東上級ダンジョン(3)
偵察ドローンとダービーの索敵データを元に、各中隊を横に展開した結果、とんでもない事実が判明した。この大草原の横幅は、実に二キロメートルもあったのだ。
「…横幅が二キロメートル…」
ザックは、通信端末に表示された地図を見て、思わず頭を抱えた。たったそれだけの情報だが、彼にとっては大きな収穫だった。同時に、新たな悩みの種も生まれた。
「横幅は二キロメートルで、縦の長さは永遠なのか? 高さも二キロメートルなのだろうか?」
ザックの悩みは尽きない。このダンジョンは、もはやダンジョンの常識を超越している。彼の脳内では、縦横二キロメートル、高さ二キロメートルの巨大な立方体が、どこまでも続くイメージが広がっていた。
「くそっ、これじゃあ、ダンジョンコアを探すのが、砂漠で砂金を見つけるようなもんじゃないか…」
ザックは、テントの床に座り込み、天井を仰いだ。このダンジョンは、彼を精神的に追い詰めていく。
「大隊長、どうしました?」
そばにいたカインが、心配そうに声をかける。
「…いや、なんでもない。ちょっと、このダンジョンが大きすぎて、頭がパンクしそうになっただけだ」
ザックは、そう言って力なく笑った。
彼の苦悩は、まるでコントのようだ。しかし、その悩みの先にあるのは、彼らの命がかかった、現実のダンジョン攻略だった。
偵察ドローンと新型の重装甲ゴーレムが、横二キロメートルにわたって展開していく。
その光景は、まるで巨大な城壁がゆっくりと前進しているかのようだった。ゴーレムたちの足音は、大地を揺るがす地鳴りのように響き、偵察ドローンのプロペラ音が、空を覆う。上空では、ダービーが静かに旋回し、その目が絶えず下界をスキャンしていた。
「よし、第一大隊、前進だ。目標は前方の樹木ある丘。進め!!」
ザックの声は、通信端末を通じて全隊員へと届く。その声には、もはや迷いはなかった。このダンジョンがどれほど規格外であろうと、彼らは必ず攻略する。そのためには、圧倒的な物量と、最新鋭の兵器、そして何よりも、不屈の精神が必要だ。
隊員たちは、ザックの決意に満ちた声に応えるように、一斉に足を踏み出した。彼らは、このダンジョンに、第一大隊の誇りと、人類の希望を賭けている。
この戦いは、もはや個々の隊員たちの命をかけたものではない。人類の未来をかけた、壮大な戦いなのだ。
このダンジョンが、どれほど彼らを苦しめようと、彼らは決して諦めない。彼らは、必ずこのダンジョンを攻略し、世界に新たな希望をもたらす。
ザックは、前進していく部隊を見つめ、静かに呟いた。
偵察ドローンと重装甲ゴーレムに守られた第一大隊は、ゆっくりと前進を続け、前方の樹木ある丘を登っていた。リーフウルフの群れは、なぜか一度も襲撃を仕掛けてこなかった。その不気味な静けさが、ザックの胸に重くのしかかる。
「…一体、何が待ち構えているんだ」
ザックは、丘の頂上にたどり着き、息をのんだ。
眼下に広がるのは、大草原の比ではない、途方もないスケールの大森林だった。木々は天を突き、その葉は鬱蒼と茂り、太陽の光を遮っている。森の奥深くは闇に閉ざされ、まるで未知の巨大生物が口を開けているかのようだった。
「絶句…」
ザックは、そのあまりの奥深さに、ただ立ち尽くすしかなかった。この森の先に何があるのか、想像すらできなかった。
しかし、感傷に浸っている暇はない。ザックはすぐに気持ちを切り替えた。
「ここに中央指令テントを設置する!迅速に動け!」
ザックの鋭い号令が響き渡る。隊員たちの行動は素早かった。
彼らは、まるで長年の経験で培われた本能に従うかのように、テキパキとテントを組み立て、機材を設置していく。重装甲ゴーレムは、森からの襲撃に備え、防御陣形を構築した。偵察ドローンは、森の入り口へと飛び立っていく。
「…よし、これでよし」
