東上級ダンジョン(2)
「第一中隊、第三中隊突入!これより、第一大隊は、全戦力をもってこのダンジョンを攻略する!」
ザックの重々しい決断が、ダンジョンの入り口に響き渡る。
その声を聞き、第一中隊と第三中隊は、一斉にダンジョンへと足を踏み入れた。彼らが進む先には、血と汗にまみれた第二中隊が、負傷者を抱えて撤退してくるのが見えた。
「カイン!状況は!」
ザックが駆け寄り、状況を確認する。カインは、疲労困憊した表情で、だがはっきりと報告した。
「リーフウルフの群れです。奴らの動きは風のように速く、ダービーでも捕らえきれませんでした…」
ザックは、カインの言葉に眉をひそめた。ダービーの圧倒的な戦闘力をもってしても、苦戦を強いられる相手。このダンジョンが、これまでのものとは全く異なることを、改めて痛感させられた。
「…よくやった、カイン。第二中隊は、直ちに休憩と補給だ。負傷者の手当てを最優先しろ」
ザックは、テキパキと指示を出す。第一中隊のオズワルが、負傷者を担いでいる隊員に駆け寄り、手早く治療を施していく。第三中隊のレイブンは、第二中隊の警戒を引き継ぎ、周囲を固めた。
「オズワル、レイブン。偵察は不要だ。ダービーの索敵データと、第二中隊の情報を共有し、敵の行動パターンを割り出せ。このダンジョンは、見た目に騙されるな。そして…」
ザックは、通信を握りしめ、言葉を続けた。
「何よりも、隊員の命を最優先に考えろ」
ザックの言葉に、オズワルとレイブンは無言で頷いた。彼らの顔には、この過酷な任務に対する緊張感と、そして大隊長への揺るぎない信頼が浮かんでいた。
「まずは天井を知りたい。ダービー、上空の上限を調査してくれ」
ザックは、広大な草原を見上げ、ダービーに指示を出した。ダービーは無言で頷くと、背中のマナクリスタル製の翼を広げ、風を切り裂いて上空へと飛び立った。その姿は、瞬く間に点となり、やがて視界から消え去った。
ザックは、不安な面持ちで空を見つめていた。これまでのダンジョンとは全く違う。物理的な壁が存在しないこの空間で、どこまで高度を上げれば天井に突き当たるのか。
「ダービー、高度は?」
ザックの通信に、ダービーからの機械的な声が返ってきた。
『高度、八百メートル。依然として天井は確認できません』
「…八百メートル…」
ザックは、絶望的な気分になった。通常のダンジョンであれば、十数メートルも上がれば天井に突き当たる。だが、ここはまるで、本物の空のようだ。
「ダービー、帰還してくれ」
ザックは、諦めたように呟いた。これ以上、ダービーを飛ばしても意味がない。このダンジョンには、天井という概念が存在しないのかもしれない。
『了解しました。帰還を開始します』
ダービーの声が、遠くから聞こえてくる。
ザックは、無限に広がる空を見上げ、途方に暮れていた。このダンジョンは、物理的な法則さえも無視している。一体、このダンジョンのどこに終わりがあるのか。そして、このダンジョンコアを制圧する方法は、存在するのだろうか。
彼の胸には、得体のしれない恐怖と、絶望が広がっていた。このダンジョンは、物理法則すら超越している。その途方もない事実に、ザックは立ち尽くすしかなかった。
そのとき、彼の通信端末が鳴り、医療ゴーレムからの通信が入る。
「怪我した隊員の治療を終了しました。完全回復です。失血分の造血も完了しています」
その報告に、ザックはハッと顔を上げた。絶望の淵にいた彼の心に、わずかな光が差し込んだ。
「…ありがとう、感謝する」
ザックは、医療ゴーレムに礼を言うと、すぐさま全隊員へと指示を飛ばした。
彼の胸に広がっていたのは、もはや絶望ではなかった。怪我をした隊員たちの完全回復という朗報が、ザックの心を奮い立たせた。このダンジョンがどれほど規格外であろうと、彼らには前に進むための確かな手札がある。
「よし、ダービーは上空からの偵察を続行だ。この広大な空間なら、偵察ドローンと新型の重装甲ゴーレムが使える」
ザックは、通信端末に次々と指示を飛ばした。天翔空港から輸送機で運び込まれた新型機材が、ダンジョンの入り口で待機している。
「“グリフォン”は、あの階段を通れないだろうから、機材を手分けして運び込む。ここに中央指令テントの出張所を設置する」
