。一番背後には間違いなくエルフと世界樹がいます」


 アリアの淡々とした説明が、俺の脳内でリフレインする。


 世界樹を巣食う森の『淀み』って、邪神や魔王の力じゃないか!


 俺は思わず叫んだ。こんな大それた事件に巻き込まれるなんて、予想もしていなかった。


 世界の破壊を企む邪神や魔王が、世界の力の源である世界樹に呪いをかけた。あるいは、世界樹の力を奪うことで、世界全体を滅びの道へと導こうとしている。


 あぁ、なんてことだ! 俺は、自分の箱庭で、おとなしくダンジョン探索をして、魔石を売って、美味しいものを食べて、のんびりと暮らしていたかっただけなのに。


 絶望のあまり、俺は机に突っ伏した。しかし、いつまでも絶望しているわけにはいかない。俺は、顔を上げ、淀みを解消する方法を必死に考え始めた。


「…そうか! 聖女が無理なら、別の方法を探せばいいんだ!」


 俺は、天才的なひらめきを得たかのように、机の上を叩いた。


「そうだ、浄化なら、浄化の魔法を使える魔法使いを探せばいい。あるいは、浄化の力を持つアイテムを探すとか!」


 俺は、まるで子犬が新しいおもちゃを見つけたかのように、目を輝かせた。


「あるいは、邪神や魔王に頭を下げるとか!あるいは……」


 俺は、もはや聖女や世界の存亡などどうでもよくなっていた。ただただ、この面倒な事態を解決することしか頭になかった。


 ◆


「『淀み』の監視と原因の分析をお願い。できればこれ以上広がらないように。ダービーはそのまま使っていいわ」


 アリアからの通信に、ザックは思わず頭を抱えた。


「聖女様は?」


「そちらは、御屋形さまがなんとかしてくれるわ」


「了解だ」


 ザックは通信端末を切り、深くため息をついた。あの『淀み』を見張れだと?


 ザックは、テントの中に設置されたモニターの前に座り、頭を抱えた。モニターには、ダービーが送ってくる『淀み』の映像が映し出されている。それは、真っ黒な闇そのもので、見る者の心を不快にさせる。


「…さて、どうやって分析すればいいんだ…」


 ザックは、モニターを睨みつけ、唸った。彼は、これまで魔物の討伐やダンジョン攻略のプロだった。だが、こんな形のない『淀み』を分析しろと言われても、手の打ちようがない。


「とりあえず、ダービー。その『淀み』に何か影響を与えてみてくれ」


 ザックは、ダービーに指示を出した。ダービーは、無言で『淀み』に近づき、腕を変形させた。そして、高出力の魔力弾を放つ。


 ドォォン!


 轟音とともに閃光が弾け、『淀み』はわずかに揺らいだが、すぐに元に戻った。


「…ダメか」


 ザックは、肩を落とした。


「よし、今度は火炎放射器だ!」


 ザックは、再び指示を出した。ダービーは、今度は火炎放射器を構え、『淀み』に炎を放つ。


 ゴォォォォォ!


 炎は、『淀み』を焼き尽くすかのように広がる。しかし、『淀み』はまるで炎を吸収するかのように、その色をさらに濃くしていく。


「…まさか、火に油を注いだだけだったとは…」


 ザックは、絶望的な気分になった。


「…くそっ、こうなったら、俺が直接…」


 ザックは、立ち上がり、『淀み』へと向かおうとした。その瞬間、通信端末から、ダービーの声が聞こえてきた。


『大隊長、危険です。この『淀み』は、負の感情を糧に成長しているようです。大隊長の怒りや焦りは、この『淀み』を拡大させるだけです』


 ダービーの言葉に、ザックはピタリと足を止めた。彼は、自分の感情が、この『淀み』をさらに悪化させていることに気づいた。


「…そうか。負の感情か…」


 ザックは、頭を抱えた。彼は、この『淀み』を分析するため、そして何よりも、このダンジョンを攻略するため、自分の感情をコントロールする必要があることを悟った。しかし、この絶望的な状況で、どうやって感情をコントロールすればいいのか。


 ◆


(そうか、負の感情か……)


 俺は、ダービーがザックに送ってくる映像を見て、唸っていた。目の前のモニターには、その『淀み』の映像が映し出されている。真っ黒な闇。それが、俺の心に巣食う負の感情を吸収し、さらにその存在感を増していく。