ザックは、周囲を見回し、満足げに頷いた。彼らは、わずか数時間で、この危険なダンジョンの奥深くに、攻略拠点を作り上げたのだ。
「全隊、休憩。補給を完了次第、次の作戦へと移行する」
ザックは、通信端末に指示を飛ばした。彼の瞳は、もはや絶望に満ちてはいない。そこには、この圧倒的な脅威に立ち向かう、不屈の闘志が宿っていた。
◆
その日の夜、第一大隊長ザックは、中央指令テントの中で、三人の中隊長とダービーと向き合っていた。テーブルの上には、偵察ドローンが捉えた大森林の映像が映し出されている。
「…ダービーのキャノンを使用する」
ザックの言葉に、中隊長たちの顔に緊張が走った。あの、アースワームを一撃で屠った規格外の兵器。その威力を知っているだけに、ただの作戦ではないと誰もが理解した。
「はい」
ダービーは、いつもと変わらぬ無機質な声で返事をした。
「前方の大森林に対して、端から百メートル置きにキャノンで縦に切れ目を入れていく。なぁに、十九回キャノンを撃つだけの簡単なお仕事さ」
ザックは、そう言って力なく笑った。十九回。単純計算で、十九本の切り株が生み出されることになる。
「はい」
ダービーは、何事もないように返事を返す。まるで、朝食のメニューを決めるかのような気軽さだ。その様子に、カインは思わず吹き出しそうになった。
「その切れ目に対して、一中隊ずつ草刈に侵入するぞ。重装甲ゴーレムに火炎武器を装備させて、両幅五十メートルずつ焼き払っていこう。最終的には、全面焼き畑だ」
ザックは、冗談とも本気ともつかない口調で語った。
「当面は、四本の切れ目を入れて、ダービーが四本目だ」
「作戦は、明日早朝から開始する。準備を頼む」
ザックの言葉に、全員が敬礼した。彼らの顔には、このとんでもない作戦への不安と、そして一抹の期待が浮かんでいた。
「…全面焼き畑か。この大自然を相手に、まさかこんな作戦に出るとは…」
カインが、レイブンにこっそりと耳打ちする。レイブンは、苦笑いを浮かべて首を振った。
翌朝、夜明け前の空に、まばゆい光が閃いた。轟音とともに、大森林に一本の切れ目が入れられる。
その光景は、もはやダンジョン探索というよりも、まるで巨大な庭の手入れをしているかのようだった。しかし、彼らは知っていた。このコミカルに見える作戦の裏には、ザックの、そして第一大隊の、このダンジョンを必ず攻略するという、燃えるような決意が込められていることを。
「一本目終わりました。」
夜明け前の静寂を破り、ダービーからの通信がテント内に響いた。ザックはモニターに映し出された映像を確認し、満足げに頷く。そこには、大森林の端から正確に五十メートル離れた場所に、まるで巨大な定規で引かれたかのような、まっすぐな焼け路ができていた。
「よし、第一中隊進め。」
第一中隊長オズワルの声が、通信端末を通じて隊員たちに届く。
焼け路の入り口に、火炎武器を装備した四体の重装甲ゴーレムが、まるで庭の手入れをするかのようにゆっくりと侵入していく。彼らの持つ火炎放射器から噴き出す炎が、周囲の草木を焼き払っていく。その両脇には、それぞれ五十メートルの幅で、焦げ付いた大地が広がっていく。
「おい、まさか本当に焼き畑にするとはな…」
隊員の一人が、呆れたように呟く。
「静かにしろ。魔物が飛び出してくるかもしれないぞ」
別の隊員が、真剣な表情で周囲を警戒する。
しかし、その心配は杞憂だった。ゴーレムたちの圧倒的な火力の前では、魔物は姿を見せるどころか、その気配すら感じさせない。
「敵影なし!」
「よし、このまま進むぞ」
オズワルの指示に、第一中隊は、まるでピクニックを楽しむかのように、焼け路を進んでいく。
「二本目終わりました。」
ダービーの無機質な声が、再びテント内に響き渡った。モニターに映し出された映像は、一本目の焼け路と正確に百メートル離れた場所に、二本目の焼け路が刻まれたことを示している。