ザックの決断は早かった。彼は、このダンジョンを攻略するための青写真を、すでに頭の中で描いていたのだ。従来のダンジョン探索とは全く異なる、空中からの偵察と、圧倒的な防御力を持つゴーレムによる前線確保。そして、隊員たちの負担を軽減するための、拠点設立。
「全員、手早く動け!このダンジョンの環境を最大限に利用するぞ!」
ザックの力強い号令に、隊員たちは一斉に動き出した。彼らの顔には、この過酷な任務に対する緊張感と、そして大隊長への揺るぎない信頼が浮かんでいた。
彼らは、このダンジョンで、自分たちの常識を覆す新たな戦術を確立しようとしていた。
◆
第二階層へと下った先のほど近くに、簡易ベースキャンプが設立された。
ザックは、すぐに偵察ドローンを四方へと発進させた。プロペラの甲高い音が、広大な草原に響き渡る。上空では、ダービーが旋回し、魔物の接近を阻止していた。時折、ライフル銃の発射閃光が閃き、遠くでリーフウルフの悲鳴のような鳴き声が聞こえる。
「よーし、再起動だ。地図を作るぞ。各隊は、リーフウルフの襲撃に備えろ」
ザックの力強い号令が飛ぶ。隊員たちは、一度は恐怖に怯えたリーフウルフの襲撃を思い出し、顔を引き締めた。しかし、そこにはもう、絶望の色はなかった。自分たちには、頼れる大隊長と、規格外のゴーレム、そして何よりも、この任務をやり遂げるという強い意志がある。
「了解!」
隊員たちは、一斉に返事をした。彼らは、それぞれの持ち場へと散っていく。負傷した隊員も、医療ゴーレムによる治療のおかげで、すでに戦線に復帰していた。
偵察ドローンが送ってくる映像を、隊員たちが食い入るように見つめる。そこには、リーフウルフの群れが、彼らのベースキャンプへと向かってくる姿が映っていた。
「来るぞ…!」
隊員の一人が声を上げる。
しかし、そこに恐怖の色はなかった。彼らの顔には、このダンジョンを攻略するという強い決意が満ち溢れていた。
リーフウルフの群れが、風のように駆けてくる。
その数はざっと三十。草原の緑に溶け込むような毛皮を持ち、鋭い牙を剥き出しにして、弧を描くように第二中隊へと迫ってきた。
「リーフウルフだ!連携に気をつけろ!盾で動きを封じ、剣で一撃を食らわせろ!」
第二中隊長カインの怒号が響く。
リーフウルフたちは、その俊敏な動きを最大限に活かし、隊員たちを翻弄した。一体が正面から突っ込み、盾で受け止められたかと思うと、別の二体が左右から挟み撃ちを仕掛けてくる。連携が取れていなければ、たちまち包囲され、なすすべなく倒されるだろう。
「くそっ、速すぎる…!」
隊員の一人が、攻撃をかわすのが精一杯で、声を上げる。
その時、後方から支援していた第一小隊が動き出した。
「盾を構えろ!俺たちの後ろに隠れろ!」
第一小隊の隊員たちが、リーフウルフの攻撃を、自らの盾で受け止める。その隙に、第二小隊の隊員たちが剣を構え、リーフウルフへと突進した。
ガキィィン!
盾と牙がぶつかり合う。リーフウルフの攻撃は、確かに軽い。だが、その連続攻撃は、隊員たちのスタミナを削っていく。
「今だ、やれ!」
盾を構えた隊員が叫ぶ。その声に、第二小隊の隊員が素早く剣を突き出した。
ザシュッ!
剣がリーフウルフの体を貫く。リーフウルフは、悲鳴を上げ、その緑色の体を横たえた。
「よし、もう一体!」
別の隊員が、リーフウルフの連携を冷静に見極め、盾でその動きを封じる。その背後から、第三小隊の隊員が剣を振り下ろした。
草原に、激しい戦闘音が響き渡る。盾を構える者、剣を振るう者。彼らの動きは、まるで一つの生き物のようだ。連携の取れたリーフウルフに対し、人間もまた、連携という武器で対抗していた。
「ダービー!上空からの援護を頼む!」
ザックの命令が飛ぶ。上空を旋回していたダービーが、地上へと降下する。その腕が変形し、高出力の魔力銃へと姿を変えた。
ドォォン!
放たれた閃光が、リーフウルフの群れを次々と撃ち抜く。その圧倒的な火力に、リーフウルフの連携は崩壊した。
「今だ!一気に畳みかけろ!」
ザックの号令に、隊員たちは一斉に突進する。崩れた連携を取り戻せないリーフウルフたちは、なすすべなく倒されていった。
こうして、第一大隊は、リーフウルフの群れを掃討した。
勝利の安堵が広がる中、隊員たちは、互いの無事を確かめ合った。