「…くそっ、どうすればいいんだ…!」


 俺は、頭を抱えた。俺は、前世の記憶を探っていた。恐怖、怒り、焦りといった負の感情。憎しみ、絶望……。


 俺の前世は、ただのサラリーマンだった。毎日、満員電車に揺られ、上司に怒鳴られ、残業に追われる日々。負の感情なら、いくらでも持っていた。


「データセンターを検索してくれる人工知能はないのか?」


 俺は、思わず呟いた。前世の記憶をたどり、スマートフォンを思い浮かべた。人工知能に話しかければ、あらゆる情報が手に入った。だが、この世界には、そんな便利なものはない。


 俺は、自分の頭の中にある、前世の知識という名のデータセンターを必死に検索した。


「こいつの正体はなんだ?」


 俺は、モニターの『淀み』を睨みつけ、問いかけた。前世の知識を総動員し、あらゆる可能性を考えた。


「…そうか!こいつは、負の感情を食らう魔物だ!」


「よし、もう一度だ。今度は、冷静に、冷静に…」


 俺は、再びモニターに向き直った。俺の顔には、もう焦りの色はなかった。この『淀み』との戦いは、俺の感情との戦いでもあった。


 俺はデスクに突っ伏し、頭の中にある前世の知識という名のデータバンクを必死に探った。


 前世で親しんだゲームや小説に登場する、形を持たない幽霊のような魔物、レイス。そいつはまさに、負の感情を食らう存在だった。


「…だったら、弱点は…」


 俺は、レイスの弱点を思い出そうと、記憶の糸をたぐった。


 光?聖なる力?それとも……。


 俺は、必死に記憶を探り、ある結論にたどり着いた。


「…そうだ、正の感情だ!」


 俺は、叫んだ。


 憎しみや怒りのような負の感情とは真逆の、喜び、希望、愛、そして…


「…美味しいものを食べたときの、幸福感だ!」


「よし、ダービー!おやつを持って、出撃だ!」


 俺は、通信端末を手に、ダービーに指示を出した。


「全隊員、持てる限りの美味いものを用意しろ!戦場は、バーベキューだ!」


 俺の指示に、隊員たちは呆然としていた。しかし、彼らは俺の言葉を信じ、それぞれが持てる限りの食料を手に、戦場へと向かっていった。


 この戦いは、もはや武器と魔法の戦いではない。食欲と、幸福の戦いだ。


(いやいやいや、そうじゃないだろ。)


 俺は、食料品を手にあたふたしている隊員たちを見守りながら、頭を抱えた。


 レイスの弱点は正の感情。それは間違いない。だが、バーベキューで解決できるほど、この『淀み』は甘くないはずだ。俺は、冷静に次の手を考えた。


「ダービー、訂正だ。回復魔法を使えるのはいるか?」


 通信端末に、ザックの声が響く。


「はい、第三中隊に一名おります」


「よし、第一、第二中隊は、バーベキュー続行だ!『淀み』の前で宴会だ!第三中隊は、呪い耐性ポーションとマナポーションを持たせて、横で待機だ。ダービーには、ミスリス製の武器を装備させろ」


 俺は、冷静に指示を出した。レイスは、負の感情を食らう。ならば、逆に正の感情で満たしてやればいい。バーベキューは、そのための最高の手段だ。そして、レイスには物理攻撃も有効なはずだ。ミスリス製の武器は、レイスのような霊的な存在にもダメージを与えられる。


「はい」


 ザックの声が、通信端末から返ってきた。


 俺は、椅子から立ち上がり、通信端末に怒鳴った。


「アリア、俺も出る。飛龍を屋上へよこせ」


 俺は、全速力で駆けだした。レイスは、俺の負の感情を食らう。ならば、俺が直接出向いて、この『淀み』の真実を確かめる必要がある。そして、俺の持てるすべての知識と経験で、こいつを打ち破ってやる。


「…待っていろ、レイス!お前の正体、暴いてやる!」


 俺は、屋上へ向かう階段を駆け上がりながら、叫んだ。


 数分後、俺は飛龍に抱えられながら、ノースミッドタワーの屋上ヘリポートから、飛び立っていた。





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