「よし、第二中隊進め。」
第二中隊長カインの声が響く。彼の率いる第二中隊は、先行する第一中隊の様子を見て、少しばかり安心していた。リーフウルフの襲撃に苦戦した記憶がまだ新しいだけに、今回は拍子抜けするほどスムーズだ。
火炎武器を装備した重装甲ゴーレムが、二本目の焼け路へと侵入していく。その後に続く隊員たちは、まるで巨大な庭の清掃員だ。ゴーレムが両脇の草木を焼き払うたびに、彼らはその熱気に「アチチ…」と声を上げ、汗を拭う。
「おい、まさか本当に焼き畑にするとはな…」
隊員の一人が、ぼやきながら呟く。別の隊員が、真剣な表情で答えた。
「静かにしろ。いつどこから魔物が飛び出してくるか分からんぞ」
しかし、その心配もまた、杞憂に終わった。ゴーレムたちの圧倒的な火力の前では、魔物は姿を見せるどころか、その気配すら感じさせない。
「敵影なし!」
偵察ドローンが送ってくる映像に、カインは安堵の息を漏らす。
「よし、このまま進むぞ」
カインの指示に、隊員たちは軽快に足を進めていく。彼らの姿は、もはやダンジョン探索というよりも、まるで夏休みの自由研究に勤しむ小学生のようだ。
「三本目終わりました。」
ダービーの無機質な声が、三度テント内に響き渡った。モニターに映し出された映像は、二本目の焼け路と正確に百メートル離れた場所に、三本目の焼け路が刻まれたことを示している。
「よし、第三中隊進め。」
第三中隊長レイブンの声が響く。彼らは、先行する第一、第二中隊の様子を見て、すでにこの作戦のバカバカしさを理解していた。もはやこれはダンジョン攻略ではない。大掛かりな農地開墾だ。
火炎武器を装備した重装甲ゴーレムが、三本目の焼け路へと侵入していく。その後に続く隊員たちは、まるで巨大な庭の清掃員だ。ゴーレムが両脇の草木を焼き払うたびに、彼らはその熱気に「アチチ…」と声を上げ、汗を拭う。
「四本目終わりました。」
ダービーの無機質な声が、テント内に響き渡った。同時に、第一中隊の通信が割り込んでくる。
「第一中隊、敵魔物と会敵、迎撃する!」
緊張が走るテント内。ザックはモニターを食い入るように見つめた。第一中隊が遭遇したのは、ゴブリンの群れだった。しかし、ゴブリンの姿は、森の生態系に溶け込むように全身が緑色に変化しており、その姿はまるで苔のようだった。
「…よぉし、レオンは敵魔物を殲滅せよ。連絡を待つ。ダービーは、四本目に侵攻し、焼き尽くせ」
ザックの指示が飛ぶ。第一中隊が迎撃を開始した。しかし、苔ゴブリンは、森の木々を盾にしながら、巧みに身を隠す。
「くそっ、見えづらい!」
隊員の一人が、苛立ちの声を上げた。
その時、ダービーが四本目の焼け路へと侵入した。彼の手には、いつもの火炎放射器ではなく、両腕を変形させた巨大な火炎放射器が握られていた。
ダービーは、両腕の火炎放射器から、左右に地獄の業火を放った。炎は、まるで津波のように広がり、森を焼き尽くしていく。
「…なんてことだ」
ザックは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
一方、第一中隊が苦戦していた苔ゴブリンたちは、新型の重装甲ゴーレムの炎の前ではなすすべなく、消滅していく。
「…目標、全滅しました」
第一隊長オズワルの声が、焼け路に響き渡った。
「…ああ、全滅だ。俺たちの出番、あったのか…?」
隊員の一人が、力なく呟いた。
こうして、第一大隊の焼き畑作戦は、順調に進んでいく。彼らは、このダンジョンを攻略するため、一歩ずつ、だが確実に前進を続けていた。その姿は、もはやダンジョン探索というよりも、まるで巨大な庭の清掃員だ。だが、このコミカルに見える作戦の裏には、彼らのこのダンジョンを必ず攻略するという、燃えるような決意が込められていることを、彼らは知っていた。




